第18話 運命の再会


 超上級クエスト当日。


「ほっほぉ~! これは便利でござるな~!」


 俺の十八番である、ベノムノドンの鳴き真似を目の当たりにして、ミストは感心の息を吐いた。

 無理もない。出発からここまで、一度たりとも戦闘していないのだから。

 ほとんどハイキングだ。

 嬉しそうなミストに、隣を歩くリズが尋ねる。


「今更だけど、ベノムノドンの声なんか聞いたら、アンタが使役する獣、逃げちゃうんじゃない?」

「そこは、ベノムノドンの毒にも臆さない獣たちで、何とかするでござるよ。拙者、一応プロの獣士でござるからな!」


 無い胸を張るミスト。

 ただ、彼女の力量を発揮するタイミングは、しばらく無さそうだ。

 ここは超上級クエストの舞台。普段は屈強なモンスターが歩き回っており、手練れの冒険者でなければ、立ち入ることさえ難しい。

 しかし、今日は違う。屈強なモンスターどころか、小動物も見当たらない。

 じゃあ、ミストは役立たずじゃないか。

 そう心配した連中に告ぐ。結論を急ぐな。

 かつて俺とリズカスを拘束し、窮地きゅうちへ追いやった二匹の蛇が、ちゃんと我々の足元に潜んでいるのだ。

 心配するな。抜かりはない。

 心配していない連中は、くたばりなさい。

 万全の状態で、俺たち三人は、ヘルマン・デイモンが潜伏しているとされる古家へ辿り着いた。

 


 なぜ、居場所が分かっているのに、誰もヘルマン・デイモンを捕まえようとしないのか。

 それは、彼一人の存在が、国家間のパワーバランスを崩しかねないからだ。

 現代の地球に置き換えると、万単位の殺戮さつりくロボットを一人で作れる人間だ。容易に手出し出来るはずがない。

 まぁ、俺には関係ねぇけどな!

 この世界のパワーバランスがどうなろうと、知ったこっちゃねぇよ! 好きなだけ戦争しやがれ!

 ハイテンションで、びた鉄扉をガンガン叩く。


 「ヘルマン・デイモンくーん! あーそびーましょー!」


 誘い方、合ってる? マジで友達と遊んだこと無いから、正解が分からんぞ。

 その時、扉が開いた。正解を引き当てた模様。

 ただ、住人の人相を確認することは出来なかった。それどころではなかった。

 扉が開いた瞬間、喉元のどもとに、刀剣の切っ先を突き付けられたからだ。

 驚いたり、怯えたりする暇もなかった。

 家主は厳然と言う。


「斬られたくなければ、地に伏せて降伏の姿勢を取れ」


 ……声、高いな。女か? 

 戸惑いながら、土下座めいた体勢を取った。

 後方から、リズとミストの声が聞こえる。


「そいつ、みじん切りにしていいから、アタシのことは助けてください!」

「せ、拙者のことも見逃してほしいでござる! 代わりに、その男は、死ぬまで奴隷として使ってくださいでござる!」


 ふざけんな! 助けろクズども!

