第9話 リズカス覚醒


「さて、俺の能力は見せた。お前は、何が出来るんだ?」


 問うと、リズは眉根を寄せた。

 なるほど。俺のような優れた能力を持っていないから、申し訳ないという気持ちで一杯なのか。

 安心しろ。最初からお前には期待してねぇから。

 どんなくだらない特技でも、思い切って披露したまえ。

 心中が伝わったのか、頻りに周囲を見回すリズ。


「……分かった。見せてあげる。付いてきて」



 という訳で退店し、店の裏へ。

 裏通りに面しているものの、じき夕暮れだからか、人気は無い。

 ……もしや!

 『王宮仕込みの凄テクで、骨抜きにしちゃうわよ♡』みたいな展開か!? 

 ドギマギしていると、目前のリズ(巨乳)が、手の平を軽く握り、ゆっくりと開いた。

 黒いウニみたいな物体が、小さな手の上を浮遊している。


「何それ? 黒染めしたタンポポの綿毛?」

「黙って見てなさい」


 ぞんざいに言うと、リズはそれを宙へ放った。

 まっくろくろすけっぽいな。可愛いかも。ウニすけと名付けよう。

 ウニすけは、ふわりとふわりと虚空を彷徨い、やがて付近の壁へ吸い込まれる。

 途端、妙に肌寒くなった。

 急に気温が下がったのか? 異世界だから、何が起きても不思議ではないけど。

 と思っていたら、今度は風が強まった。

 これは気のせいじゃない。嵐の直前みたいだ。

 ――俺たちの周囲で、何か良からぬことが起きている。

 そんな予感が強まっていく。

 ウニすけを心配していると、リズが壁に手をかざした。

 直後。彼女がやったことは、長大な呪文の詠唱でもなければ、強力な精霊の召喚でもなかった。

 ただ一言、呟いただけだった。


「【パム】」


 刹那。轟音が響き渡った。

 突風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がり、がらがらという崩壊音と共に、目前の石壁に風穴があいた。

 ……あれだ。洋画とかで、銀行強盗が爆弾で金庫をぶち抜くシーン、あるだろ?

 あんな感じの大穴が、ぽっかり空いている。

 数秒遅れで、状況を理解する。壁の一部が、勢いよく爆ぜたのだ。

 堪らず、俺は叫んだ。


「……う、ウニすけぇぇぇぇぇぇ!」

「うにすけ? 誰それ?」


 涙を流す俺に、軽蔑の眼差しを向けてくるリズ。

 何でこいつ、こんな飄々としてるんだ? もっと自慢しろよ。普段みたいに。

 そして、ウニすけの消失を悲しめ!

 これから先、ウニすけ亡き世界で、俺は生きていけるだろうか。

 ……生きていけそうだな。普通に。

 割と早めに立ち直った俺を、リズカスが急かす。


「何してるの? 逃げるわよ。人が集まる前に」

「ちょ、待って! 一人にしないで! そんなズンズン裏路地に進まないで!」


 どうにかリズに追いついた俺は、間髪入れずに質問した。


「お、お前、ひょっとして、めっちゃ強いんじゃないか!?」

「今さら気付いたの?」


 呆れ交じりに訊き返してくるリズ。

 仕方ないだろ。お前が闘ってる所なんか、見たことなかったんだから。

 あるいは、この世界だと、王族=めっさ強いという共通認識があるのか?

 あ、こいつ、もう王族じゃなかったわ。

 特権なきカスに尋ねる。


「お前、ハイパーつよつよ兵士になれるんじゃね!?」

「はぁ? 戦闘なんか、下民のやることでしょう? 私には相応しくないわ」

「本当にクズだな!」


 𠮟責を、リズは意に介さない。


「それと、パムは一日に二~三発しか撃てないの。ダンジョン攻略とか、モンスター討伐には不向きなのよ」


 なるほど。それに関しては、彼女の言う通りかもしれない。


「でもって、これ、禁忌魔法なの」

「禁忌魔法?」


 首を捻る俺に、リズが憐みの眼差しを向けてきた。


「……アンタ、義務教育受けてないの?」


 この世界、義務教育あるのかよ。

 その時点で、知識無双は無理じゃん。つまんねぇな!

 ……ていうかさ。

 禁忌魔法とか、本来は俺が身に着けるべき能力じゃね? 

 何で、根っからの異世界人が、無難にゲットしてんだよ。物語性ゼロじゃねぇか。

 でもって、どうして俺が、生まれ持ったポテンシャルのみで善戦してんだよ。

 不平不満を脳内で書き連ねている間に、リズの説明が行われる。

 どうやら、この世界には【禁忌魔法】ってのがあるらしくて、さっきの【パム】っていう魔法は、その一つらしい。

 まぁ、要するにあれだろ? 

 ハリポタの【インペリオ】【クルーシオ】【アバダ・ケダブラ】みたいなもんだろ?

 オッケーオッケー。把握した。難しい話はノーセンキュー。

 説明終了後。気になった点を尋ねていく。


「そんな禁忌魔法を、どうしてお前が使えるんだ? あれか? 子供の頃、入ることを禁じられた書庫に忍び込んで、封印されし魔導書を開いてしまい、禁忌魔法を習得してしまった、的な?」


 こいつなら、やりかねない。

 リズは口を尖らせて否定した。


「違うわよ。生まれつき、この魔法しか使えないのよ。……忌み子ってやつ」

「……」


 あれ? ひょっとして、こいつ、可哀想なやつ?

 ただただ傍若無人な馬鹿女だと思ってたけど、意外に苦労してる?

 ……それが分かったら、急に可愛く見えてきたぞ! 

 『薄幸の美少女に弱い』という俺の嗜好を、的確に突いてきやがったな! 

 いいぞ異世界。もっとやれ。

 動揺を隠そうと、いつもより声を張って、リズに尋ねた。


「こ、このパムって魔法は、さっきのが最大火力か? 十分すげぇけど、禁忌魔法にしては、ショボくないか?」

「逆よ。さっきのが最小火力」

 

 ……最小? さっきのが? 

 普通に、人を殺せるレベルの爆発でしたけど?


「……ちなみに、最大火力だと、どれくらいの攻撃になるんだ?」

「この大陸を更地に出来るわ」

「怖ぇぇぇぇぇ!」


 同時に思う。

 フィクションだと【自分を殺しかねない化け物と、行動を共にする主人公】ってのは、ありがちな設定だ。

 今さら出てきたところで、誰も斬新だとは思わない。

 けど、あいつら凄いわ。普通、無理だよ。

 でもって、対照的に『そんな化け物は殺せ』とか『災いが起こるぞ!』とか言う連中が悪者みたく描かれるけど、あれが一般的な反応だよ。

 結論。

 今ここでリズカスから逃げても、俺は悪くない!

 じゃあなアホ姫! どっかのイケメンに助けてもらえ!


「お前みたいな奴が近くにいたら、命がいくつあっても足りねぇよ! じゃあな!」

「アンタの身体に、さっきの黒いトゲトゲ、仕込んだから。逃げたらパムるわよ」

「なーんちゃって! 冗談だぜ! だから、あのトゲトゲを俺の身体から追い出して! 今すぐ! お願い! まだ死にたくない!」

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