05. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア
「もう少し安い……あっ! さっきの頭のやつをまた」
「フルコースに含まれておりまぁす。大丈夫ですよぅ。SS級冒険者にでもなれば余裕で払えますからねぃ」
「SSきゅ、っ――!?」
ひっ、とゴールドは息を飲んだ。
そんなのは夢のまた夢だ。憧れはするが、現実的ではない。つまりは無理。
「ご予約よろんでぇい! いやぁ、次に会う時が楽しみですねぇい!」
「詐欺! いや詐欺じゃなかった! なかったけど、それはちょっ……なんでそうなる! 冗談だよな!?」
無茶振りだと狼狽するゴールドだが、意地悪な嬉笑に聞き流される。
「……どうした?」
「んんぅー、っるさいわよぉ……」
ネウに振り回されていると他の面々が起き始めた。
騒がしくしてしまったとゴールドは慌てて口を手で押さえる。振り向けば頭に仔猫を乗せるチャセと目を擦るルビーが身体を起こしていた。アオ一人だけは涎を垂らしてまだ夢の中。
「お気になさらず。次のご予約のお話でぃす」
「んなっ! だ、だからそれは」
「なによゴールド一人でズルわね」
「ずるいな」
「では皆様もゴールド様と一緒にご予約しておきますねぃ。頑張ってください」
「ハア!? 待て! だからもう少し安――」
「ホントに? やったー! すごく眠れたからまたやってほしいわ!」
「これはいい」
「おコースはゴールド様と同じものにしておきますねぃ。詳細は後々ゴールド様からお聞きくださいまし」
最初から話を聞いていなかったルビーとチャセはネウに乗せられる。
絶句するゴールドをよそに話は進み「よろしくお願いいたしまぁす」
双眸に邪悪な弧を描くネウと目が合うと、ゴールドはガクリと肩を落としてすべてを諦めた。
やり方は詐欺師のようだが、安眠屋の技術も品質も本物で。
「だからこそ余計にタチが悪い……!」
ゴールドは誰にも聞こえない声で独りごちる。
悔しげに、しかしその頬は綻んでいた。
「さて、
しばらくして、ネウが煙管をクルリと回して言う。
ええええー! とだらけていた猫達から抗議の声が上がった。どうやらあの煙管は人間用とは異なるらしく、猫にとっての嗜好品らしい。
「コラ! お返事は!?」
ネウは煙をまだ堪能したい様子の猫達を厳しく一蹴。
よろこんでー……と、気のない渋々とした掛け声が返ってきた。
「まったく。マタタビ煙をふかすとすーぐこれなんですから。また欲しかったらキビキビ働くのですねぃ!」
従業員を叱咤し、ネウは煙管を懐にしまってフリルゼリィから飛び降りた。
ネウは丁度身支度を終えたゴールド達の前に着地する。
「そちらの準備も万全ですかねぃ?」
「大丈夫だ。本当に世話になった。ありがとう」
「いえいえ。常連候補のお客様は大歓迎でございまぁす」
「うっ……」
まだその話題を引っ張るのかとゴールドは肩身を狭くする。心と財布が痛い。
「冗談はさておき。この子が皆様をダンジョンの出口までご案内いたします」
そう言ってネウが紹介したのは茶シロ柄の猫。
「あっ、コイツ……オレの膝に乗ってた……」
見覚えがあるその猫はゴールドの膝に乗って踏み踏みをしてきた猫だった。
「その通り。この子について行ってくださいまし」
ゴールドに適度な重さと温もりを与えてくれた茶シロ猫は尻尾をピンと立てて「ニャー」と一鳴き。
よろしくと言われたようで、ゴールドも返事を返したかったがそれより先に別の言葉が口をつく。
「大丈夫なのか? オレ達じゃコイツを守りながら進めないんだが……」
出会ってまだそうも経っていないが、適度な重さと温もりを与えてくれたこの猫にゴールドは心を絆されていた。もしもこの猫になにかあればゴールドは間違いなく咽び泣くと確信している。
「勘違いしないでください」
不安げなゴールドをよそにネウはからっと言い放つ。
「この子が皆様をお守りします。この子、貴方達より三十以上レベルが上ですからねぃ」
