03. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア
渦巻く鍋へ、ネウは干涸びたなにかを追加した。
ぽちゃん! と飛沫が上がる。
なんだろうとゴールドは軽く前屈みになったが、邪魔をされた。
「うわっビックリした!」猫が膝に飛び乗ってきて、反射的にゴールドは身体を仰け反らせた。
巨猫の尻尾が背中を柔らかく支えてくれたのでバランスは崩さなかったが、それをいいことに猫はゴールドの膝を陣取った。
「な、なんだよ……」
猫にフミフミと毛布を整えるかのように腿を揉まれてゴールドは戸惑うも、嫌な気はしなかった。
数回フミフミを繰り返した後、猫は勝手に膝で丸くなる。
「えええっ……ちょ、コイツどうすれば――――っ!」
ゴールドが顔を上げた瞬間、鍋から透明なそれが浮き上がった。
口を半開きにしたままゴールドは固まる。
「すごくキレイ」
「……ああ」
見惚れるルビーの声を拾い、ゴールドだけでなくアオやチャセも頷いた。
鍋から飛び出したのは瑞々しいモンスター。
半円形の透明な傘は、丸くなった猫より二回り以上も大きい。傘の下部はフリルのようでヒラヒラで、伸びるレース生地を連想させる美しさ。
しかもモンスターは仄かに発光していた。
触手の先は鍋の中に入ったまま、ぷっくらとした傘が虚空で揺れている。ゆらゆらと温和な光が揺らめく様は見ているだけで癒された。
「フリルゼリィ。洞窟の水辺に生息する温厚なモンスターです。フリルゼリィは殆どが水分でできているのです。干からびると小さくなりますが、なかなかに丈夫で水に浸すとすぐに戻るのです!」
説明を聞き、ゴールドはネウが最後に鍋に入れたのが干からびたフリルゼリィだと察する。
しかしなぜこんな状態でモンスターを出現させるのか? 疑問はすぐに解決した。
「フリルゼリィの主食は水辺に咲く草花。この子らは効率良くアロマを吸収してくれます。なにより一番便利なのが……」
一匹の仔猫が勢い良くフリルゼリィへと飛び掛かった。
「衝撃を受けると水蒸気を吹くのでぇいす!」
名前の由来だろうフリルの部位が膨らまみ虹色に輝く。
ブシュウゥ……! と傘から水蒸気が吹き出した。嗅いだことのない香りがテントに充満する。
キラキラと瞬く白い薄煙はすぐに霧散したが、柔らかな香りは消えない。
「……いいニオイだ」
花のような優しいあまい香り。僅かに柑橘系のあまさも混ざっていて、澄んだ森林の中にいるような心地だ。
あまい香りというのは貴族が嗜む甘ったるいだけの強臭だと考えていたゴールドは感動すら覚えた。苦手意識があったが、これは好ましい。
「さて、もうひとつも準備ができましたねぃ。お願いします」
靴下柄の猫がなにかを知らせに来てネウが頷くと、例の掛け声が上がる。
よろこんでー! とトレーを持った猫がくつろぐ一同の元まで登ってきた。
「カモミールミルクティーです。カモミールは癖のない初心者向けのハーブティーですが、癖がなさすぎるためハーブ独特の苦味を感じる方もいらっしゃいます。なので今回はミルクと蜂蜜で味を和らげ、シナモンで整えました。身体が温まりますし、睡眠の質を高めるためにもお飲みください」
知らぬ間に焚き火から少し離れた位置で別の炎が生まれている。そちらには専用道具が一式揃えられていた。これはそこで用意されたのだろう。
他三人にもカップが配られていた。
「聞いたことないポーションだな」
ゴールドはトレーに乗る木製のティーカップを見詰める。既に警戒心は失われていた。
自然と手が伸びて、湯気の立つカップを持ち上げるとまず一口。
「ふあー……っ」
ゴールドは言語を失った。
優しい味、というのはこういうのを指すのだろう。
