06. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア
「えっと。街に、戻るのよね? このまま」
「うん。いくら安眠屋で寝たとはいえ、みんな疲れてるだろ? 宿でちゃんと休もう」
「いまなら三日くらいぶっ続けで寝れそうっす!」
「……それは寝すぎでは?」
ゴールドの元に戻ってきたチャセはアオを肩に担いでいた。アオが勝手に乗ったのだろうが、よくあることなのでチャセは文句を言わない。
「今度はダンジョンでもちゃんと眠れるよう鍛えないと!」
「そうっすね!」
「……ああ」
「レベルの低いダンジョンで見張りを立てながら一人ずつ寝る練習するのはどうかな?」
「魔除けの香も高いがあるといいかもしれん」
「あっそれはオレも思った!」
「あれもすっげーイイニオイするって噂っすよね」
三人は今後について話を膨らませる。
痛い目を見たが、冒険者をやめる気はない。この経験を活かして対策を練ろうと前向きだった。
けれど、ルビーだけが暗い顔で立ち止まってる。
「ルビー?」
「どしたっすか?」
「…………」
三人は顔を見合わせた。
彼らは冒険者を続けるつもりだが、ルビーはどうだろうか?
もしや今回の経験は彼女の心を深く傷付けたのかもしれない。
ゴールドはこの時初めて不安を覚えた。魔法職が抜けるのは痛手だ。しかし無理強いはできない。
ルビーは大人にも真っ向から言い返すほど強気で、孤児院にいた時から皆の姉であり母だった。
迷子になった年少者を大人がとめるのも聞かずに探しにいって、一人で見つけ出した時すらあった。
彼女の意志が強いのはいまも変わらず、だから無意識にゴールド達も彼女に頼ってしまっていた。
それでもルビーは女の子だ。
女の子だから弱いと言いたいわけではない。むしろ彼女はこの中の誰よりも強いと三人は思っている。
ダンジョン五階での戦闘で苦戦した際、混乱する面々を怒鳴り付け真っ先に撤退を考えたのは彼女だ。パーティーリーダーはゴールドだが、参謀はルビーと言っても過言ではない。
だからこそ彼女は抱え込むものや考えるものが一番多い。
本来ならば彼女は冒険者ではなくどこかに嫁ぐ道もあったのにとゴールドは奥歯を噛み締める。
誰もなにも彼女に言えなかった。
なんと言えばいいか分からなかった。
「ぅんにゅー」
重苦しい沈黙を裂いたのは奇異な鳴き声。
ルビーの足元に茶シロ猫が座っていた。
「あっ、お前帰ったんじゃないのか?」
てっきりもうネウの元へ帰ったと思っていた猫が再び戻ってきたので、一同は面食らう。
「んにゅにゅー」
茶シロ猫は口になにかを咥えていた。
そのせいで鳴き声がくぐもっている様子。
「……ネウさんから? あたしに?」
念話が通じるルビーには猫の訴えが分かったようで、膝を折る。猫から何かを受け取った。
気になって、男三人もルビーの元に駆け寄った。
「紙……ううん。説明書とガラス瓶?」
渡されたのはルビーの手の平に収まる程度のガラス瓶。
小瓶を包んでいた羊皮紙そのものが説明書らしく、ルビーはそれを開いて読み始めた。
『こちらは先程のブレンドエッセンシャルオイルを使ったヘアオイルにございます。フケの防止、頭皮の保湿、なにより香りがよい。是非お使いください』
小瓶の中身はフリルゼリィを利用して香りを堪能させてもらったアロマをヘアオイルにしたもの。
きっとゴールド達が眠っている間に作ってくれていたのだろう。しかし、ヘアオイルなどもらってもどうすればいいのかゴールドは分からない。
冒険者など汚れて当たり前。風呂にも入っていない自分達がこれをつけても今更だろう。
もしや攻略に失敗した自分達にこれを売って足しにしろと言ってくれているのかと考えた時。
「うっ、ひく……」
ルビーがしゃくり上げ、そして――――
「うわぁあああああん……!」
「ル、ルビー!?」
声を張り上げてルビーが泣いた。
大粒の涙を零し、大口を開けて金切り声にも近い
