第5話 ナイストゥーミートゥー・ファッキング
それから色々ありまして。
やって来ました。姫のマイホーム。
つまりは王宮。バカでかい城だ。
山上に聳え立っているため、この世界へ来た時から、その存在は知っていた。
が、王族とは縁もゆかりもない上、観光を楽しんでいる余裕など無かったため、近づくのは初めてだ。
まず、基礎となっている石垣に目を奪われた。
これを構成する石の一つ一つがバカでかい。それぞれが、日本人であれば【巌】と表現するレベルの巨岩だ。どうやって運んだんだ?
圧倒されながら、一枚岩の階段を踏みしめ、石垣の上に築かれた城へ。
何ていうか、うん、デケー洋風の城だ。それ以外に、伝えるべき情報は無い。
スロバキアのボイニツェ城みたい、つっても分かんないか。(金持ちマウント)
規模感で言うと、姫路城の倍くらい。
これだったら伝わるだろ。伝われ。もしくは見に行け。
入城し、絨毯が敷かれた、だだっ広い廊下を進む。
「……『城に入れた』ってことは、マジで姫なんだな」
「当たり前でしょ! 私は嘘なんか言わないわ!」
なるほど。だから、不味いパンを食べた時に、作った人の前で【不味い】って言っちゃうんだね。ヤバい奴だね。
ヤベー女は、俺のことなど気にも留めず、どんどん先へ進む。
大きな窓ガラスから外を見やる。敷地内の濠が意外に汚ない。
汚ねー濠を眺めつつ、ジャージのポケットから店長に貰ったパンを取り出し、口へ放り込む。
……やっぱ、あんま美味しくねーな。
あの店長は、今後もパン屋を続けていくつもりだろうか。大丈夫か?
勿論、可能性はゼロではない。
必ずしも、美味いパン屋が繁盛するとは限らないからな。
例を交えて話そう。
日本国内のある観光地では、美味くて安い寿司屋よりも、高くて不味い寿司屋の方が、何倍も繁盛しているそうだ。
理由は一つ。高くて不味い寿司屋は、英語や中国語にも対応しているのだ。
店員も、接客に必要な最低限の英語や中国語は話せるらしい。
あのパン屋が生き残る術は、そういう方向一択だろうな。
今回の件で、また客は減るだろうし。
元凶へ横目を向けると、彼女もまた、こちらへ半眼を向けていた。
「そんなの、よく食べれるわね。味覚、死んでるの?」
「お前にだけは言われたくねぇよ! 不味い不味いって言いながら、モリモリ食ってたじゃねぇか!」
「出された食べ物は残さず食べる! それが私のポリシーよ!」
意外すぎる。今の所、唯一の長所だ。他の部分はカスだ。
よく食べるカス姫が、不敵に笑って俺を指さした。
「ていうか、あんた、相当な田舎者でしょ?」
は? 何言ってんだこいつ? こちとら根っからのシティーボーイじゃボケぇ。
俺の不満など露知らず、彼女は傲然と言い切った。
「気付いてないの?
……あぁ、なるほど。そういうことか。
この世界は、日本語が自動で翻訳されるタイプの異世界ではない。
俺が独力で、周囲の人間が喋っている様子を懸命に真似して、無理くり言語を頭に叩き込んだのだ。
その弊害で、訛っているように聞こえるのだろう。
だとしても、日本語と遜色ないレベルで異世界語を操ってるの、すごくない?
もっと褒めるべきじゃない?
もし仮に、俺の思考や、見聞きした事象を、覗き見ている人間がいるとしたら。
そいつが、あらゆる情報を日本語で入手出来ているのは、俺の努力の賜物だ。
感謝しろ。いやマジで。一旦、読むのを止めてありがとうございますと言え。
異世界に差し入れしろとまでは言わないから。
閑話休題。
とにかく、努力の結果、俺は三日間で、基本的な日常会話を話せるようになった。
生まれて初めて、死ぬ気で努力した。
そして、努力の素晴らしさに気付く――ことはなかった。
本っっっっ当に嫌だった!