「三十!?」
「ここのモンスター程度なら尻尾で十分ですよねぃ?」
「ンニャ!」
とんでもないレベル差。
度肝を抜かれている一同をよそに猫は二股の尻尾を自信満々に揺らしてみせた。
ゴールド達は黙って顔を見合わせる。
一拍の後、「よろしくお願いします!」と声を合わせて猫へと頭を下げた。
「世話になった。本当にありがとう」
「いいえ。下心満載なのでお気にせず」
改めてネウへと礼を述べる。
ゴールドが握手を求めると、ひねくれた物言いとは裏腹にネウは応えてくれた。
「ご利用、誠にありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
茶シロ猫を先導に、ネウと猫達に見送られながらゴールドパーティーはその場を後にした。
■ ■ ■
「うおおおおおっ外っすー!」
光が見えた瞬間、真っ先にアオがダンジョンから飛び出した。
外はちょうど朝日が登ってきているところ。薄雲の浮かぶ青空に陽光が瞬いている。
足を踏み入れた時は日が暮れかけていて、鬱蒼とした森の中に鎮座する遺跡の風貌に息を飲んだが、出てくると気分は真逆。
早朝の森は空気が澄んでいる。
ダンジョンの冷徹な冷たさとはまったく異なる朝露に濡れた草花の香りが肺を満たし、清々しい。
ゴールドは深呼吸を繰り返し、生を実感した。
「はあー……出られた。お前と、ネウのお陰だよ。ありがとう」
「ニャゥ!」
「ネウにも礼を伝えてくれ」
「ンニャ!」
茶シロ猫は元気に答えると、踵を返してゴールドの後ろ――ダンジョンのほうへと戻って行った。
「ゴーレムが出てきた時は死ぬかと思ったけど……すごかったなあ」
手を振って猫を見送りながらゴールドは気の抜けていた自分達のやらかしで放ってしまったゴーレムを、一撃で吹っ飛ばした猫の姿を思い出す。
「本当に、尻尾ビンタ一発でゴーレムを倒すとは思わなかった……」
こればかりは、思い出すと遠い目になる。
あの瞬間ゴールド達は絶対にこの猫を、ネウを、敵に回してはいけないと誓った。
寝たお陰か、魔力が回復し異種族との簡単な念話ならできるようになったルビーが聞くと、茶シロ猫曰く「
「それより強いネウって何者なんだ?」
疑問に答えてくれる者はいない。
聞こえてくるのははしゃぎ過ぎて顔面からすっ転んだアオの悲鳴と、そんな弟分に注意するチャセの呆れ声。
「聖女や森の賢者が知り合いとか、魔王と同格の紅い夜の王に説教したとか、封印から覚めた龍王をまた寝かせとか、一番の常連は創世神とか……。さ、さすがに盛り過ぎだろうけど」
ゴールドは茶シロ猫から聞いた話を思い出し、頬を引き攣らせる。
きっと猫は一同の気持ちが暗くならないよう笑い話をしてくれたのだと思う。
「ネウならあり得そうとか思ってないからな……うん! 思ってないし!」
ゴールドは自分に喝を入れ、思考を切り替えた。
背筋を伸ばし、生きていることだけを実感する。
「さあ、街に戻ろう!」
腹の底からゴールドは言う。
生い茂った草の上で無駄にテンション高く転がり合って遊ぶアオとチャセが一斉にゴールドへ顔をやった。
「……そうだな」「あーい!」と二人分の返事。
足りない返事にゴールドは首を捻った。そして振り返る。
「どうしたルビー?」
「あ、いや……なんでもない」
道中もっとも早く外に出たがっていたのはルビーだ。
しかし彼女はゴールドの後方――地面から生えている巨大な岩に開いた、ダンジョンの入り口のそばで縮こまっていた。
彼女は横髪を指で弄り、俯いている。
「杖が壊れたのを気にしてるのか? 大丈夫。前のやつがあっただろ?」
「あっ、うん」
「もしかして、壊れたとはいえダンジョンに置いてきたのが嫌だったのか?」
「え? 違うわよ。壊れた武器なんて持ってても邪魔なだけだし……そうじゃなくて、えっと」
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