第16話 帰ってきましたリリラビア

結論から言おう。

【こっそり毟り取った僻鱗を提出して、リグラを討伐したことにしちゃおう大作戦】は、見事に成功した。

 そして、報酬は、俺とリズとミストで三等分した。

 一人当たり二億円。先は長いなぁ……。

 嘆息しながら、自室の窓から、今まさに沈もうとする夕陽を眺める。

 ……避暑地にある別荘からの眺めの方が良かったなぁ。恋しいなぁ。

 ちなみに、自室=宿の部屋ではないぞ。

 リグラ討伐から帰って以降、俺はリズやミストと同じ家で暮らしているのだ。

 いわゆる同棲というやつだな。

 もちろん、脈絡みゃくらくなくハーレム展開になった訳ではない。

 俺としてはウェルカムだけど、ここはそういうタイプの異世界ではない。

 やむを得ない事情があるのだ。

 まず、大前提として、俺とミストには人権が無い。

 罵詈雑言や自虐ではなく、字面じづら通りの意味である。

 あまりの不遇ふぐうゆえ、俺自身も忘れてしまいがちだが、俺は異世界からの転生者だ。

 つまり、この世界で生まれたという記録はどこにもない。

 つまり、記録上は存在しない人間。

 つまり、諸々もろもろの人権もない。

 一方、ミストは不法入国者だ。

 当然、記録上はこの国にいてはいけない人間である。

 要するに、状況は俺と大差ない。

 本人いわく、ブッチャを裏切ったこと自体は問題ないらしいが、トントロンの王家を裏切ったことは、表沙汰おもてざたになると不味いそうだ。

 よって、我々二人は、契約書のたぐいに署名することが出来ない。

 余談だが、リリラビア王国では、住居を借りたり買ったりする時に、ちゃんと手続きが必要なのだ。

 ……まぁ、改めて考えれば、当たり前のことなんだけどね。

 そんなこんなで、やむを得ず、リズカスの住居に居候しているのだ。

 王宮を追放されたリズカスが、家を所有している理由は、一億ダラズの一軒家を、キャッシュ一括で買いやがったから。

 しかも、ノリとバイブスで。

 不動産屋さんいわく、ちゃんと固定資産税も存在するらしいぞ? 払えるのか?

 っていう感じで、紆余曲折を経た末に、我々は共同生活を送ることとなった。

 美少女たちとのキャッキャウフフな日々。

 

 ――そんなものに興味はない!


 この際だ。現代日本では、絶対に許されない台詞を言ってやる。

 女は金で買えるんだよぉぉぉぉぉぉ! 

 買ったことねぇけどなぁぁぁぁぁぁ! 

 だから、あいつらと一つ屋根の下で暮らすことになっても、俺は何とも思わない。

 更に言うと、いきなり大金を手に入れたことに対しても、俺は浮足立っていない。

 本物の金持ちは知っている。

 一億円など、のべつ幕無しに使えば、割とあっさり無くなってしまうということ。

 つまり、俺は軽率に大きな買い物などしない! 本物の金持ちだからな!


