04. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア
「安眠屋はそんな不調を安らげることを目的としています。ポーションや回復魔法のような治療ではなく、心身ともに安らいで頂き自己免疫力を高める民間療法です」
親指の腹で頭部のてっぺんに圧を受ける。そこから均等に左右へと広がっていった。親指で、頭全体を順番に圧されていく。
じんわりと圧が掛かり、とまる。
「病は気からという言葉があります。そういう意味での『気持ちの問題』です。むしろ、気持ちが身体に及ぼす不調ってデバフと同じくらい洒落にならないのですよぅ」
圧が心地良く浸透したタイミングで、そっと圧が緩んだ。絶妙な加減が生み出す刺激にゴールドの背筋は粟立つ。
「ふぁー……」
安らぎの痺れに呼吸が深くなった。
ネウもゴールドの呼吸に合わせて指圧のリズムを作ってくれていた。
圧の動きと重なって呼吸が緩やかになった時「はい。息を吸ってぇ」
ネウの声が微睡むゴールドの耳朶に染み込み、従う。意識をして肺を動かした。
「吐いてぇ」
「ふー」
「吸ってぇ」
「すぅー」
「吐いてぇ」
「ふー」
「最後に大きく吸ってぇー」
「すうぅー……」
「三秒。とめる」
「…………」
「サーン、ニー、イチ。大きく吐いてぇー」
「ふはぁー……」
「ハイ。脱力ゥー」
ゴールドの頭全体を手の平で満遍なく撫でてから、ネウは手を離した。
その時にはゴールドはうっすらとしか目を開けていられなくなってた。
「実は無意識に身体が力んでいて呼吸が浅くなっていることによる酸欠で頭痛が起こる場合もあるのですよ。ポーションを飲んでも頭痛が治らない、ズーンとした重く鈍いだけの動けてしまう頭痛が続く……そういう時はコリやストレス、寝不足による頭痛であることも多いので、深呼吸をして血液内に酸素を取り込んであげて力を抜いてみてください」
「ふぁい……」
「これもサービスでぃす」
生返事しかできなくなっているゴールド。かろうじて開いている視界の中でネウが仔猫を摘み上げたのが見える。
生まれて数ヶ月程度だろう小さな小さなモフモフがわゴールドの顔面に乗せられた。
「仔猫のホットアイマスクで眼精疲労の緩和をなさってください」
「もふぅぁあー…………」
適度な重みと適度な温もり。コロコロと喉を鳴らす幼い振動。
ダンジョンに潜ってから他者の体温をこんなにも近くで感じたことはなく、目尻が熱くなった。
目を瞑っているお陰で滲んだ涙は眼球を潤すだけでとどまってくれる。
脱力して勝手に開いてしまった手からカップが奪われていくのを感じたが、反応できない。
ゴールドは夢現を行き来していた。
「次! 次あたしにお願いします!」
「ずるいっすよ!」
「二杯も飲んで、それ三杯目でしょ! 飲み終わってもいないんだからまずはあたしよ!」
「なんすかそれ! チャセもなんか言って……寝てる!?」
「順番にヘッドケアに取り掛からせて頂きまぁす。お待ち頂いてる方も先に仔猫アイマスクをご利用ください。ほら、お前達! お行きなさい!」
よろこんでー! とあの返事。
馴染みある、パーティーの元来の明るい空気感に浸りながらゴールドは完全に夢へと落ちた。
■ ■ ■
「ぅあ……?」
目が覚めた時。ゴールドは思考が吹っ飛んでいた。
ぼうっとヴェールに覆われた天井を見上げる。
ややあってから上体を起こそうとして力を入れた手が、もふ……と柔らかな温もりを掴んだ。
「もふ?」
ゴールドの真下には巨大な猫がいた。
四匹の巨猫が一箇所に集まって眠っていて、その上で仲間達も寝息を立てている。「あっ」ゴールドは思い出した。
「ねこ……安眠屋ねこま、だ」
「はぁい。おはようございます」
存外すぐそばから返事はかえってきた。
「うおっ! な、なんでそんなとこに!」
「座り心地良いのですよぅ」
