第14話 バリカッケー祠のヌシ
つまり、生き残っているのは、『誰が死のうと構わない』というスタンスで、壁にへばりついていたクズだけだ。
だからこそ、ブッチャとコーカッツが、俺たちと同じ体勢で生きながらえていることにも、さほど違和感を抱かなかった。
壁際でうずくまったタツノコンビを見て、リズが目を見開く。
「あいつら、自分たちが傷つきたくないから、部下には何も言わず、ずっと壁にへばり付いてたの!? クズ過ぎじゃない!? あんな奴が次期国王候補だったの!? そりゃ追放されて当然よ!」
国民から集めた税金を、一人で年間に100億、200億と使い潰した結果、城を追放されたド腐れニートは黙ってろ。
苦境に立たされた連中は、再び口論を始める。
「くそっ! 全滅だ! コーカッツ! 君のせいだぞ!」
「また他人に責任を押し付けるのですか!? いい加減にしてください!」
その隙に、準備を終えたリズが言った。
「コウジ。あと、ミストだっけ? 死にたくなかったら、私の後ろに隠れなさい」
「りょ、了解!」
「御意でござる!」
リズカスの背後から指示を出す。
「直接は当てるなよ? 掠っただけでも死ぬからな?」
「わ、分かってるわよ! 今、話しかけないで! 集中が途切れるでしょ!」
苛立ち交じりに、リズは先日と同様にウニすけを放った。
それは、タツノコンビの背後にある壁へ吸い込まれる。
彼女は数回、深呼吸してから、ハッキリと呟いた。
「【パム】」
風船に針を刺したかのように、壁とその周囲が一気に爆ぜた。
祠全体が激しく鳴動し、あらゆる箇所にヒビが入り、天井の一部が崩れ落ちてきた。
不可視の地雷、という表現が、一番しっくり来るかもな。
足元さえ崩れかねない衝撃に、ブッチャとコーカッツは泣き叫ぶことしか出来ない。
「はぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「のぉぉぉぉおぉぉっ!」
一方、我々もただでは済まなかった。
「……鼓膜、破れそうだ」
「……万が一の場合は、慰謝料を請求するでござる」
考えてみれば当然か。こんな閉鎖空間で爆発を起こせば、凄まじい音と衝撃に襲われることは、小学生でも分かる。
そもそも、普通の爆発だったら、酸素が一気に無くなって、全員が窒息死してたんじゃね?
笑えねぇ……。
「ま、まさか、リズベッド様が禁忌魔法の使い手だったとは……!」
歯ぎしりするコーカッツ達を、リズカスが睨みつける。
「逆らうと、アンタたちの身体も弾き飛ばすわよ!」
「ひぃっ!」
「ど、どうかご勘弁を!」
涙目のタツノコンビが、部下どもを叩き起こし、全力疾走で退散した。
邪魔者はいなくなった。これで、リグラ討伐に専念できる。
と思った瞬間、祠全体が揺れた。
心なしか、動物の鳴き声めいたものも聞こえた気がする。
「な、何だ!? パムの余韻か!?」
疑問にはミストが答えた。
「いや、さっきの振動で、目覚めたでござるよ。――祠の王が」
◇
祠を、突き当たりまで進むと、広場めいた場所に辿り着いた。
その最奥には、蠢く巨体がある。
クジラよりも大きな身体が揺れるたび、地面が軋み、風が巻き起こった。
「これが、嶽神龍リグラか……!」
瞬間、俺は初めて、本当の意味で【ここは異世界なのだ】と実感した。
この世界に転生してから今日まで、俺は、いわゆるダンジョンのような場所へ出向いたことが無かった。
【やや古風なヨーロッパの地方都市です】と紹介されても、ギリギリ信じることが出来るような場所にしか、行ったことが無かった。
ゴーレムやゴブリンを見た時も、ぶっちゃけ、【猿や建築機械に特殊メイクを施したら、現代日本でも再現できそう】と思った。
――だが、これは無理だ。
この神々しさや威圧感は、現代日本では絶対に再現できない。
ふと、ある光景を思い出す。
父親に連れられて、オーストラリア旅行へ行った際の話。
俺はホエールウォッチングに参加した。
幸運にも、俺の乗った船はクジラの群れに遭遇した。
そこで俺が抱いた感想は。
【クジラの身体って、傷やシワが沢山ある上、フジツボだらけで、意外と汚らしい】
だけだった。
子供のころから、その手の感受性が低かったのだ。
意識を現実へ向け直す。
嶽神龍リグラの体表には、傷もシワもフジツボも見当たらない。
艶のある硬質な鱗で、全身が覆われている。
獅子を彷彿とさせる猛々しい顔つき。
木の幹みたく太いのに、しなやかで芸術的な美を感じさせる脚。
一方で、器用に折り畳まれた両翼は、機能的な美しさを感じさせる。
あまりにも、恐ろしい。
どうしようもなく、美しい。
この二つの感情を、同時に抱いたのは、生まれて始めてだった。
そんなリグラの喉の下に、翡翠色の輝きを放つ鱗を見つけた。
ペンダントでも提げているみたいだ。
あれが
リグラが、俺たちに目を向け、大きく口を開けた。
「ゴアァァァァァァァァ!」
一声で、明確に死を意識させられた。
……今から、たった三人で、こいつを討伐するの?
無理ゲーじゃね?
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