第15話 生きてるだけで丸儲け(泣)

 リグラが、俺たちに目を向け、大きく口を開けた。 


「ゴアァァァァァァァァ!」


 一声で、明確に死を意識させられた。

 ……今から、たった三人で、こいつを討伐するの? 

 無理ゲーじゃね?


「り、リズ! もう一回パムれ! 早く!」


 必死の頼みに、彼女は無表情で返す。


「今朝、宿の部屋にゴキブリが出たの。二匹」


 リズが失笑して言った。


「それ、殺すために、二回パムっちゃった」

「出発する前に言えよぉぉぉぉぉぉ!」


 はい、死んだー。今度こそ終わったー。文字通り、人生終了のお知らせー。


「……ベノムノドンの声で、追い払えねぇかな?」

「神話級の怪物よ! 無理に決まってるでしょ!?」


 ですよねー。

 万策尽きて、絶望に打ちひしがれていると、視界の端で何かが動いた。

 顔を上げる。

 ミストが、リグラの方へ、躊躇ためらいなく近づいていく。

 反射で叫んだ。


「み、ミスト! 何やってんだ! 食われるぞ!」

「戻って来なさい! あ、やっぱりダメ! リグラがこっちに来ちゃう! そのまま食われなさい!」

 

 あ、そうか。

 という訳で、ミスト、食われろ。

 絶対にこちらへ戻ってくるな。

 俺たちに迷惑をかけないように死んでくれ。

 死地へ赴くミストに合掌。

 数分後。そろそろ食われたかな?


「……何で、リグラは暴れないんだ?」


 それどころか、ミストに懐いているようにさえ見えるぞ。

 俺の呟きに、ミストはリグラを撫でながら答えた。


「拙者は獣士ゆえ、リグラと意思疎通が取れるでござるよ。いくら凶暴なドラゴンといえど、意思疎通できる相手を、いきなり殺そうとはしないでござる」


 ……つまり、この化け物と、闘わなくていいということか?

 生きて帰れることが確定した瞬間、感情が爆発した。


「……み、ミストぉぉぉぉぉぉぉ! ありがとぉぉぉぉぉぉ!」

「ミストちゃん、大好きぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 何もしてないくせに、狂喜乱舞きょうきらんぶするリズカスに、ミストが半眼を向ける。


