第3話 転生しちまつた悲しみに
「……っ! こ、ここは!?」
我に返った俺は、慌てて立ち上がり、周囲を見回した。
いたるところに、レンガ造りの家屋が密集している。
地面は石畳に覆われており、途切れ目は見当たらない。かなり広範囲に敷き詰められているのだろう。
街道を行き交う人々の衣服は、やや古風な洋装。
上下ジャージの俺が、誰よりも浮いている。
要するに、中世ヨーロッパっぽい世界が、眼前に広がっていた。
「……マジで、何の説明もないまま、異世界に放り出された?」
こういうのって、普通はチュートリアルとかあるんじゃないの?
ゲームで言う所のNPCっぽいヤツが説明してくれるんじゃないの?
ゲームっぽいメニューバーが頭上に表示されるんじゃないの?
本当に、情報がゼロなんだけど?
長考の末、俺は悟った。
要するに、俺は今【コンティニュー不可で遊ぶ、しょぼんのアクション】的な状態か。
「クソゲーじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり絶叫した俺に、周囲の人々が、奇異の眼差しを向けてくる。
エルフらしき美男美女。
雄々しさと凛々しさの化身であるリザードマン。
眼光の鋭いドワーフ。
清楚可憐な猫耳少女。
みんな、ドン引きしている。
衆目に耐えかねて、路地裏へ避難。
……誰しもが、一度は憧れたはずのファンタジー世界。
なのに、テンションが上がらない。
精神的に追い詰められて、余裕を失ったとき、人間は最も醜悪な怪物になり果てるのだ。
不幸中の幸いは、モンスターがひしめくダンジョンではなく、人間の居住エリアから、スタートを切れたこと。それのみだ。
とにもかくにも。
「……か、金を稼がないと、マジで死ぬ!」
◇
転生から、一週間が過ぎた。
結論を先に言おう。
俺は、どうにかこうにか日銭を稼ぎ、命を繋ぐことが出来ている。
といっても、ダンジョンに入って、モンスターを狩っている訳じゃない。
生憎、スキルなしだ。そんな真似すれば、途端に殺されてしまうだろう。
じゃあ、何をやっているかというと……。
……まぁ、何ていうか、接客業だな。
エロい仕事じゃないぞ? 念のため。
一方で、このままじゃジリ貧だという自覚もある。五億円なんて、夢のまた夢だ。
いずれはダンジョンに潜り、高報酬クエストもこなさねばならないだろう。
となると、複数人のパーティーを組むことが必須。なのだが。
「冒険者って、パリピ感が強いから苦手なんだよなぁ……」
まず、声を掛けられない。
声を掛けた相手に『お前みたいなヤツと一緒にやる訳ねぇだろバーカ』みたいな事言われたら泣いちゃう。引きこもっちゃう。引きこもる家が無いけど。
ハイパーつよつよパーティーの方から、声を掛けてくれる可能性に賭けて、街道をウロウロしていると、人だかりを見つけた。
「ん?」
群衆の中心には、一人の男性。彼の一挙手一投足に、人々が歓声を上げる。
……あれ、ロボットダンスだよな?
ロボットがいないのに、ロボットダンスは存在する。どういうことだ?
見物人の一人である、エルフっぽい美形の青年に尋ねる。
「あれ、何やってるんだ?」
「見ての通り、ゴーレムダンスだよ」
「ゴーレムダンス……」
ゴーレムって、あんな動きするの? 思ってたの違う……。
困惑しつつも、観察を続けることにした。
しばらくすると、ダンサーの背後に置かれた、蓄音機みたいな機械から流れていたBGMが変わった。
さっきまではクラシックだったのに、今度は異世界らしからぬアップテンポな音楽だ。
……曲調が、サ〇エさんのエンディングに似ている。
EDMバージョンって感じだ。
ふと気づく。曲は変わったが、踊りの中身は、最初の一曲とほぼ同じだ。
おそらく、同じ振り付けを繰り返すつもりだろう。
……これ、チャンスかも。
考えるより先に、観衆の前へ飛び出した。
そして、男性の右隣に立ち、彼と全く同じテンポで、全く同じゴーレムダンスもといロボットダンスを披露する。
これはスキルでも何でもない。モノマネだ。
ダンサーの動きを模倣しているだけ。魔法でも何でもない。
だが、あからさまに、歓声の質が変わった。
結局、ダンスというのは、一定のクオリティを超えた後は、パフォーマーの数が物を言う。
一人より二人。二人より一〇人。一〇人より一〇〇人だ。
踊りを続けながら、男性が横合いから尋ねてくる。
「君、ダンサーか!?」
いいえ、ニートです。
と言った所で、この世界にニートという概念が存在しなければ伝わらない。
という訳で、訂正しないことにした。
突き詰めれば、ニートもダンサーも同じ人間だし。
「まぁ、そんな所だ。パフォーマンスを手助けする代わりに、分け前をいくらか貰えると助かる」
「お、おう! いいぜ!」
以降も、観客は大いに盛り上がり、地面に置かれた帽子に収まりきらないほどの小銭をゲットした。
――おい、女神。見てるか?
