第11話 拾得物横領罪が存在しない最高の世界。

 数日後の早朝。

 超上級クエストへ挑む俺たちを見送ろうと、多くの人間が、街外れにある森の入口に集まった。

 彼らは口々に言う。


「頼む! これからも酒場で、オークの声真似しててくれよ!」

「君の細かすぎる物真似がツボなんだ!」


 だが、俺は止まれない。


「この身を危険に晒そうと、男には、やらなきゃいけない時がある。そうだろ!?」


 俺の言葉に感化されたのか、連中は大声を上げた。


「そんなの無い! だから行くな!」

「そうだ! 何もやらず、ダラダラ生きて、何も為さぬまま死ね! 俺たちみたく!」

「分不相応な高望みは身を亡ぼすぞ!」


 ……まぁいい。あいつらが何を言おうと、俺は行く。それだけだ。

 ダンジョンへ向かう俺の背に、皆が声を掛ける。


「人生、諦めが肝心だぞー!」

「逃げるは恥だが役に立つぞー!」

「どうせ無理だから止めとけー!」


 この町の冒険者、クズばっかりだな! 若い冒険者を応援しろよ!

 舌打ちする俺に、リズが薄目で尋ねる。


「ねぇ、本当に大丈夫なの? あんた、魔法、使えないんでしょ?」


 あぁ、そうだよ。あのクソ女神のせいでな!


「大丈夫だ。お前は、パムの準備にだけ集中してくれ。道中は俺が何とかする」


 対するリズは、唇を尖らせて言った。


「もし、策とやらが通用しなかったら、アンタを置いて逃げるからね」


 ひでぇ。助けろよ。仮にも、たった一人のパーティーメンバーなんだからさ。

 だが、お陰で、帰りたいという気持ちが更に強まった。

 こんな奴と、いつまでも一緒にはいられない。

 何が何でも、現代日本に蘇ってやる!

 帰巣本能を高めるながら歩く。

 数分後。一枚の立て看板を発見した。

 えーと、書いてある注意を、日本語っぽく訳すと――。

『この先、怪物あり。命の保障なし』

 みたいな感じかな。

 念のため、リズに確認。


「この辺りからは、獰猛なモンスターが出没するエリア、って書いてあるんだよな?」

「は? 何言ってんの? 森に入った時点で、いつどんなモンスターに遭遇してもおかしくないわよ。この看板には、リグラのことが書いてあるの」


 失神しそうになった。


「も、もっと早く言え! もしモンスターに出会ってたら、終わりだったぞ!」

「いや、だって、無傷でリグラを倒せるんでしょ? その辺りの雑魚モンスターくらい、楽勝でしょ?」

「勝手な解釈するな!」


 リグラも雑魚モンスターも倒せるなら、俺一人で来るわ。

 嘆息しながら、リズカスに事情を説明。


「無用な戦闘を避けるために、事前にやっておかなきゃいけないことがあるんだ」

「……生前葬?」

「死ぬ前提かよ!」


『死ねば、それ以上闘わなくて済む』とでも言いたいのか? サイコパスじゃん。

 恐れおののく俺。何故かリズカスも同様の反応を示している。


「え? アンタ、死なないつもりなの? アンデッドなの?」

「そういう意味じゃねぇ!」


 全身ベージュのアンデッドなんか存在しないだろ。多分。

 もういい。馬鹿に説明するのは疲れる。実際にやってみせよう。

 俺は喉をチューニングし、思い切り叫んだ。


「ゴアァァァァァァァァァ!」


 それが何の真似か、リズはすぐに気付いた様子。


「それって、もしかして、ベノムノドンの声!?」

「その通り! 全身の汗腺から分泌される毒液により、あらゆる獣を死に至らしめる猛毒トカゲ、ベノムノドンの鳴き声だぁ!」


 同時、記憶が蘇る。



 リズと出会う数日前。

 とある酒場で、ある冒険者から、【音を溜め込む】という性質を持った、奇妙な鉱石を見せてもらった。

 その鉱石に、ベノムノドンの声が録音されていたのだ。

 用途は、モンスター避け。

 録音された鳴き声を聞いたモンスターが、ベノムノドンがいると勘違いし、勝手に逃げていくらしい。

 つまり、こうやってベノムノドンの声を出していれば、ほとんどのモンスターとの戦闘は回避できるのだ!、

 更に、この作戦で回避できる危険は、モンスターとの戦闘だけではない。

 盗賊や人さらいなども、遠ざけることが出来るのだ。

 理由は【ベノムノドンの毒に対する、有効な対処法が、まだ発見されていない】から。

 ゆえに、この声を聞けば、人間も慌てて逃げていく。

 結論。

 ベノムノドンの声さえ出していれば、戦わずに、無傷で、嶽神龍リグラの元に辿り着けるのだ!