あまりの号泣に茶シロ猫の尻尾が膨らんだ。
「どうした! 怪我でもしてたか!?」
「へ? えっ大丈夫っすか!」
ゴールドとアオは突然泣きじゃくるルビーに慌てふためくことしかできない。
慰めの声を掛けたくても彼女が涙を零す理由が明らかでない状態では的確な言葉が浮かばず、ゴールドは口籠る。口の代わりに眼球だけがオロオロと忙しなく動いた。
「よかったな」
ルビーを慰めたのはチャセ。
彼は静かな笑みをルビーに向けて「よかったな」ともう一度言った。
それに答えてルビーは何度も何度も頷いた。隈の刻まれた双眸から流れる水が彼女の頬の汚れを洗い流していく。
「ゴールド。まだ時間はあるだろ?」
「え? 時間はある、けど……」
「少し待っていよう」
チャセが踵を返す。
大股に歩き出すチャセにゴールドはルビーを気にしつつ「む、向こうにいるから」と、一声かけてチャセを追う。
「なあ。ルビーの奴、どうしたんだ?」
チャセの隣に並びゴールドは小声で訊ねた。
「冒険者とは言え、ルビーも女の子だ。人目は気になるんだろ」
「人目? ここ、オレらしかいないけど」
「これからだ」
「あー……そういうことっすね」
前を向いたまま答えるチャセ。短いやり取りの中でアオは勘付いたようだ。
ゴールドだけが疑問符を浮かべる。
チャセが足を止めたのを機に、ゴールドはそろりと離れたルビーの様子を覗き見る。
グスグスと鼻を鳴らす彼女は髪を解いていた。小瓶の中身――ヘアオイルを手に取って赤毛に馴染まじている。
ゴールドはより訝しみ、唐突にハッとする。
「まさか……髪を気にして泣いたのか?」
彼女の表情が暗い理由は武器を失ったからでも、冒険者であることに不安を抱いたからでもなく、自慢の髪が酷い状態で街に出たくなかったから?
いや、まさかのその程度で? とゴールドは困惑するが予想は当たり。チャセとアオが首を縦に振った。
「ハア?」とゴールドから頓狂な声が洩れる。
「オレ達は冒険者だぞ? 髪なんて、汚れて当たりまモゴッ……」
「シッ!」
チャセの大きな手に口を塞がれた。
「だからゴールド兄ちゃんはモテねぇんすよ」
「ムゴゴッ!? ふご、ふがが!」
「関係あるっすよー」
「あるな。お前はもう少し相手の気持ちを考えろゴールド」
白い歯を見せて笑うアオに、チャセが同意する。
二人から釘を刺されれば黙るしかなく、ゴールドがしゅん……と眉を下げるとチャセの手が離れた。
「そっか。ルビーには、大切なことなんだな」
ゴールドは自分の考えを改める。
「ネウはそこまで見越してくれてたのか」
ゴールドが再び視線を向けた時、ルビーは笑顔に戻っていた。
そばにいる茶シロ猫に笑い掛け、上機嫌に髪を結い直す。
「最後まで安眠屋さまさまっすね」
「さすがだ」
「オレ達じゃ、そこまで気が回らないからなあ」
「オレじゃの間違いっすよ」
「一緒にするな」
「な、なんだよ! お前らだってルビーになにも渡せないだろ!」
「渡せないけど女心には気付いたっす!」
「気付いたのはチャセだろ! アオは便乗しただけじゃないか!」
「全部言われねーと気付かない兄ちゃんには言われたくねーっす!」
ギャアギャアと騒ぐゴールドとアオ。
チャセが溜息を吐く。
「お待たせ! って、どうしたのよ?」
あの心地良い香りが鼻腔を撫でる。
戻ってきたルビーの結い直された赤髪から漂う香りは自然と言い合う二人の気持ちを鎮静化させた。
すると一気に気恥ずかしさのほうが迫り上がってきて、二人は「べ、別に」「なんでもねーっす」と顔を逸らした。
「本当に兄弟みたいに仲が良いわねえ」
ルビーが笑う。
その笑顔はすっかり元通りで、彼女に釣られて全員の表情も緩んだ。
風が吹く。太陽はすっかり昇っていて、青空が眩しい。
「じゃあ今度こそ――――帰るか」
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