02. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア

 五日目にはいままでの代償として泥のような眠気と疲労感に加え、些細なことでの激しい苛立ちや不快感にも襲われる。それでも過酷な環境下では満足な睡眠など取れません。新人冒険者の過半数がこの五、六日目にサヨナラするのですよねぃ」


 語られる内容にゴールドは血の気を引かせた。いや、ゴールドだけではない。

 皆が生々しい話には顔色を悪くしている。


 実はゴールド達はダンジョン内でこれほど長く過ごすのは今回が初めてだった。いつもは長くても三日でダンジョンから脱出していた。

 ただでさえ苦難によって生気が薄れているのに、こんな不穏な話を聞いては死人と大差ない顔色になってしまう。ゴールドの頭蓋の奥で痛みが悪化した。


「しかし、問題ありません!」


 パン! とネウが豪快に手を叩く。

 盛大な音が冷徹な石の空間に反響した。


「安眠屋ねこまにお任せください! 今回は未来輝く若者の門出を祝って特別お試しサービスといたしましょう!」


 ネウは景気良く言い放った。


「ア、アンタは何を言ってるんだ? そもそも安眠屋ってなんだよ」

「言葉でお伝えするより体験して頂いたほうが早いでしょう。お前達! 準備をなさい!」


 ネウは闇へと目配せをした。

 暗闇が瞬く。

 咄嗟にゴールドは武器を構え直そうとしたが、それよりも早く暗がりから飛び出して来たそれらに圧倒され、硬直する。


「きゃあああああ!」


 ルビーが悲鳴を迸らせた。


「猫ちゃんかわいーい!」

「いやいやいやいや! 多過ぎだろ!」

「なんすか! なんすかーっ!?」

「っ!」


 何十匹もの猫達が暗闇から出現する。


「まずはセーフポイントを作りましょう!」


 ネウが大量の猫達に指示を出した。

 数匹の猫が重力を華麗に無視して支柱や壁を駆け登った。その猫達は薄布の端を口に咥えて疾走し、瞬く間に四人はヴェールのテントに囲まれる。


「これは?」

「セーフポイントでぃす。この中にいる限りは何者にも絶対に襲われません。さて、セーフポイントの次は……ふむ」


 ネウは手早く長い髪を団子に纏めつつ、四人を注視した。


「皆様相当なストレスが掛かっている模様。不安や緊張からくる神経衰弱。そこのお兄さんは頭痛。そちらのお嬢さんは腹痛があるとお見受けします」


 ゴールドとルビーをネウは細めた視線でじっと差す。


「な、なんで頭痛があるって分かったんだ!」

「ホントなんすかリーダー!? じゃあルビーも?」

「う、うん。お腹、少し痛かった」

「すっげー! なんで分かるんすか!?」

「……すごいな」

「簡単ですよ。お兄さんは焚き火を囲んでいる時から始終こめかみを揉んだり、無意識に歯を食いしばっていました。お嬢さんは横になってる時にお腹を抱えて丸まっていましたからねぃ」


 腰に手を当てて得意げに語るネウ。

 しかし、その発言にゴールドは違和感を抱いた。


「焚き火を囲んでいた時からって……。もしかして、ずっとオレ達を見てたのか?」


 ネウの言い方は明らかにゴールド達を長々と観察していたよう。

 指摘するとネウは「あっ!」と、自分の口を塞いだ。けれども誤魔化しきれないと悟ったのか、バレちゃいましたねぃ……とバツが悪そうに舌を出す。


「いやぁ、お客様のところに向かっていましたが時間が余っておりまして。フラフラしていたら良いカモ……いえいえ、寝不足そうな貴方達を見付けてしまい。眺めてたら明らかにレベル違いなのに調子に乗って下層に降りていくので、ついつい後をつけてしまいました! ニャハハハハン!」