もう一口飲んで、深い吐息だけが溢れ、さらに三口ほど飲んでから「はー……美味しい」やっと感想を口にする。
少し熱めだが火傷をするほどでもなく、むしろ冷えていた身にはこれくらいのほうが温もりがしっかり染み込んできた。
他の面々も味わっており、それぞれが悦に浸っている。もう飲み終えたのかアオなど「おかわりっす!」と次を強請っている。
「カモミールはリラックス効果が高く、様々な痛みも和らげてくれることから安眠作用を高めると言われております。本来は眠る一、二時間前に一杯を飲むことをオススメしていますが……」
「ええっ一杯だけっすか!?」
おかわりを強請っていたアオが悲鳴を上げた。
悲しげに唇を曲げ、うるうると媚びる眼差しをネウに刺す。彼は最年少なのを利用して、こういう時ばかり捨てられた仔犬の態度を取る。
「…………まあ、飲みたい方は催さない程度にどうぞ」
「やったーっす!」
「ハーブティーは利尿作用を高めてくれる効果もあるので、飲み過ぎには本当に気を付けてくださいねぃ?」
平気っす! とアオは手を振って、猫から二杯目をもらう。
ネウは溜め息を吐くも口角は持ち上がっていた。自分の店の物を喜んでもらって嫌な気持ちになる店主はいないだろう。
ゴールドも飲みやすいカモミールミルクティーをすぐに飲み干してしまった。
「ぷはぁ……。カモミールミルクティー、初めて飲んだポーションだけどいいな」
「ポーションではありませんよ」
独り言のつもりが至近距離から返事がくる。
顔を上げれば、ネウがゴールドの前に立っていた。ネウは足音がないので接近に気が付けない。
驚いたが、ゴールドはここぞとばかりに詳しく訊ねた。
「ポーションじゃないってどういう意味だ? まさか特別な回復アイテムとか?」
「いいえ。これはハーブティーです。お茶ですよ。
「ポーションじゃないのに治って眠れるのか?」
「治りませんよ」
ネウはあっけらかんと言い放つ。
「オ、オレ達を眠らせてくれるんだろ!? それに頭痛や腹痛も……。現にオレは頭痛が和らいでるし、ルビーだって調子が戻ったように見える。本当にこれはポーションじゃないのか?」
「違います」
ネウは真っ向から否定する。
「我輩は回復職ではありません。安眠屋ねこまが行うリラクゼーションとは治療ではないのです。だから治る治らないの判断はできません。リラクゼーションはあくまでも心と身体に安らぎを与えて症状を緩和させるだけ。貴方の頭痛が和らいだのも、冷えていた身体が温まり、精神的にも落ち着いたから。つまりは気持ちの問題です」
「なんだそれ! オレは本当に頭が痛くて……気持ちの問題なんかじゃ――っ」
「分かっておりますよぅ」
仮病と疑われたと勘違いしたゴールドは感情的になるも、ネウに左右から頭を鷲掴まれ言葉が途切れる。
「こんな経験はございませんか?」
ネウの手が動く。
「回復魔法やポーションで治療したはずなのに、身体が辛い」
手の平全体でゆっくりと頭部を圧迫された。
「怪我もなく、
「……あ、ある……」
ゆっくりとゆっくりと面で頭を圧され、そしてまたゆっくりと丁寧に圧を離される。
次いで、円を描くように手の平がやんわり動く。
なにをされているのか分からないのに、力が抜けた。
「ダンジョンに挑戦し始めた、最初の、頃……ポーションを飲んだ後も、身体が重くて、肩が痛くなった。その時も頭痛、あって……ふー……」
親指と軽く曲げた人差し指でこめかみの少し上辺りを摘まれる。
頭部のそんなところを摘まれるなどゴールドは経験したことがなかったが、筋膜が引っ張られ伸ばされる感覚は気持ちが良い。
「あー……」
頭を圧されているだけなのに指先まで痺れてきた。
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