 そして、肝心のリグラには、リズの【パム】を撃ち込めばいい。

 これ、凄くね!? 割とマジで天才じゃね!?



 生命の気配が全く感じられない森を、俺たちは躊躇いなく進む。


「モンスターも、冒険者も、盗賊も、全員逃げたみたいだぞ!」

「当たり前でしょ。ベノムノドンよ? 逃げない奴はアホよ」

 

ふむ。譬えるならば、現代の日本人にとっての銃撃音みたいなものか。じゃあ逃げて当然だな。

 ……それはさておき。

 ありとあらゆる金品が、置き去りにされている。気になる。


「……リズよ。念のために確認しておくが、この世界に拾得物横領罪は存在するか?」

「シュートクブツオーリョーザイ?」

「他人が紛失した物を拾い、自分の物にした場合、何らかの罪に問われるか?」

「はぁ? 問われる訳ないじゃない。落としたヤツが悪いに決まってるわ」


 つまり、これらの落とし物は、全て頂いても問題ないということだな。


「ひゃひゃひゃ! じゃあ全て頂くぜぇ!」

「最っ低……」

「宝石もあるぞ」

「全て頂くわ!」


 変わり身が早すぎる。伊賀も甲賀も真っ青だよ。


「ねぇ! 見てこれ! 全回復ポーション! マヒ消しも!」

「えーっと、これは……局所麻酔? こんなの、何に使うんだ?」


 独り言だったのだが、リズが答えてくれた。


「多分、獣士の持ち物ね」

「獣士?」

「動物を使役して闘う冒険者よ。局所麻酔は、動物が怪我した時の応急処置に使うの」


 ふぅん、そんなジョブがあるのか。

 要するに、【冒険者】っていう呼称は、【フリーランス】とか【サラリーマン】みたいな言葉であって、特定の職業を指す言葉じゃないのか。勉強になります。

 ついでに訊く。


「ここに落ちてるもの、全て売ったら、いくらになる?」

「ざっと二万ダラズくらいかしら」


 ダンジョン前でモンスターの声真似するだけで二万! 

 ボロい商売だな! イエイ!

 ここで冒険者やモンスターを脅し続ければ、一生、生活費には困らないだろう。

 切り詰めて、五年くらい必死で頑張れば、5億円を貯めて元の世界に帰るのも夢じゃない。

――でも、それじゃ駄目なんだ。

 俺は一秒でも早く帰りたいし、少しでも楽をしたいのだ!

 思いを咆哮に変えた。



「ゴアァァァァァァァァァ!」



 眼前に現れた洞窟の中へ、ベノムノドンの鳴き真似が吸い込まれていく。

 嶽神龍の祠。

 祠とは名ばかりで、見た目は完全に洞窟。

 三メートル先がどうなっているかさえ見通せない。ひたすらに暗黒が続いている。

 だが、俺たちの敵ではない。

 生気のない真っ暗なダンジョン内を、松明だけ携えて、意気揚々と進む。

 リズカスが嬉しそうに話しかけてきた。


「ひょっとして、私たち、最強のコンビなんじゃない!? 王宮の連中も真っ青になるレベルの、ハイパーウルトラ大金持ちになれるんじゃない!?」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 当たり前だ! 俺たちを無価値と決めつけた愚か者たちに、目にもの見せつけてやるぜ! ざまぁ展開の始まりだぁぁ!」


 あと、あんまり松明を近づけないで。熱いから。

 低温やけどの危機に瀕していること以外は、万事順調だった。

 ――ここまでは。

 異変に気付いたのは、リズだった。


「……ねぇ、あれ、ランタンの明かりじゃない?」

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