第13話 立っているのは外道だけ

「断る」


 即答に、コーカッツは素っ頓狂な声を上げた。


「……へ?」


 非合法な行為には加担できないと思ったから――ではない。



「何でお前らに、みすみす半分の五億ダラズを渡さなきゃいけねぇんだよ! 十億ダラズ、全て俺たちがもらうぜぇ!」



 ブッチャも、コーカッツも、ドン引きしている。


「こ、この外道め!」

「人の心が無いのですか!?」

「やかましい! お前らだけには言われたくねぇよ!」


 十億ダラズを獲得すれば、分け前をリズと折半しても、一発で蘇れるのだ!

 こんなチャンス、逃してたまるかよ!

 そうと決まれば即行動だぜ!


「リズ! パムだ! やっちまえ!」

「え、えぇ!? アタシ頼み!? 何か策があるから、啖呵たんか切ったんじゃないの!?」

「ある訳ないだろ! 俺にはモノマネしか出来ねぇよ!」

「このグズ! 役立たず!」

「てめぇ! ここまで無傷で辿り着けたのは、誰のおかげだと思ってやがる!」

「うわっ! 今の、モラハラ発言だからね!」

 

 この世界、モラルやハラスメントという言葉が存在するのか。ちょっと驚いた。

 でもって、こいつの中にも、その手の言葉が存在するのか。めっちゃ驚いた。

 ノンモラルなリズカスが、俺を問い詰める。


「ていうか、今ここでパムを撃ったら、リグラを倒せなくなるわよ!」

「何でだよ!? この間、一日に二~三発は撃てるって」


 その時、ブッチャの絶叫が、鼓膜をつんざいた。


「ミスト! やれぇ!」

「御意でござる!」 


 どこからともなく、甲高い声が聞こえた。

 かと思えば、長大な何かが地面を突き破り、視界を塞いだ。

 正体は判然としない。黒いチューブめいた外見だ。

 ランタンの光を反射し、表面がぬらぬらと妖しく輝く。

 そいつは、あっという間に四肢へと絡みつき、俺を拘束してしまった。

 ……ヘビか? 細かい差異はあるが、ほぼアナコンダだな。

 目だけ横に向けると、リズもまた、馬鹿でかいヘビによって。拘束されている。

 

「んっ……! くっ!」


 頬を染め、声にならない吐息を漏らすリズ。

 実にえちえちだ。リズカス、唯一の長所だな。


「ニョロ、ガブ、殺しちゃダメでござるよ」


 声と共に、上から少女が現れ、華麗に地面へ着地した。

 天井に張り付いていたのだろうか。

 そう、少女である。

 年齢は一二~一三歳くらいだろう。

 顔立ちは非常に整っているが、まだ幼さが抜けていない印象。

 黒く艶やかな髪を、肩口の辺りで切り揃えている。

 アメジスト色の瞳は、澄んでいるのに底が見えない。

 純粋さと妖艶さの両方を感じた。

 ダークブラウンのマントとブーツ、とんがり帽子を身に着けており、魔法使いに見えなくもない。

 端的に言うと、めぐみんのパチモンだな。

 めぐパチは尊大に言う。


「古よりの盟約に従い、王家に仇なす者を討ち滅ぼす。でござる!」


 どうやら、ブッチャの手下が、万一に備え、隠れていたようだな。

 そうだと言わんばかりに、ブッチャが笑い声を上げた。


「はははっ! あっけない幕切れだな!」


 挑発を受けて、歯ぎしりするリズ。


「ひ、卑怯者! 王族の誇りは無いの!?」 


 お前が言うな。

 リズカスは感情的になっており、頼りにならない。

 仕方なく、自ら動くことに。


「おい! めぐみんのパチモン!」

「む? 拙者のことでござるか?」


 言いながら、めぐパチが首を傾げる。リズカスよりは会話できそうだな。


「お前、いくらで雇われてるんだ!? その倍、いや三倍の報酬を支払う! だから俺たちに協力しろ!」


 正直、ダメ元だ。

 大抵のフィクションにおいて、あの手の台詞を言うキャラは、義を重んじるタイプだからな。

 つまり、本当の目的は、時間稼「分かったでござる! 裏切るでござる!」

 ……ん?

 今、こいつ、何か言わなかったか?



