第3話 8月15日前編

 「花火大会……」


 この日は確か、花火大会の日だ。

(日高くんのこと……誘いたいな)

嬉しそうに笑っていると、ぎゅっと頬をつねられる。横には誰も居ないのになんで!?

驚きで、体を起こすと日高くんが隣で胡坐をかいて座っていた。

(夢か……)


 「おはよう」

 「なんか、新婚さんみたいだね」


 何を言っているんだ自分はと寝起きの自分を一瞬で恨んだ。


 「……ごめん」

 「新婚さんは隣で寝てて起こしてくれるんじゃない?」


 とくすくす日高くんは笑いながら言う。


 「確かに」


 私は日高くんと顔を合わせる。

 なんだか小説で読んだキスする直前みたいだ。


 「……」

 「……」


 


 「渚!」

 「っはい!」

 

 反射でそんな返事をしてしまう。


 「なんだい。起きてたのか」


 お母さんは心臓をバクバクさせる程大きな声を出すので、いつもはこんな風に寝起きが良い。

 

 「花火大会、行くんでしょ?」

 「うん」

 「廊下に置いておいたから、後で着なさい」


 お母さんはそう言って下の階に下りていく。

 


 「……」

 「……」


 「日高くん。花火大会、一緒に行きませんか?」

 「いいよ。行こう」


 午後になると、私は家から持ってきた服から浴衣に着替えた。

 

 「今度は覗かないでね」


 念入りに日高くんに注意しておく。日高くんは「流石に2度目は許してもらえなそうだしね」と言う。

 確かに、私も2度目は許す気はない。

 




 「どう?」


 水色の浴衣に紫色のシオンが綺麗に咲いた浴衣だ。自分でも結構良いセンスをしていると思う。


 「綺麗だね」


 日高くんは遠回しの言葉を知らないのかとたまに思う。確かに、その言葉を求めていたんだけど、いざ聞くと恥ずかしくて口角が上がりっぱなしだ。




私が起きたのは12時を超えたぐらいらしく、よくそこまでお母さんは起こさなかったと思う。ご飯は祭りの会場で済まそうと、日高くんの手を掴んで、会場に走って向かう。

 



 祭りの会場に着くと、いつもは人気のないあの道路に人がこんなにも居たのかと思わす程たくさんの人で賑わっていた。

 東京の夜景よりも綺麗だと思った。


 「綺麗……」

 「だろ!」


 日高くんは自分の地元を綺麗だと言われたことが余程嬉しかったらしく、自慢げにしていた。


 「子供らし」

 「なんだよ!」


 日高くんは顔を真っ赤にする。




 たこ焼き、綿あめ、りんご飴、焼きそば、たくさんの食べ物を食べる。

 その横で嬉しそうに日高くんは私のことを見る。


 「なんだか、私ばっかり食べてて日高くんに申し訳ないな」

 「今更なんだよ。もうお腹いっぱいじゃん」

 

 食べる前に申し訳なさそうにしろと言いたそうだ。

 私達は顔を見合わせて少しの間の後同時に笑った。


 楽しくて仕方が無かった。

 この幸せがずっと続けばいいのにと願った。


 「花火が始まるってさ!」


 近くと通りかかった親子がそんなことを言う。私は親子が指さす場所に向かって歩いて行こうとする。


 「こっち」


 日高くんが私の手を掴んだ。私達は少し顔を赤くして花火が見える方向に向かって歩く人をかき分けながら歩いて行く。

 

 

 「ここ、綺麗に花火が見える穴場なんだ」


 町が綺麗に見渡せる丘。ここなら花火も綺麗に見えそうだ。


 「なんか、私が見ていたのは、本当に一部だったんだなって」

 「なんだかんだ言って、こういう景色もいいだろ?」


 にかっと日高くんは笑う。確かに、田舎に住むのもいいかもしれない。

 だけど……それよりも気になることがあった。


 「昨日よりも透けてない?」


 何かと言えば、肌とか着ているものとか。全部、透けているのだ。透けて、下にある屋台が見える。

 

 「何の話?」

 「とぼけんといて!」

 

 絶対何か知っているはずだ。


 「明日になったら、分かる。だから、今日だけはその話はなしで」

 

 私ははあと溜息をついて仕方ないという視線を日高くんに送る。

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