【パーフェクトトレース】なんか無くたって、これくらいの真似は造作もねーんだよ! バーカバーカ!
……バーカ。(泣)
◇
「君は天才だよ! 一緒に世界を回ろう!」
パフォーマンスが一段落したタイミングで、男性は俺に言った。
つまりは『このデンジャラスでヒャッハーな異世界を、たった二人でウロウロしようぜ』とほざいているのだ。どうかしてるぜ。
と、面と向かって言う勇気はない。
「お誘いは凄く嬉しいんだけど、俺、やらなきゃいけないことがあるんだ。悪いけど、他を当たってくれ」
丁重に断り、さっさと現場を離れた。
馬鹿を言うな。こんな世界で死ぬまで働くなんて、絶対に御免だ!
俺は元の世界が好きだ!
生きてるだけで、大抵の人間を見下すことが出来るからな!
帰還へのモチベーションを高めつつ、次へ繋がるアクションを起こすぜ。
「……とりあえず、何か食べるか」
幸い、懐は温かい。
何を食べようか、候補を思い浮かべながら散策していると、一軒のパン屋が目に入った。
ふむ、パンか。アリだな。
メロンパンとチョココロネを食べたいという欲求が、俺の中で急速に膨らんでいく。イースト菌も入ってないのに。
こうなれば、もはや迷いはない。
俺は目の前のパン屋を――迷いなくスルーした。
理由は一つ。この店のパンが、総じて美味しくないからだ。
どのパンも、ベチャベチャしている
仮に友人を観光案内するとしても、この店には入らない。
そもそも友人いねぇけど!
という訳で、グッバイ店長。そう思った直後。
「何だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
後方から、聞き覚えのある怒号が聞こえた。パン屋の店長だ。間違いない。
……まさか、俺、テレパシー能力に目覚めたか!?
そのせいで、俺の本心が店長に伝わってしまったのか!?
とうとう、この能力を活かした成り上がり展開突入か!?
となれば、話は変わってくる。
慌てて踵を返し、不味いパン屋へレッツラゴー。
入店と同時、強烈な違和感を覚えた。
肌を灼くような緊張感が、室内を支配している。パン売るってレベルじゃねーぞ。
数人の客が、怯えた表情で壁に張り付いている。
彼らの視線の先、店内中央には、相対する二人の人物。
一人は、ふくよかなパン屋の店長。
もう一人は、年若い少女だった。
怒気を滾らせた緋色の瞳が、これでもかとばかりに見開かれている。
それを縁取る睫毛は長く、赤々とした果実を彩る花弁みたいだ。
薔薇のような深紅の赤髪を、肩の辺りで切り揃えている。
カールした毛先が、蔦を連想させた。
服装は、鮮血のごとし真っ赤なドレス。
装飾はゼロに近いが、それを感じさせない華やかさだ。
スタイルも常人離れしている。
豊満な胸元と、きゅっと締まった腰、形の良い臀部。
男の理想そのものと言っても過言ではない。
自由で、華麗で、凄絶。
同時に、軽く触れるだけで折れてしまいそうな脆さも感じさせる。
実に不思議で魅惑的な存在だ。
……色々と言ったが、要するに、エリスの下位互換だな。
ということは、すぐ近くにルーデウスの下位互換もいるはず…………。
……俺かな?
まぁ、ぶっちゃけ、俺がルーデウスに勝っている部分なんか一つもねぇよ。
けどよ、それを言い出したら、この不親切な異世界転生そのものが、あらゆるファンタジーの下位互換だろ! ファック!
怒りをエンジンに、店長へ突撃。話を聞くことにした。
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