「リズ殿、さっき拙者に『食われなさい!』って言ったような」

「空耳よ!」


 そう、空耳だ。気のせいだ。俺たちは仲間を見捨てたりしない。タツノコンビとは違う。


「そういや、ブッチャたちは、どうやってリグラを討伐するつもりだったんだ?」

「一応、秘密兵器を用意していたらしいでござるよ」


 本当かよ。怪しいもんだぜ。

 まぁ、リズカス頼みの俺たちも大概たいがいだけど。


「……今の俺たちに、こいつを討伐する術はない。諦めよう」

「仕方ないわね」


 リズはきびすを返した。俺もすぐに後を――追うことは出来ない。


「何やってんの? 置いてくわよ?」


 リズカスの問いに、俺ははやる気持ちを抑えて答えた。


「か、帰る前に、リグラの身体、触ってみてもいいかな!? ミスト、聞いてくれないか!?」

「御意でござる」


 ミストによる、神話級のドラゴンとのネゴシエーション。その結果は。


「『触った後、目の前で手を洗ったり、消毒したりしなければ、構わない』と言っているでござる」

「そういうこと、ドラゴンも気にするんだな……」


 けど、気持ちは分かるよ。汚いもの扱いされたら、傷つくよね。

 人間とかドラゴンとか、関係ないよね。

 ご本人の許可が出たので、遠慮なくナデナデ。


「うお~! これがドラゴンの肌! すげぇ! ザラザラしてる! 美味い大根おろしが作れそうだぜ!」


 一方、ロマンを理解できないリズカスは、渋面で言い捨てる。


「よくベタベタ触れるわね。どんな病気を持ってるかも分からないのに」

「お前、ミストの翻訳ほんやくを聞いてなかったのか! 『そういう反応が嫌だ』ってリグラ先輩が言ったばっかりだろ!」

「リズ殿、今の台詞、リグラに伝えた方が良いでござるか?」

「止めて! お願い! 食われちゃう!」


 リズカスを黙らせた後、俺はしばらく、【ドラゴンとの触れ合い】という男子の夢に耽溺たんできした。

 初めて、異世界転生して良かったと、心の底から思ったかも。

 だが、いつまでもドラゴンを愛でている訳にはいかない。名残惜しいが、さらば。

 自然と、帰路も声が弾む。


「あー、楽しかった。大満足だ」

「喜んでもらえたようで、何よりでござる」

「本当に、ミストがいてくれてよかった。ドラゴンに触れたし、僻鱗へきりんもゲットできたし、最高の初クエストだぜ!」


 素直な感想を言っただけなのに、何故かミストは苦笑した。


「いや、僻鱗は手に入れていないでござるよ?」

「手に入れたぞ? ほら」


 右手に持った僻鱗を、ミストの眼前に掲げる。

 数秒後。ミストとリズが、立て続けに絶叫した。


「えぇぇぇぇぇぇぇ!」

「あ、アンタ! 何で持ってるのよ!?」


 リズカスの詰問に淡々と返事。


ほこらの入口付近で、局所麻酔きょくしょますいを拾っただろ? あれで、僻鱗へきりん付近の感覚をマヒさせて、撫でるついでにむしり取った。ミストは獣士だから、こういうの、普段から使ってるんだろ?」

「ていうか、これ、拙者のオリジナル麻酔薬でござる!」


 ミストは声を荒げて続ける。


「しょ、正気しょうき沙汰さたじゃないでござる! リグラにバレたら、殺されてたでござるよ!?」

「バレなかったからセーフ! 結果オーライだぜ!」

「僻鱗を奪われたことに気付いたら、リグラは地の果てまで追ってくるでござるよ!?」

「ミストみたいな、獣とコミュニケーション取れるヤツが余計なことを言わない限り、気付かねぇよ。あいつら、人間と違って、鏡を見ないんだから」


 言葉に詰まるミスト。今度はリズが聞いてくる。


「コウジ、冷静になりなさい。裏社会のバイヤーとの繋がりがないと、僻鱗を売ることは出来ないのよ?」

「売らねぇよ。これ自体を、討伐の証拠にするんだ」

「どういう意味?」


 そんなことも分からんのか。愚か者め。解説してやろうぞ。


「多分、この僻鱗って、基本的にはリグラを討伐しないとゲットできない系のアイテムだろ? つまり、これを持って帰れば、依頼者は『リグラを討伐してくれた』って勘違いするはずだ!」


 あんな化け物から、気付かれないように、首元の鱗を毟り取るなんて、討伐よりも困難だからな。

 つまり、俺たちはリグラを討伐したと言っても過言ではないのだ!

 渾身こんしんのドヤ顔で言い切った俺に、ミストとリズが、なぜか半眼を向けてくる。


「……コーカッツの考えた作戦と、ほぼ一緒でござる」

「多分、性根は一緒なのよ。腐りきってるのよ」


 貶されても、全く心は痛まない。俺には僻鱗=5億ダラズがあるからな!

 金さえあれば幸せな俺の元に、更なる幸運が訪れた。

 帰り道の至る所に、高価そうな武具や宝飾品が、大量に散乱している。

 瞬時に察した。ブッチャたちが落としていったのだ。

 勿論、迷いなくかき集める。やっぱ、ありったけの夢よりも金銀財宝だよな!

 たまらず歓喜かんきの声が漏れた。


拾得物横領罪しゅうとくぶつおうりょうざいの存在しない異世界サイコー!」

「え? あるでござるよ? 拾得物横領罪」

「「……え?」」


 俺は勿論、リズカスも首をかしげた。ミストが無情に続ける。


「犯した場合、一〇年以下の懲役もしくは一〇〇万円以下の罰金でござるよ?」


 リズカスが驚愕の形相ぎょうそうを浮かべた。


「そ、そうなの!? ていうか、意外と重罪なのね!」

「お前は知っとけよ! 現地の人間だろ! 王族だろ!」


 どっちかといえば、法律を作る側の人間だろ。知っとけ。

 ミストの説明が、耳から耳へ通り抜けていく。


「ほとんどの持ち主は、行政に遺失物届を出しているはずでござる。質屋等で売買すれば、すぐに身元がバレるでござる」


 じゃあ、換金できないじゃん。単なる重りじゃん。運搬する気力が一瞬で失せた。


「ただし、モンスターが落とした物であれば、拝借しても問題ないでござる」

 

 という訳で、手元の金品を再確認。

 ひとしきり見回してから、リズは頭を抱えた。


「そんなこと言われても、どれがモンスターの落としたアイテムで、どれが人間の落とし物かなんて、分かんないわよ!」

「じゃあ、全て置いていく他ないでござるな」

「くそがぁぁぁぁぁぁぁー!」


 こうして、拾得物は諦めざるを得なくなった。

 でも大丈夫! 俺には五億があるから!

 異世界で四苦八苦してるけど、五億円さえあれば関係ないよねっ!




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