「ただいまー! 帰ったわよー!」


 突如、リズカスの絶叫が、玄関の方から聞こえてきた。

 だから何だよ。出迎えろってか? やかましいわ。

 不満を覚えつつも、居候いそうろうの身なので、しぶしぶリズカスを出迎える。

 彼女の姿を見た瞬間、俺は絶句した。

 両手と指に、指輪や腕輪など、大量の宝飾品を装着しており、頭にはティアラを乗せている。

 一つ一つのアクセサリーは、非常に精巧せいこうかつ美麗びれい

 なのに、下品な感性の持ち主が、まとめて身に着けているせいで台無しだ。

 リズカスボケナスが真顔で訊いてくる。

「何よ? 馬鹿みたいな面して」

「馬鹿はお前だ! 必要最低限の家財道具も揃ってないのに、アクセサリーばっかり買いやがって!」

「う、うっさいわね! アタシが稼いだお金を何に使おうと、アタシの勝手でしょ!? 居候は黙ってなさい!」

 モラハラ旦那みたいな台詞を、平然と言ってのけるリズ。

 やっぱこいつ、モラルやハラスメントの意味、分かってないだろ。

 モラハラリズカスボケナスに、冷眼を向けていると、再び玄関から声が聞こえてきた。


「ちわー、ブラックキャット急便でーす」


 宅急便か。どうせ、リズカスが買ったアクセサリーでも届いたのだろう。

 予想は大きく外れた。

 玄関前に積み上げられていたのは、肉や魚、野菜など大量の生鮮食品だった。


「な、何じゃこりゃ!? こんなの頼んでねぇぞ!」

「拙者が頼んだでござる!」


 ミスト、お前のマインドも貧乏人か。残念だよ。

 こんなに買って、だれが食べるんだよ……。


「ご苦労様でござる~!」


 配達員のお兄さんが去った後で、ようやっとミストは俺の半眼に気付いた。


「どうしたでござるか? 不細工な顔して」


 それは元々だ。

 満を持して、ミストを問い詰める。


「お前も、何をアホみたく買い込んでやがる!?」

「エサでござる」

「エサ?」

「拙者は、獣を操る獣士でござる。獣を使役する対価として、彼らに捧げるエサが必要でござるよ」


 なるほど。使役している動物たちのための出費だったか。

 リズカスと同列扱いして、ごめんね。

 ミストは苦笑して続けた。


「ブッチャに仕えていた時は、餌代を僅かな給金から賄わなければならなかった。大変だったでござるよ……」


 うわっ。何かブラック企業っぽい。それくらい経費けいひ扱いしてやれよ……。


「そこで提案でござる! 拙者が使役する動物の餌代を、皆で出し合うというのは」

「「嫌だ!」」


 珍しく、リズと意見が完全一致した。


「ひどいでござる! 動物虐待でござる!」


 人聞きの悪い言い方するな。

 自分が飼ってるペットの面倒くらい、自分で見やがれ。

 そう思うと同時、疑問が芽生えた。


「そういや、お前が使役してる獣と、いわゆる【使い魔】みたいなやつは、また別物なのか?」


 そもそも、【使い魔】という概念が存在しないのか?

 チュートリアルが無いと、いちいち聞かなきゃいけないので面倒くさい。

 勘弁してくれ。こちとら令和のニートだぞ? 

 欠片も辛抱できないぞ? 

 可能な限り、工数を減らしてくれ。

 幸い、ミストは即答した。


「【対価と引き換えに奉仕させる】という意味では、ほぼ一緒でござる。ただし、使い魔などの召喚獣は、一般の獣よりも、要求がハードになるでござる。【一分の使役で寿命一年】とか【生贄1000人よこせ】とか」

「やばすぎだろっ!」

 

 つまり、使い勝手が悪いのか。

 となると、餌と水だけで働いてくれるモンスターを使役するのは、理に適った選択なのかもしれない。


「コウジ殿は、禁忌魔法を扱うリズ殿と一緒にいるのに、その手の情報にうといようでござるな?」

「ん? あぁ、【一緒にいる】って言っても、まだ出会って二週間も経ってないからな」

 

俺の返答に、何故か目を見開くミスト。


「随分とスピード婚でござるな」

「け、けけけ結婚してねぇし! なぁ! リズ!」


 狼狽ろうばいしながら、リズの方を見やる。

 彼女は可憐かれんな微笑を浮かべていた。


「ミスト。次に同じこと言ったら、この国もろとも消し飛ばすわよ」

「そんなに嫌か!?」

 

でもって、たとえリリラビア王国が地図から消えることになろうと、俺は生き残りたい。

 民草よ。最悪の場合は頼むぞ。我が覇道のいしずえとなれ。

 

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