安眠屋ねこまの店主はフリルゼリィの傘に腰掛けていた。
「よく眠れましたかねぃ?」
ネウは髪を団子から解き、長い袖もおろしている。ゆったりと足を組み、これまた極東の嗜好品である
煙管から浮き上がる煙は普通ではない。煙管の
猫達は皆一様に幸せそうで、腹を出しているものや興奮気味に走り回るもの、涎を垂らして平べったくなってるものもいる。その様は酒を飲んで陶酔しているかのよう。
ネウはフーッと吐き出した煙を輪の中心にくぐらせた。
んにゃんゴロゴロ、うにゃん、にゃんにゃん……猫達がより一層だらしなくなる。
不思議な光景だが、モフモフが幸せそうな姿は見ていて心地が良かったのでゴールドはあえてなにも言わなかった。
「久しぶりにこんなにグッスリ眠れたよ。ありがとう」
「帰れそうですかねぃ? まさか、先に進むなんて言いませんよねぃ?」
「さすがに言わないさ。こりごりだよ。ただ……」
ゴールドは視線を落とす。
情けなさから言葉が詰まるも、既に醜態は晒したと覚悟してありのままを伝えた。
「帰り道が分からなくて……。ちゃんと上に戻れるか分からないんだ」
「それなら道案内をつけましょう」
ネウは間髪入れずに平然と言った。
ゴールドのほうが面食らう。
「い、いいのか? その、案内代をぼったくったり」
「散々な目に遭って懐もスッカスカな新人に噛み付くほど飢えておりせぇん」
ゴールドの不安をネウは鼻で嗤って両断。
「我輩は安眠屋であって永眠屋ではありませんからねぃ」
右手の中で悠々と煙管を回し、ネウは不穏なことを呵呵と言う。
「ここで見過ごしたら心地が悪い。それに、今回は安眠屋を知って頂くためのお試しでしたから。新規顧客にはまた来て頂かないと」
ニッ、と口角を持ち上げるとネウは左手の親指と人差し指で縁を描いた。
「今度はきっちり落とすものを落として頂きますよぉう」
その指の動きは商人が金銭を示す時の仕草で、ネウがなにを求めているかゴールドは瞬時に察した。
いくら新人とはいえ帰り道が分からなくなるほどのパニックに陥ったなど冒険者の恥だ。
ネウから馬鹿にされ、客として価値がないと粗末にあしらわれても仕方がないと気落ちていたが杞憂に終わった。
「今回はあくまでもお試しですから、次は正規のメニューにあるリラックスケアを受けてくださいねぃ」
新人冒険者は帰ってこないことが多い。
たった一度限りの客になる場合が殆どで、なんらかの後ろ盾や常連の紹介でもない限り一介の新人冒険者は店側からぞんざいに扱われる。
当たり前だ。継続的に金を落とす保証のないその場限りの客に優しくしてくれる店など珍しい。
後ろ盾も紹介もなかった生粋の新人であるゴールド達が最初は中古品しか集められなかった理由もこれだ。
武器屋も防具屋も、薬草を買いに行った時でさえゴールド達の次の来店を願ってくれる者はいなかった。
「次……そうか、次……」
だから、ネウに次がある客として数えられていることをゴールドは心底嬉しくなった。
冒険者として、次を願われること――――つまり、生きてまた会うことを願ってくれる者がいる状態はなによりも嬉しくて励まされる。
寝不足に腫れぼったかった目が爛々と輝き、心身ともに晴れやかで、俄然生きる気力も湧いてきた。
「次はもっと長いのを頼む!」
湧き上がる歓喜が舌に乗ってしまったのか、ゴールドからは想像以上の大きな声が出た。
ネウが目をまん丸くする。
だがさすがは客商売。ネウはゴールドの生気が戻った訳を読み取ったのか、不敵な笑みを浮かべた。
「そうですねぃ。なら、是非次は120分越えの各コース組み合わせをお受けくださいましぃ」
「えっ!? そ、それは……高いんじゃ?」
「高いですよ。フルコースですからぁ」
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