第7話 度し難いリズカスと御しやすい俺


「カルメラ・リズベッド・ラブラバ・ターナー! 貴様を、城外追放処分に処すっ!」



 ……リズカスの本名、素敵だね。

 しばらく間を置いて、リズが同程度の声量で返した。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 その反応にも、王は動じない。


「もはや貴様は、王族でも何でもない。無論、貴族でも平民でも、奴隷ですらない。路傍の小石だ!」


 この展開を予想だにしていなかったのか、リズカスは口をあんぐりと開けたまま、動けずにいる。

 物心が付いてからずっと、あんな狼藉を繰り返していたとすれば、この仕打ちも仕方ないかもしれない。リズカス、ドンマイ。

 衛兵が、リズの両手を引っ掴み、連行する。

 彼女は両足で懸命に抗おうとするが、焼け石に水だ。


「ちょ、待って! パパ! パパァァァァァァァァ!」


 リズカスの姿が、扉の奥へ消えた。

 ――おそらく、あいつは死ぬ。

 あのメンタリティで、この厳しい異世界を生きていける訳が無い。

 せめて来世では幸せになれますように。南無阿弥陀仏。

 あ、この世界に仏教はないのか。じゃあ、アーメン。

 いや、キリスト教もないのか。じゃあ、アッラー大好き。

 多分、イスラム教も無いと思うけど。

 手当たり次第に祈っていると、王様が俺にも冷眼を向けた。


「貴様も出ていけ。あの石ころ同様、たたき出されたいか?」

「あ、さーせん」



 城外へ出てから数分後。扉の前で、しゃがみこんだリズカスに遭遇した。


「うわっ、マジで追放されてる……」


 借金して用意した二〇〇万円を、FXに突っ込み、七分で溶かしたニコ生の配信者と全く同じ顔してる……。引くわぁ……。

 軽蔑の眼差しを向けていると、いきなりリズが騒ぎ出した。


「パパァ! 話を聞いてぇ! ここを開けてぇ! お願いだからぁぁぁぁ!」


 情緒不安定だ……。怖い……。

 いや、無理もないか。

 親に絶縁宣言されて、無一文で家から追い出されたら、そりゃ情緒不安定にもなるか。

 ……俺がきっかけを作ったみたいで、ちょっと申し訳ないなぁ。

 まぁ、遅かれ早かれ、追い出されてたとは思うけど。

 そんなことを考えている間も、リズは醜く足掻いている。


「叩き出すにしても、せめてお金ちょうだい! 100億! いや200億! いや、1000億でいいから!」 


 同情した俺が馬鹿だった。さらばリズカス。強く生きたまえ。

 ニヒルを気取り、城を離れようと歩く。

 三〇秒ほど過ぎた頃。

 背後から聞こえてくる、駆け足の音。

 気付いた時には手遅れだった。


「待ぁてぇぇぇぇぇ!」


 怪物めいた叫び声を上げながら、リズカスが飛びついてきやがったのだ。

 最初は、何が起きたのか分からなかった。

 俺を拘束したリズカスが、下品な笑い声を上げたため、その凶行に気付けたのだ。


「あはははははっ! 逃がさないわよぉ! カス野郎ぉ!」


「は、放せぇ! あっち行けぇ! 当方は貴殿と一切の関係を断つ所存だぁぁ!」


 たわわな胸や締まった太ももが密着しているのに、心が弾まない。

 むしろギャン萎えだ。


「アンタのせいでこうなったのよ! 何とかしなさい! こらっ! 暴れるな!」

「出来るか! 俺だって、今日を生き抜くだけで精一杯なんだよ!」


 激闘の末、一国の姫君を振り落とすことに成功。全力で逃走を図る。

 あばよ哀れなカス。

 遥か後方から、リズの涙声が聞こえてきた。


「私、まともに働いたこと無いの! 一人じゃ無理! 死んじゃう! 助けて!」

「っ……!」

 

 反射的に足を止める。

 死んじゃうとか、言わないでくれよぉ……。

 もし本当にお前が死んだら、俺の責任みたいになるじゃねぇかよ……。

 俺と関係ない所で、野垂れ死んでくれよぉ……。


『なぜ何も言ってくれなかったんだ!? 俺が付いていれば、こんなことにはならなかったのに!』


 って言わせてくれよぉ……。

 命を賭して、俺の体裁を守ってくれよぉ……。

 振り返り、蹲ったリズカスを見やる。

 金持ちの家で生まれ育ったカスニート。

 ……親近感を覚えてしまう。

 俺が目の前に戻っても、彼女はしばらく気付かなかった。


「うえーん! もういやだー! みんな、きらいだー! 国民全員、記録的な飢饉で餓死しちゃえー!」


 とんでもないこと言ってやがるな。

 お前、仮にも王族だろ。国民の命を預かる側だろ。冗談でも、そんなこと言うな。

 ……まさか、冗談じゃないのか?

 戦慄を覚えながら、こわごわと話しかける。


「リズ、だっけ?」


 素早く顔を上げるカス姫。俺は続ける。


「とりあえず、手近な店に移動しよう。ここで騒いでると、逆賊扱いされかねない」

「っ!」


 珍しく殊勝な反応を見せたリズは、顔を伏せて微笑んだ。

「……ふふ、御しやすいバカね」

「殴るぞ!」


 言うにしても、せめて声を潜めろ。

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