第2話 事実上の死刑執行♡



「貴方の場合、世帯年収が一〇億円を超えているので、さきほど例として挙げたスキルを含む、全ての優遇策が適応されません。よって、異世界転生はお勧めしません」



「……」

 ちょっと何言ってるか分からない。いやマジで。

 混乱する脳味噌を懸命に働かせ、さっき聞き流したペプシの発言を思い出す。


『基本的には、前世で不遇された人間は、来世では優遇されます。逆もまた然りです』


 ……ってことは、俺、めっちゃ不遇されるんじゃね?

 不幸にも、予感は的中した。


「より正確に言うと、貴方にお勧めできる選択肢はありません。どれを選んでも地獄です」

「はぁ!?」

「貴方は、来世では徹底的に不遇な扱いを受けます。転生しようと、生まれ変わろうと、それだけは確定なのです」

「な、何じゃそりゃ!?」


 顔と声音と全身で、不服を申し立てる俺。ペプシは目を細めるだけ。


「これまで、分不相応な幸福を得てきたのです。その対価を支払うべき時がきた。それだけの話です」

「い、嫌だぁ! これからもずっと、身の丈に合わない幸福を享受したいよぉ! 欠片も苦労したくないよぉ!」


 あまりに唐突な既得権益の消失。涙を禁じ得ない。


「つまり俺は、どこで何をしようと、フルオートで不幸になるのか!? 上条さんになっちゃうのか!? 幻想殺しイマジンブレイカーを持ってない上条当麻なんて、エリのないエリマキトカゲみたいなもんじゃないのか!?」


 切実な質問にも、ペプシは真顔で応じる。


「比較的、運命への干渉が少ないのは、転生ルートです。【中卒ニートがスキルなしで異世界に放逐される】というのは、事実上の死刑ですからね。プラスアルファで不遇を課す必要がないのです。カスだけに」

「大して上手くねぇからな! ドヤ顔するな!」


 逆説的に、元の世界で生まれ変わると、じゃんじゃん不遇が押し寄せてくるということか……。


「……転生、するしかないのか……」


 でも、事実上の死刑だぞ? 

 懊悩する俺に、ペプシが尋ねた。


「スキル、どうしても欲しいですか?」

「欲しいよ! 当然だろ!」


 そんなの、言うまでもない。くれ、よこせ、ちょうだい、プリーズ。

 叫び続ける俺を見かねたのか、ペプシは深々と嘆息した。


「では、今から、三国さんでも獲得可能なスキルをご紹介いたします」

「あるのか!?」


 返事の代わりに、指を鳴らすペプシ。

 羊皮紙が俺を目掛けて飛来し、眼前でピタリと停止した。

 記された文面を、ペプシが読み上げる。


「最初にご紹介するのは、異世界における、平均的な騎士の能力を得ることが出来る『ナイト』というスキルです」

「おぉ! くれ! この際、何だって良い! 貰えるものは全部いただくぞ!」



「こちらのスキル、お値段据え置きで、一〇億円です」



 返答まで、数秒を要した。


「……か、金取るのかよ! ていうか、高すぎだろ!」

「高くありません。本来、スキルというのは、これくらい価値のあるものなのです」


 それくらい価値のあるものを、不遇されてきた連中は、タダでゲットできるのか?

 流石に我慢ならなくなった。


「さっきから、お前、金持ちイジメすぎだろ! 誰のお陰で経済が回ってると思ってんだ!」

「経済がどうなろうと、私には関係ありません」

「……」


 その通りだね。君、女神だもんね。

 黙り込む俺。ペプシが畳みかける。


 「別に、有産階級を苦しめたい訳ではありません。ただ、【圧倒的な成功を収めた】という自信や自己肯定感には、先ほど挙げたスキルと同等の価値があるんです」


 あれか? 【一番の魔法は自信だぜ! 自信さえあれば、何だって出来るぜ! だから、君もこの情報商材を買って億万長者になろうぜ!】みたいな話か? 

 しゃらくせぇんだよバァカ! 

 俺、そもそも億万長者だし!

 心中で言い捨てると同時、大事なことを思い出した。


「いや、待て! 俺、何も成功してないぞ! 親の稼ぎがべらぼうに多かっただけで、俺自身は無価値だ!」

 

 ペプシが同情の面持ちを浮かべる。


「……自分で言ってて、悲しくならないんですか?」

「悲しいよ!」

 