「そ、そんなに最初から見てたなら止めてくれればよかっただろ!」

「何事も経験です。けして、寝不足でギスギスしているところに声を掛ければチョロいだなんて考えてませんでしたよぅ」

「なんだそれ!」

「そうっす! うわっ一気に胡散臭!」

「あたし、元から怪しいと思ってたのよね」

「……怪しいな」


 ゴールド達はしたたかなネウへと食って掛かる。

 元々寝不足での不平不満が蓄積されていた面々だ。一度口を荒くするとなかなかに止まらず、ついに「詐欺だ!」とまで口走ってしまった。


「にゃにゃにゃにゃっにゃんですって――――!」


 カッ! とネウの目が強烈に見開かれる。

 その圧に四人は肩を跳ねさせて、ようやく我に返った。


「さっ、ささ、さ、さ、詐欺ィ? この、我輩がぁあ?」


 わなわなと震えるアーモンド型の瞳孔。

 四人は自然と顔を見合わせ、流石に言い過ぎたと謝罪をしようとするも誰よりも先にネウが口を開いた。


「い、いいでしょう……。そこまで言われたら、安眠屋として黙っちゃあいられません!」


 ネウは拳を悔しげに強く握り締める。


「安眠屋の実力見せて差し上げましょう!」


 その拳を天高く掲げた。拳から指が四本だけ立ち上がる。


「お前達ッ! 四名様ゴアンニャーイッ!」


 よろんでー! と、答えたのは猫達。

 猫達は一斉に蠢き出した。


「きゃあ!?」

「け、けけけっ喧嘩なら買うっすよ! チャセが!」

「……なぜそうなる」

「みんな退が、っうわああああ」


 困惑する四人へと猫達が襲い掛かった。

 猫の荒波にもみくちゃにされる。


「ぁああああ――――っあれ?」


 もふん、と。

 気付けばゴールドは尻尾が二股に分かれる巨大な茶トラ猫の背に座らせられていた。

 ルビーは白猫に。アオはミケ猫に。チャセはぶち猫に。それぞれが体長三メートル近い巨体の猫又に腰掛けさせられている。

 抵抗しようとしたが、拘束されてもいないのになぜか身体が動かない。逆にゴールドは猫へとどんもん体重を預けてしまった。


「ふはぁー……」


 連日凸凹の激しい凍える床で寝ていたせいか猫の体温と柔らかさがより際立って感じられる。

 最高以外の感想が見当たらない。


「ハーブティーはカモミールミルクティー! 蜂蜜ひと匙。シナモンステックは二回転!」


 ネウの指示に、よろんでー! と、猫達は走り回る。

 脱力する四人は黙ってその光景を眺めた。


 二足歩行の猫が焚き火へ台を設置。同じように二足歩行の猫が三匹掛かりで運んできた水の入った鍋を焚き火台に置く。

 鍋と言っても料理に使うようなものではなく、七色のガラスでできた美しい丸鍋だった。

 下から炎に照らされて、虹色の光沢が鮮やかに笑う。


「そうですねぃ。アロマは……」


 ネウは一本の紐で垂れる袖を邪魔にならないよう手早くまとめると、鍋の前に仁王立った。


「オレンジスイート、ネロリ、ブラックスプルースにしましょう!」


 巨大な猫がネウに近付いて背中を晒す。背負っていたのは鞄ではなく戸棚そのもの。

 ネウは木製な戸棚から小瓶をみっつ取り出した。


「まずオレンジスイート。緊張をほぐしてくれると同時に適度な高揚感も与えてくれるので楽しい気持ちを思い出させてくれます。空気清浄作用だけでなく乾燥肌の保湿などスキンケアにも効果的で、ここの乾燥した空気でカサついた素肌を優しく包んでくれるでしょう。

 ネロリは天然の精神安定剤とうたわれるほど。

興奮や動悸を落ち着かせ、不安と悲壮感を和らげてくれます。精神的な頭痛や眩暈を緩和し、腸に対しての鎮静作用もあるので腹痛にも有効的なのですよ。ホルモンバランスが乱れやすい女性の味方でもあります。

 そしてブラックスプルース。生きる力を強め、臆してしまった心や塞ぎ込んだ感情を解放してくれる、まさに苦難の多い冒険者の救世主です」


 小瓶の中身を鍋に垂らし終わると、ネウはむふん! と満足げに鼻息を荒くする。


「今回は自律神経の乱れからくる不眠と神経衰弱を和らげる組み合わせでございまぁす!」


 別の猫が鍋のそばに脚立を立て、てっぺんから棒で中身を丁寧に掻き混ぜ始めた。

 それを横目にネウは別の支度に取り掛かる。


「サービスなので、こいつは一匹だけですねぃ」

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