 舌打ちする俺に、剣客けんかくが命じる。


「顔を上げろ」


 ゆっくりと、ご尊顔そんがんを確認。

 美少女だった。

 通った鼻筋や、吊り上がった眉尻のせいか、やや威圧的な印象だ。

 リズカスやめぐパチと比べて、日本人っぽい顔立ち。

 だからこそ、さらさらとした銀の長髪が際立つ。

 服装は、いわゆる着流しに近い。紺色の着物めいたものを羽織っている。この世界にも、こういう衣類が存在したとは知らなかった。

 一言で言うと、リゼロのクルシュ様っぽい。和装クルシュ様だな。

 ……ん? こいつ、ひょっとして。


「……ルカ?」


 突然の呼びかけに、女武士は神妙な面持ちで返す。


「……もしや、コウジか?」


 結論を言おう。

 異世界で、中学時代の同級生と再会した。



「なるほど。ルカ殿は、コウジ殿と同じ、転生者でござるか」


 あごでながら、ミストがうなった。

 無事に屋内へ入ることを許された俺たちは、居間めいた場所のソファに腰かけ、ルカと談笑に興じている。

 無論、話題は尽きない。


「ていうか、お前、随分と異世界に馴染んでるっぽいな。こっちに来てから、長いのか?」

「あぁ、そろそろ三年だ」


 話していると、自然に記憶が蘇る。


「そういや、卒業式の日、お前は来てなかったな」

「当日の朝、トラックに轢かれてな。気付いたら戦場に立っていたよ。制服姿で」


 何その光景。カッコよすぎるだろ。

 ルカが微笑んで続けた。


「あの時、マジカル・ドールと初めて戦ったが、なかなか面白かったぞ。攻撃行動の中にある法則性を見つけるのが楽しかった」

「……マジカル・ドールで思い出したけど、ヘルマン・デイモンは、いないのか?」


 話題の方向転換が下手なのは仕方ない。ニートだから。


「いるぞ。あそこだ」


 そう言って、ルカが指を差したのは、壁際の台座に置かれた花瓶。

 菊っぽい形状の花が活けられており…………。

 …………………………………………………いや、違う。あれ、花瓶じゃない。

 逆さまの頭蓋骨だ。

 ……そ、そういうデザインの花瓶かな? だよね? そうであれ。頼むから。

 祈りながら近づき、触ってみる。

 望みは無為に帰した。触った感触が、モノホンの骨だった。

 こわごわルカに尋ねる。


「……どういう意味?」

「私が斬った」

「何やっとんじゃボケェェェェ!」


 叫ばずにはいられなかった。

 頬を膨らませて、ルカは反論する。


「泊めてもらおうと、この家を訪れた際、扉を開けるや否や『女だぁぁぁぁ!』と叫びながら襲ってきたので、叩き斬ったのだ。つまり、正当防衛だ」

「いや、それは……」

 

 間違いなく過剰防衛なんだけど……。コメントしづらいな……。

 言葉に詰まった僕の代わりに、ミストが聞く。


「だとしても、どうして花瓶代わりにしてるでござるか?」

「頭蓋骨が置いてあるだけだと、少し怖いだろう? だから花を活けて、彩りを足したのだ」


 その程度で払拭できるかよ! 頭蓋骨の怖さ舐めんな!

 ドン引きする我々に、何故かルカはサムズアップする。


「安心しろ。奴が蓄えた知見は全て、あのマジカル・ドールが記録しているらしい」


 彼女が指し示したのは、部屋の隅に腰かけたマジカル・ドール。

 安心材料になってねぇよ……。お前の存在そのものが不安材料なんだよ……。

 ていうか、マジカル・ドールを持って帰ったとて、クエスト成功とみなしてもらえるのか? 報奨金、貰えるのか?

 首をひねる俺の横で、リズカスが小刻みに震えている。頭蓋骨にビビッてるのか?

 予想は外れた。彼女は喜色満面で、こう言ったのだ。


「同級生男子との、別世界での再会! 何か、ロマンチック! ワクワクする!」


 お前、頭蓋骨の話、聞いてなかっただろ。聞いていたら、そんな発想になる訳がない。

 人の話を聞かない女が問い重ねる。


「二人は、元々いた世界では、どんな関係だったの!?」


 問いに、ルカと顔を見合わせた。


「全く意識していなかったと言えば、嘘になるかな」


 目を輝かせるリズ。俺は続ける。


「『いくら積んだら、おっぱい揉ませてくれるかなぁ』と思って、ずーっと胸を見てた。こいつ、発育が早かったから」


 刹那、ルカが刀を抜き、その切っ先を二ミリくらい、俺の頬に刺した。

 ある意味、鋭いツッコミだった。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 頬を抑えて、地を転がり、わめく。


「しょ、傷害罪の現行犯だぁぁぁぁ! 誰か捕まえてくれぇぇぇ!」

「残念だったな。この世界に傷害罪は無い」

「拾得物横領罪はあるのに!?」


 どういう基準で法整備したんだよ。責任者を連れてこい。ボコボコにしてやる。


「いや、あるでござるよ。傷害罪」


 ミストの補足に驚くルカ。


「ふむ、初耳だな」

「三年、この世界で生きてるんだろ!? 目ぼしい法律くらい把握しとけ!


 令和に暴力系ヒロインは流行らないぜ?

 もし流行ったら、俺が死ぬぜ?

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