 俺の絶叫が、闇の中で虚しく響き渡った。

 ペプシが瞑目し、こめかみに人差し指を当てる。妙に色っぽい所作だった。


「本部に確認しましたが、残念ながら、例外は認められませんでした。諦めるか、金を払うか、二択です」

「くそったれ!」


 ていうか、本部あるんだね。つまり、ここは支部なんだね。どーでもいいね。


「……参考までに聞かせてほしいんだが、どれくらい金を積めば、異世界で無双できるんだ?」

「無双の定義次第ですね。余談ですが、孫正義の総資産を全て、スキルや装備の購入に費やせば、下の上くらいの冒険者にはなれますよ」

「コストとリターンが釣り合ってねぇよ!」


 孫正義で『下の上の冒険者』は、あまりに夢が無い。

 どんな金持ちであろうと、財力だけでハーレム無双は出来ないってことか。

 くそが。

 歯噛みする俺に、ペプシが聞く。


「そういえば、まだ貴方の意思を確認していませんでしたね? 希望はございますか?」

「そんなの、どっちも……」


 そこで思い出した、第三の選択肢。


「……そ、蘇生したい! 三国幸司のまま、元の世界に帰らせてくれ!」

「それでは、お会計、五億円になります」


 もはや、怒る気力もない。


「……た、高すぎだろ」


 結局は金か? 金を持っているヤツが偉いのか? クソが。

 絶望に打ちひしがれる俺を見て、ペプシは首を捻る。


「一度は消えたはずの命を、蘇らせてあげるんですよ? 妥当な金額では?」


 そう言われると、何も言い返せない。


「……元の世界に戻って、親に頼めば」

「駄目です」

「親のカードで」

「駄目です」


 とうとう堪忍袋の緒が切れた。


「ざっけんな! どんだけ融通の利かねぇ異世界だよ! サービス悪すぎだろ! そんな感じだと、この先やっていけないぞ! 令和の異世界転生ラノベ舐めんなよ! もっと消費者に寄り添えよ!」

「何の話ですか?」


 こっちの話だ! 気にすんな!

 今にも発狂しそうな俺に、ペプシは淡々と問う。


「――どうしても、蘇りたいですか?」

「当たり前だぁぁぁぁ!」


 今なら、ナミをアーロンの呪縛から解放することさえ出来そうだ。

 ……いや、無理だ。言い過ぎた。ごめん。

 ペプシは無表情で続ける。


「一つだけ、一文無しの中卒ニートが、現代日本に蘇る方法があります」


 その方法を聞く前に、ペプシに言っておかねばならないことがある。


「……俺は割と耐性ある方だけど、大多数の中卒ニートは『中卒ニート』って呼ばれるの、嫌だからね? 配慮してあげろよ?」


 忠告を受けた彼女が、納得顔で顎を撫でた。


「なるほど。だから、私が異世界に送り込んだニートの内、四分の三はギャン泣きしながら旅立っていったんですね」

「やめてあげてぇ! ニートは繊細だからぁ! ガラスハートの小鳥達だからぁ!」


 俺の絶叫など聞こえていないかのように、ペプシが言い切る。


「話を戻します。貴方が、現代日本に蘇る方法とは――」

「方法とは!?」

「――異世界で、お金を稼ぐことです」

「……へ?」


 いまいち理解できなかった俺のため、ペプシは補足した。


「異世界で、五億円分の金銭を稼ぎ、そのお金で蘇ればいいのです」

「そんなこと、出来るのか!?」

「理論上は可能です」

「……現実的に考えると?」

「無理です」

「じゃあ駄目じゃねぇか!」


 机上の空論で、ぬか喜びさせやがって!


「それでも、他に方法はありません。今までみたいに、嫌だ嫌だでは済まないんですよ」


 痛い所を突かれた。


「……仮に上手く蘇生できたとしても、その後に、不遇が襲ってくるんじゃないのか?」


 質問すると、ペプシはやれやれとばかりにため息を吐く。


「先ほども言いましたが、覚えが悪い貴方のために、同じ台詞を繰り返します。耳の穴をかっぽじってよく聞きやがれください」

「もう敬語じゃなくていいよ! 意味ないから!」


 そう言っても、ペプシは慇懃無礼な態度を崩さない。


「【中卒ニートがスキルなしで異世界に放逐される】のは、事実上の死刑です。ゆえに、それ以上、こちら側から不遇を課すことはありません。死体を蹴っても、蹴った側の足が痛くなるだけですからね」


 今、俺のこと、死体にたとえた? 死体並みの労働生産性しかないってか? やかましいわ!

 ツッコミを飲み下し、改めて確認。


「つまり、異世界で5億円を稼いで、現代日本に戻れば、不遇されることなく、元通りの金持ちニート生活をエンジョイできるってことか?」

「はい、その通りです」


 そうと分かれば、答えは一択。


「……分かった! やってやる! 五億円稼いで、現代日本に帰還して、『スキルなしの中卒ニートが異世界で5億円稼いで現実世界に戻ってきた件』みたいなウェブ小説を書いて、売れっ子作家になってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「そうですか。では、適当な異世界に送りますね」

「もうちょっとリアクションしろよ!」


 こちとら、一世一代の大勝負なんだぞ? あっさりしすぎだろ。

 落胆している間に、身体が眩く光り出した。

 異世界に飛ばされる前兆みたいなものだろうか?

 ソワソワしていると、ペプシが言った。


「それでは最後に、我々から、一言だけ」


 彼女は俺の目を真っすぐ見据える。


「成功した1%の転生者の陰には、野垂れ死んだ九九%の転生者たちがいるということを、努々お忘れなく」

「……ど、どういう意味!? 俺、九九%の確率で死ぬってこと!?」

「いいえ。そんなことは申しておりません」


 安堵も束の間、ペプシは平然と言いやがった。


「スキルを持たないニートが、異世界へ転生した場合、一か月以内に死ぬ確率は一〇〇%です」

「最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


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