第9話 リズカス覚醒
「さて、俺の能力は見せた。お前は、何が出来るんだ?」
問うと、リズは眉根を寄せた。
なるほど。俺のような優れた能力を持っていないから、申し訳ないという気持ちで一杯なのか。
安心しろ。最初からお前には期待してねぇから。
どんなくだらない特技でも、思い切って披露したまえ。
心中が伝わったのか、頻りに周囲を見回すリズ。
「……分かった。見せてあげる。付いてきて」
◇
という訳で退店し、店の裏へ。
裏通りに面しているものの、じき夕暮れだからか、人気は無い。
……もしや!
『王宮仕込みの凄テクで、骨抜きにしちゃうわよ♡』みたいな展開か!?
ドギマギしていると、目前のリズ(巨乳)が、手の平を軽く握り、ゆっくりと開いた。
黒いウニみたいな物体が、小さな手の上を浮遊している。
「何それ? 黒染めしたタンポポの綿毛?」
「黙って見てなさい」
ぞんざいに言うと、リズはそれを宙へ放った。
まっくろくろすけっぽいな。可愛いかも。ウニすけと名付けよう。
ウニすけは、ふわりとふわりと虚空を彷徨い、やがて付近の壁へ吸い込まれる。
途端、妙に肌寒くなった。
急に気温が下がったのか? 異世界だから、何が起きても不思議ではないけど。
と思っていたら、今度は風が強まった。
これは気のせいじゃない。嵐の直前みたいだ。
――俺たちの周囲で、何か良からぬことが起きている。
そんな予感が強まっていく。
ウニすけを心配していると、リズが壁に手をかざした。
直後。彼女がやったことは、長大な呪文の詠唱でもなければ、強力な精霊の召喚でもなかった。
ただ一言、呟いただけだった。
「【パム】」
刹那。轟音が響き渡った。
突風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がり、がらがらという崩壊音と共に、目前の石壁に風穴があいた。
……あれだ。洋画とかで、銀行強盗が爆弾で金庫をぶち抜くシーン、あるだろ?
あんな感じの大穴が、ぽっかり空いている。
数秒遅れで、状況を理解する。壁の一部が、勢いよく爆ぜたのだ。
堪らず、俺は叫んだ。
「……う、ウニすけぇぇぇぇぇぇ!」
「うにすけ? 誰それ?」
涙を流す俺に、軽蔑の眼差しを向けてくるリズ。
何でこいつ、こんな飄々としてるんだ? もっと自慢しろよ。普段みたいに。
そして、ウニすけの消失を悲しめ!
これから先、ウニすけ亡き世界で、俺は生きていけるだろうか。
……生きていけそうだな。普通に。
割と早めに立ち直った俺を、リズカスが急かす。
「何してるの? 逃げるわよ。人が集まる前に」
「ちょ、待って! 一人にしないで! そんなズンズン裏路地に進まないで!」
どうにかリズに追いついた俺は、間髪入れずに質問した。
「お、お前、ひょっとして、めっちゃ強いんじゃないか!?」
「今さら気付いたの?」
呆れ交じりに訊き返してくるリズ。
仕方ないだろ。お前が闘ってる所なんか、見たことなかったんだから。
あるいは、この世界だと、王族=めっさ強いという共通認識があるのか?
あ、こいつ、もう王族じゃなかったわ。
特権なきカスに尋ねる。
「お前、ハイパーつよつよ兵士になれるんじゃね!?」
「はぁ? 戦闘なんか、下民のやることでしょう? 私には相応しくないわ」
「本当にクズだな!」
𠮟責を、リズは意に介さない。
「それと、パムは一日に二~三発しか撃てないの。ダンジョン攻略とか、モンスター討伐には不向きなのよ」
なるほど。それに関しては、彼女の言う通りかもしれない。
「でもって、これ、禁忌魔法なの」
「禁忌魔法?」
首を捻る俺に、リズが憐みの眼差しを向けてきた。
「……アンタ、義務教育受けてないの?」
この世界、義務教育あるのかよ。
その時点で、知識無双は無理じゃん。つまんねぇな!
……ていうかさ。
禁忌魔法とか、本来は俺が身に着けるべき能力じゃね?
何で、根っからの異世界人が、無難にゲットしてんだよ。物語性ゼロじゃねぇか。
でもって、どうして俺が、生まれ持ったポテンシャルのみで善戦してんだよ。
不平不満を脳内で書き連ねている間に、リズの説明が行われる。
どうやら、この世界には【禁忌魔法】ってのがあるらしくて、さっきの【パム】っていう魔法は、その一つらしい。
まぁ、要するにあれだろ?
ハリポタの【インペリオ】【クルーシオ】【アバダ・ケダブラ】みたいなもんだろ?
オッケーオッケー。把握した。難しい話はノーセンキュー。
説明終了後。気になった点を尋ねていく。
「そんな禁忌魔法を、どうしてお前が使えるんだ? あれか? 子供の頃、入ることを禁じられた書庫に忍び込んで、封印されし魔導書を開いてしまい、禁忌魔法を習得してしまった、的な?」
こいつなら、やりかねない。
リズは口を尖らせて否定した。
「違うわよ。生まれつき、この魔法しか使えないのよ。……忌み子ってやつ」
「……」
あれ? ひょっとして、こいつ、可哀想なやつ?
ただただ傍若無人な馬鹿女だと思ってたけど、意外に苦労してる?
……それが分かったら、急に可愛く見えてきたぞ!
『薄幸の美少女に弱い』という俺の嗜好を、的確に突いてきやがったな!
いいぞ異世界。もっとやれ。
動揺を隠そうと、いつもより声を張って、リズに尋ねた。
「こ、このパムって魔法は、さっきのが最大火力か? 十分すげぇけど、禁忌魔法にしては、ショボくないか?」
「逆よ。さっきのが最小火力」
……最小? さっきのが?
普通に、人を殺せるレベルの爆発でしたけど?
「……ちなみに、最大火力だと、どれくらいの攻撃になるんだ?」
「この大陸を更地に出来るわ」
「怖ぇぇぇぇぇ!」
同時に思う。
フィクションだと【自分を殺しかねない化け物と、行動を共にする主人公】ってのは、ありがちな設定だ。
今さら出てきたところで、誰も斬新だとは思わない。
けど、あいつら凄いわ。普通、無理だよ。
でもって、対照的に『そんな化け物は殺せ』とか『災いが起こるぞ!』とか言う連中が悪者みたく描かれるけど、あれが一般的な反応だよ。
結論。
今ここでリズカスから逃げても、俺は悪くない!
じゃあなアホ姫! どっかのイケメンに助けてもらえ!
「お前みたいな奴が近くにいたら、命がいくつあっても足りねぇよ! じゃあな!」
「アンタの身体に、さっきの黒いトゲトゲ、仕込んだから。逃げたらパムるわよ」
「なーんちゃって! 冗談だぜ! だから、あのトゲトゲを俺の身体から追い出して! 今すぐ! お願い! まだ死にたくない!」
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