第10話 各々の【とんでもない策】


 リズカスと運命共同体になることを(やむなく)誓った日の翌朝。

 宿を出た我々は、昨日と同じく、酒場を訪れた。

 まだ午前中なのに、飲んだくれているヤツが少なくない。

 こいつら、終わってるな。

 ニートは思いました。


「つー訳で、これより【今後どうするのか決めよう会議】を始める」

「ネーミングセンス、終わってるわね……」

「じゃあお前が考えろ!」


 改めまして、リズカスによる開会宣言です。どうぞ。


「これより【リズベット様を讃える会】を始めるわ」

「趣旨を変えるな!」


 文句を言われたのに、リズカスは不敵に笑う。言語野が死んだのかしら。


「変わっていないわ。遅かれ早かれ、アンタはあたしを褒め称えることになるんだから!」

「アホくせぇ。何で、そんなことしなくちゃいけねぇんだよ」

「私が、とんでもない策を思いついたからよ!」


 意気揚々と、彼女は『とんでもない策』を言ってのける。



「隣国に戦争を仕掛けて勝利すれば、相手の持ってるもの、全部ゲットできるわよ! 私、天才じゃない!?」



 思わず両手でテーブルをぶっ叩いた。


「ざけんな! そんな真似、許される訳ないだろ! 却下だ却下!」

「えー」


 何が駄目なんだと言わんばかりの態度を示すリズ。

 こいつ、全てが駄目だ。存在が駄目だ。

 現代日本で、国家の要人がこんな発言したら、国ごと国際社会から追放されるぞ。


「よく聞け。戦争ってのはな、とんでもない数の罪なき命が失われるものなんだよ。ノリとバイブスで始めていいもんじゃねぇんだよ」


 実際は、国家の要人たちが、ノリとバイブスで始めてるのかもしれないけど。

 表向きは、ダメということになってんだよ。

 そんなこと、欠片も気にせず、リズはあっけらかんと言い返す。


「下々が何人死んだって、私には関係ないわ」

「俺たちは今、その下々なんだよ! 己がカスだという自覚を持て! いつまで王族のつもりだ!?」


 あえて言った。カスであると。

 今、強く思う。

 こいつを追放した王様は、薄情である一方、本当に優秀だ。

 同時、現状を再認識させられる。

 つい数日前まで、こいつは王族で、俺は資産一〇〇億(になる予定)だった。

 なのに、今や最下級の下民。ほんと、人生って何があるか分からない……。

 だから面白い。

 とか言う奴は死ね!

 もしくは俺と交代しろ!

 一人で勝手にいきり立っていると、リズカスが声を荒げた。


「他人の意見を否定するんだったら、対案を出しなさいよ!」


 少し間を取ってから、俺は厳然と言った。


「――俺たちが、現状を打破するためには、超上級クエストに挑むしかない」





 確認した所、現在この町のギルドで応募を受け付けている超上級クエストは、三つ。


 ●嶽神龍リグラの討伐。―――――――――――――――――報奨金六億ダラズ

 ●戦神ヘルマン・デイモンの捕縛および連行。―――――――報奨金九億ダラズ

 ●賢者の塔に隠された、ナノマイト金貨1万枚の捜索。―――報奨金二〇億ダラズ


 ダラズってのは、この国の通貨だ。

 大体、一ダラズ=一円くらい。

 つまり、円安が進むと、ダラズ安も進むということだ。多分。知らんけど。

 ……この中だと、嶽神龍リグラの討伐が、最も難易度の低いクエストらしい。

 名前に【神】が入ってるドラゴンを殺すより、ヘルマン・デイモンとやらを捕まえるのは難しいのかよ。笑えねー。

 ナノマイト金貨のクエストは、単純に、賢者の塔がここから遠すぎる。

 ギルドで受付をしていたお姉さんいわく、行くだけで半年くらいかかるらしい。

 勿論、このリグラとかいうドラゴンを討伐したとて、リズと折半したら、五億円=五億ダラズに届かないことは重々承知だ。

 よって、リグラをぶっ殺し、ヘルマンさんとやらを捕まえるのが、元の世界へ帰るための最短ルートである。

 思考を巡らせる俺に、リズが不満気な声で聞いてきた。


「それってつまり、冒険者になるってこと? 冒険者なんて、貧乏人の仕事でしょ?」

「そうだ! つまり、お前の仕事じゃボケェ!」


 こいつは、まだ自分の立場を理解できていないのか……。


「この際、ハッキリ言ってやる。俺たちには、もう後が無いんだ。どんだけ嫌だろうと、やるしかねぇんだよ」


 あえて冷たく言い切った。が、リズカスは屈しない。


「そもそも、冒険者になることの意味、分かってる?」

「分かってるよ。ギルド的な場所に行って、クエストみたいなやつをこなして、金を貰うってことだろ?」

「それってつまり、命を懸けて、敵やモンスターと闘わなきゃいけないっていうことよ? 死んでも、誰も助けてくれないのよ? 何で乗り気になれるの?」

 

 ……改めて言われると、ちょっと怖いかも。


「し、死んでも復活できる神殿みたいなのは、ないのか?」

「あるけど、高額よ。肉体の損傷具合によっては、十億くらい必要なこともある」

「また金かよ! 勘弁してくれ!」

 

 だからこそ、スキルや強力な武器を持ってる転生者は、金を稼ぎまくって、他人の命を救いまくって、ハーレム作って無双するんだろうなぁ。

 ファッキンチートボーイ!


「ちなみに、私は二七回復活してるわ」

「マジで筋金入りのごく潰しだな!」


 王様、酷い奴だと思ってたけど、撤回するわ。こいつの方が1億倍ひどい。

 こんな奴と二人で、神の名を冠するドラゴンに挑むのかよ……。

 酒席を沸かせるだけのモノマネ野郎と、一日に一発しか攻撃を出せない女。異世界でも屈指の最弱パーティーだろ……。

 絶望していると、一人の客が赤らんだ顔で話しかけてきた。


「おっ、コウジ。またモノマネやってくれよ。俺、あれ好きだったぞ。【もしも聖グレゴリアン合唱団が全員、ゴブリンだったら】っていうやつ」

「悪いが、今は忙しいんだ。また後で………………………………」

 

 そこで、天啓が舞い降りた。 


「……く、くく、ひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 リズがドン引きしながら尋ねてくる。


「気でも触れたの?」

「違うわ!」


 眼前の愚か者に、俺は朗々と告げた。


「嶽神龍リグラを、労せず討伐する方法を思いついたんだよ!」


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