もう二度と、あんな真似はしたくねぇと強く思った!
あの三日間で、一生分の努力をした!
もう十分だ! 二度とやるかボケッ!
憤慨する俺を見て、何故か姫は眉を顰めた。
「うわっ、鼻息荒げてる。キモッ」
「じゃあ、てめぇは死ぬまで鼻息荒げんなよ!? 荒げたら、ぶっ飛ばすからな!」
「私が、そんな下品な真似するわけないでしょ! あんたと一緒にしないで!」
いや、既に危ういぞ。鼻息、荒ぶりかけてるぞ。
このタイミングで、ドでかい両開きの扉前に到着。
キリンも余裕で通れそうな扉だ。この世界にキリンがいるかは分からんが。
眉根を寄せた姫が、それを勢いよく開け放った。
中は、真っ白な壁に四方を囲まれた、広大な部屋だ。
天井が異様に高い。あの巨大なシャンデリアとか、どうやって管理してるんだ?
中央に置かれた、大理石の円形テーブルの周りには、数人の男性が座っている。
身なりからして、高貴な家柄だと推測できる。いずれも五〇歳以上だろう。
察するに、円卓会議の真っ最中だったっぽい。
……ひょっとして、あのジジーども、めっさ偉い人たちなんじゃね?
俺、現在進行形で、死ぬほど無礼なことしてるんじゃね?
譬えるならば、日米首脳会談に突撃してる、テロリスト気取りの愉快犯じゃね?
ドギマギする俺を無視して、姫は平然と突き進む。
彼女を盾に、俺も前進。こいつの背後にいれば、いきなり殺されることは避けられるだろう。背中は任せろ。
(いざという時に守るとは言っていないぞ)
必死で対等な仲間のフリをしていると、姫がいきなり声を発した。
「パパ」
呼びかけに反応したのは、ひげを蓄えた、彫りの深い壮年男性だった。
言われてみれば、王たる風格と気品を兼ね備えた面構えだ。
若い頃は、さぞイケメンだったのだろう。女性にもモテモテだったのだろう。
ゆえにファッキュー。
そんな威厳なるファッキングに、姫は平然と言う。
「こいつにお金あげて。五億ダラズ」
突然の要求に、パパンは目を見開き、微動だにしない。
これこそ、五億という金額を聞いた時の、ごく自然な反応だ。
俺は間違っていなかった!
やはり、このボケナスイカレ姫がおかしかったのだ!
パパンが震え声で返す。
「……冗談、だよな?」
「マジよ」
それだけ言い残し、ボケナスイカレ姫は、部屋の奥にある扉を開け放ち、どこぞへ消えてしまった。
慌てて後を追おうとしたとき、ファッキングが刺すような声音を発した。
「止まれ、侵入者」
「え? お、俺?」
戸惑っている間に、ボケナスの開けた扉を、衛兵らしき連中が閉めてしまった。
……ひょっとして、今度こそ詰んだんじゃね?
日米首脳会談の現場に、いきなりポップニートが現れたみたいな状況じゃね?
殺されても、文句言えなくね?
怯えるニートに、パパンが詰問してきた。
「何があったか、説明せよ」
初対面なのに命令口調?
相手が明らかに若年のガキとはいえ、ちょっと失礼じゃね?
と思ったが、王様なので逆らわない。権力には屈するが吉。
という訳で、俺は、彼の娘がいかにアホで傲慢で恩知らずのクソッタレなのか、懇切丁寧に説明――しなかった。
悪のパン屋【ジョムオジサァン】に襲われていた姫を、俺が救った。
その御礼をすると言われたので、この城まで付いてきた。
みたいな感じの説明をした。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ褒められると思っていた。
そりゃそうだろ? 娘を助けたんだぜ?
しかも姫だ。御礼も相応だと思うのが当然。
だが、現実は違った。
ファッキングは渋面で眉間を揉み、深々と息を吐く。
「余計なことをしてくれたな……」
「え? ど、どういう意味?」
「――あんな奴、殺されてしまえばよかったのだ」
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