第6話 これが世に言う追放系?(違う)
「――あんな奴、殺されてしまえばよかったのだ」
現代日本では、まず目の辺りにすることはないであろう殺気を放つパパン。
全身に鳥肌が立った。
どうにか返事を絞り出す。
「……あ、あんた、実の親だろ? それは流石に言いすぎじゃないか?」
あ、タメ口で喋っちゃった。俺、処刑される? 処される?
幸い、王様は何も処さなかった。
娘への怒りで、俺どころではなかったのかもしれない。
「ほんの少しの時間でも、リズと一緒にいたのであれば、目に余る身勝手さを理解できたはずだ」
リズ。それが彼女の名前か。
あるいは愛称か。仮にも王家の人間だから、苗字がないということはあるまい。
確かに、あいつはろくでもない人間だ。
出会ってから、まだ三〇分程度しか経っていないが、断言できる。
リズ、マジでクズ。略してクズ。
クズの親(略してクズ親)が続ける。
「あれが毎日だ。あいつが物心ついた時から、ずっとだぞ?」
想像しただけで怖気が走った。
あんなのと毎日一緒? 割と重めの拷問だぞ……。
クズ親の𠮟責は止まらない。
「他の兄弟姉妹が、世のため国のため働いているのを尻目に、何もせず、民を
「……」
どうしよう。上手く擁護できる気がしない。
くそっ! 何なんだよ! 姫を助けて感謝されるパターンかと思ったのにさ!
……けど。
『殺されてしまえばよかったのに』は、流石に言い過ぎじゃね?
どんな奴だって、良いところはあるはずだ。出典は俺。
『いや、お前、良い所ないだろ』とか思った奴はファック。
気を取り直し、脳を働かせる。
あいつの良い所、あいつの良い所、あいつの良い所…………そ、そうだ!
「で、でも! リズは嫌いな食べ物でも、残さず最後まで食べます!」
俺の主張に、王様は目を細めた。
「……その程度で、釣り合いが取れると思うか?」
「全く思いません! 今のは忘れてください! 生意気を言って、すんませんでした!」
弁護、失敗。万策尽きた。悪いなクズ。潔く散れ。
姫の供養を二秒で済ませ、真に悩むべき議題へ意識を向ける。
まずは姫よりも、自分の心配をすべきだ。
勿論、保身のために、こんなことを言っている訳ではない。
本当だ。本当だって。本当だっつってんだろ。信じろアホ。
冷静に考えてみろ。
自分を犠牲に、他者を救うのは、確かに美しい姿かもしれない。
だが、持続的じゃない。遠くないうちに限界が訪れる。
一方、自分の安心安全が担保された状態であれば、より長期に渡って、他者を救うことが出来る。
つまり、自分を救うということが、他者を救うことにも繋がるのだ。
だから、とりあえずは、自分だけを救うために動こう!
いつかどこかで誰かを救うために!
って言えば、カッコイイよね!?
己がためだけに生きる。そう強く誓ったタイミングで気付いた。
――これ、千載一遇のチャンスなんじゃね?
ここから、奇跡に次ぐ奇跡で国を救い、御礼として五億円くらい貰えるんじゃね?
大抵の転生者は、五億円くらいの利益を、割とサクッと国家にもたらしている気がする。
だからいける! はず!
「ところで話は変わりますが、俺を王宮で雇ってもらえませんか!?」
突然の要求に、面食らう王様。
だが引かない。まずは内部に潜り込まねば、お話にさえならないからだ。
なぜ、中卒ニートの俺が、こんなに自信満々なのか。
それは、これまで見聞きしてきた数多の転生者たちが、背中を押してくれるから。
――あいつらでも無双できたんだから、俺でも出来る! そうに決まってる!
数秒後。王は笑った。
「面白い」
おぉ! この世界に来てから、初めての好感触! テンションが上がってしまう。
彼は続けた。
「では、能力を示せ。君は何が出来る?」
問いに、俺は即答する。
「はい、
「ものまね?」
高貴な
「説明するよりも、実際に披露した方が分かりやすいでしょう」
得意げに言って、喉を整え、イッツショータイム。
「ゴブリンが発情期に発する【求愛の歌】を、フルコーラス歌い切ります」
宣言し、醜い声で、翻訳不可能なラブソングを歌い上げる。
衛兵の皆さんは笑っている。
が、王様の口角はピクリとも動かない。怖い……。
ふと思い出す。
ネットニュースいわく、世の中には、魚が切り身の状態で泳いでいると、本気で思っている子供がいるらしい。
切り身以外の状態の魚を、見たことが無いからだ。
それと同じことが起きているのかもしれない。
……国王、そもそもゴブリン見たこと無いんじゃね?
「……えーっと、物真似は以上です」
王の眼差しが、【ファック】と言っていた。言わずとも伝わった。
「記念品を受け取り、すぐに立ち去れ」
「……はーい」
記念品は、やや細長いリンゴだった。国の名産らしい。
踵を返し、扉へ向かう俺に、一人の衛兵が耳打ちした。
「自分は好きでしたよ」
「あざっす」
ただそれだけの声掛けで救われた。
この世界に来て初めて、人間の温かみを感じた気がする。
涙を
うん、割と美味い。爽やかな甘みが、傷ついた心に沁みるぜ。
感動も束の間。紫紺のローブに着替えたリズ姫が、部屋に戻ってきた。
あれ? こいつ、生きてたっけ?
この間、葬式やらなかったっけ? 幽霊か?
怪奇現象に困惑する俺を見て、リズカスは声を荒らげる。
「ちょっと! パパ! 早くそいつにお金を渡して! 追い出して!」
黙れクソ女。
ファッキングも同様の心境だったのか、憤りを露わとした。
「リザ、いい加減にしなさい。今年に入って、いくら使った?」
「そんなガミガミ言わなくてもいいでしょ。まだ100億ちょっとよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
思わず絶叫した。王様が鬱陶しそうに睨みつけてきたが、どうでもよかった。
俺も相当なドラ息子を自認していたが、上には上がいるもんだなぁ。
それもそうか。俺みたいな奴に、サクッと5億円を払おうとする女だ。金銭感覚がバグっているのだろう。
ハイパーインフレ全盛期の、ジンバブエで生まれ育ったのかもしれない。
王が声を張った。
「もう骨董や美術品には手を出すなと言ったはずだぞ! 今まで、紛い物を何度も掴まされてきただろう!」
「今回は大丈夫よ! 保証書も付いてるから!」
「……どこの誰による保証だ?」
「え? えーっと、読めない文字で書いてあるからわかんないけど、偉い考古学者さんらしいわ!」
「はぁ……」
リズカスの平坦な口調に、項垂れる王様。
ていうか、美術品の値段って、どこの世界でも青天井なんだな。
何がそんなに魅力的なのか、俺にはいまいち分からん。
親の心など知らぬリズが、不満げに言う。
「そんなことより、早くお金わたして、こいつを城から追い出して! 今すぐ! ほらほら!」
「貴様……!」
おい、リズカス。パパン、キレてるぞ。気付け。
無理か。他人の気持ちを
こうなると、もはや爆発は時間の問題。早く立ち去った方が良さそうだな。他所様の家庭問題に、首を突っ込んではいけない。
そう思うのが、一分遅かった。
ファッキングが、大音声を発したのだ。
「もういい! 部外者が去るまでは待ってやろうと思ったが、限界だ! 今この場で申してやる!」
彼はリズカスを指さす。
「カルメラ・リズベッド・ラブラバ・ターナー! 貴様を、城外追放処分に処すっ!」
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