「そんなにお金もらえるなら、ご先祖様がお世話になった王家、裏切るでござる!」



 めぐパチが、満面の笑みで、最低な台詞を言いやがった。

 こわごわ尋ねる。


「え? いいの? マジで?」

「ぶっちゃけ、盟約とか、前々からダルいと思ってたでござる!」


 予想外の展開に、ブッチャは動揺を隠せない様子。


「お、おい! ミスト! そんなことが許されると思っているのか!? 貴様らの先祖が、我々の先祖から受けた大恩、忘れた訳では」

「うるさいでござる! 大体、お前、金払いが悪いでござるよ!」

「なっ……!」


 絶句するブッチャ。

 その間に、俺は冷静になったリズカスへ耳打ちする。


「リズ、パムは撃てそうか?」

「撃てるけど、良いの? リグラを倒すために、温存しておくんじゃ」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! まずは命を優先だ!」


 更に言うと、俺の命は最優先だ。

 リズカスは珍しく真剣な面持ちを浮かべる。


「分かった。あと5分だけ頂戴」


 よし、五分だな。

 どう足掻いても、俺一人では稼げそうにない。


「ミスト! 奴等から、一時的に視界を奪うことは可能か?」


 問いに、ミストはにたりと笑う。


「拙者の得意技は、生物と対話し、その力を借りることでござる。視界を奪うなど、造作もない!」


 彼女の叫びと共に、壁のヒビや僅かな隙間から、数センチ程度の虫が、大量に這い出てきた。

 コーカッツが舌打ちする。


「これは、ヒボタル……!」


 ヒボタル。なるほど、ほたるか。光ってないと、ゴキブリと大差ないな。

 大量のゴキブリもどきが、ブッチャ達を襲う。

 不安に駆られて、追加注文した。


「ぶ、物理的に目を潰すとかは止めろよ! 引いちゃうから!」


 異世界の人、そういうこと、平気でしそうだから。偏見かな。

 俺の言葉に、ミストは無言でサムズアップする。

 分かったの? 分かってないの? どっち? ちゃんと言って。怖いから。

 幸い、ヒボタルが実際に群がったのは、ブッチャやその部下などの人間ではなく、彼らが携えたランタンだった。

 大量の虫が群がったランタンは、たった数秒で、その輝きを失ってしまう。


「ま、まずい! 何も見えないぞ!」


 ブッチャの涙声が、闇に虚しく溶けていく。

 そんな彼をあざ笑うように、どこぞのミストが不敵に呟く。


「ヒボタルの主食は油でござる。だから、鯨油等で灯すタイプのランタンに群がり、その火を消してしまうでござる。よって、彼らが生息しているダンジョンへ向かう際は、光魔法を扱える者の同行が必須でござる。しかし――」

 

彼女はくつくつと笑った。



「――この一行に、光魔法の使い手は、拙者以外一人もいないでござる」


 

 こいつ、意外とクレバーだな! 裏切ってくれて助かったぜ!

 この好機、逃す手はない。

 闇の中、俺は壁にへばりつき、コーカッツの声真似をした。


「みんな、敵がいたぞ! こっちだ! 声を頼りに攻撃しろ!」


 叫んだ直後、壁を伝い、無言で移動。


 しばらくすると、さっきまで物真似していた場所から、打撃音が聞こえてくる。


「宰相! ここですか!?」

「おらぁ! どうですか!?」

「痛っ! やめろ! 俺は味方だぁ!」


 何者かの命乞いを、フルパワーのモノマネでかき消す。


「いや、そいつこそが敵だ! 味方の声真似をしているのだ! 攻撃を止めるな!」

「よっしゃ! 喰らえ!」

「死ねぇ!」


 それをきっかけに、方々から攻撃音や悲鳴が聞こえてくるようになった。

 勿論、俺は火に油を注ぐ。


「さっきのは、敵の自作自演だ! 本物の敵は俺に化けている! 俺の声を頼りに攻撃しろ!」

「ひぃっ! 僕は味方だぁ! 止めてくれぇ!」


 どこで、誰が、誰を攻撃しているのかも分からない。混乱の極みだ。


 ……リズとミストも死んでたら、どうしよう。

 十分ほど過ぎて、声が止んだ。


「……ミスト。光魔法で、周囲を照らしてくれ」

「御意でござる」


 ミストが生きていたおかげで、視界を取り戻すことが出来た。

 いたるところに、ブッチャの部下たちが傷だらけで倒れている。

 立っている者は一人もいない。全滅だ。

 ちなみに、俺は最初に二、三回モノマネをしただけで、後はほとんど何もしていない。壁際にへばりついていただけ。

 要するに、敵の自滅である。

 そんな俺を見て、リズカスが一言。


「うわー。やり口、陰湿いんしつだなー」

「うっせぇ! 文句言うな!」


 そう言いながら、お前も壁にへばりついてるじゃないか。

 だが、正しい選択だ。

 先のような状況を、無傷で切り抜ける方法は一つ。

 何もせず、壁際で、じっとしている。これだけ。

 勿論、ミストも壁にベッタリへばりついている。

 つまり、生き残っているのは、『誰が死のうと構わない』というスタンスで、壁にへばりついていたクズだけだ。

 だからこそ、ブッチャとコーカッツが、俺たちと同じ体勢で生きながらえていることにも、さほど違和感を抱かなかった。

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