異世界安眠屋ねこま
彁はるこ
01. 全滅寸前新人パーティーへのお試し安眠ケア
冒険者の天敵はなにか?
危険なトラップ。
蔓延るモンスター。
不清潔で過酷な環境。
量が少なく偏った食事。
確かにそれらも大敵だが、それ以上に恐ろしい敵がいる。
それは――――
「………眠れない……」
遺跡ダンジョンに潜って六日目。地下五階。
ゴールドのパーティーは全滅の危機を迎えていた。
「ぐああああっ眠れない! 眠れないー!」
冷たい石畳から飛び起きて、ゴールドは汚れた金髪を掻き毟る。
「リーダーうるせーっすよ」
「そうよゴールド! 余計に眠れないわ!」
「……ああ」
最初に文句を言ってきたのは弟分のアオ。焚き火を挟んだ向かい側で膝を抱えていた褐色肌の小柄な彼は不機嫌に表情を歪めた。幼さを残す顔はストレスからやつれ、目付きが鋭くなっている。
「もう寝る、つったのはリーダーっすよ」
「騒がないで寝なさいよ」
焚き火に一番近いところでゴールドに背を向けて横になっていたルビーもわざわざ寝返りを打ってゴールドを睨み付けてきた。高い位置でふたつに結われた彼女の自慢の赤髪はダンジョンに潜ったあともこまめに手入れをされていたが、いまは左右の高さが異なりフケも浮いてボサついている。
「……二人の言う通りだな」
倒れた支柱に体重を預け、立ったまま休んでいた筋肉質で大柄なチャセも静かに二人に同意した。表情が乏しい寡黙な彼だが、いまは明らかに疲労の色が顔に浮かんでいる。
就寝の声掛けから約三十分。
やはり全員眠っていなかったと判明し、ゴールドはより乱暴に頭を掻いた。
「ごめん」
ゴールドは肩を落とす。
四人の遺跡ダンジョン攻略は最悪な方向へ進んでいた。
四人がパーティーを結成したのは一ヶ月前。
同じ孤児院で育った面々は、最年少であるアオが十四の成人を迎えて孤児院を卒業したのを機に集結し、冒険者として旅立った。
最年長であるチャセと十八歳であるゴールドが貯めた金で武器を揃え、ゴールドと同い年で紅一点のルビーが中古の防具を繕い直しどうにか使えるようにした。
そして初めてのダンジョンに挑んだ時、彼らは予想以上の成果を上げた。それは前線であるチャセの盾と魔法職のルビーの杖を新調できるほど。
興奮冷めやらぬ一行は三日後に新たなダンジョンに挑戦。そこでの成果でも中古品ではあるがゴールドの剣をより良いものに、アオの弓をクロスボウへと買い替えられた。
次のダンジョンでは前回の成果ほどではないが、消費した回復アイテムを補充できる結果は出せた。
だから結成一ヶ月記念には功績を挙げたくなった。
自分達が運が良かっただけとも知らず。
遺跡に入った一行は難なく進めてしまい拍子抜けした。己を過信した面々は戦闘の高揚感にも酔って調子に乗り、目標としていた階より下に進行。
途端に、世界が変貌した。
攻撃がほぼ通らない。防御をしても意味がない。苦戦し撤退を余儀なくされたが五階からは人の手が殆ど加えられておらず、未解除のトラップが多い挙句に買った地図も当てにならない。
逃げ回ったせいで自分達がどこにいて、どこに上層へ戻る階段があるのかも分からなくなってしまった。
「本当に、ごめん」
未来への希望に満ち溢れていた日々が嘘のよう。
パーティーの空気は最悪だった。もはや誰も一言も発しない。
皆が眠れない寝支度に戻り、ゴールドも再び横になる。どこからか冷気が漂って鳥肌が立った。
「さむっ……身体いてぇ」
ダンジョン攻略に必要なものは多い。それらを必要最低限に厳選するため、まともな寝具など当たり前だが持ち込めない。そのまま横になるのが基本なのだが、冷え冷えとした遺跡のヒビ割れ床は手足を震えさせ、腰を痛めさせ、睡眠を阻害した。
それでも寝ないと先に進めない。
ふと、ゴールドは思い出す。
「冒険者にもっとも必要なのは、どこでも眠れること」
ギルドの受付で、新人パーティーのゴールド達に絡んで来た男がいた。
顔面にまで刺青を刻んだ酒臭い中年男は偉そうに聞いてもいない冒険者の心得を語り始め、もっとも大事な心得として『どこでも安眠すること』を念を押して語ってきた。
ダンジョンでは常に気を張り、安眠などしてはいけないと思っていたゴールドは酔っ払いの戯言だと聞き流していたが、いま痛感する。
「冒険者の一番の敵はトラップでもモンスターでも環境でも食事でもなくて……寝不足、か」
不眠は人を狂わせる。
ダンジョンに潜ってからゴールド達はまともな睡眠を取れていない。最初の頃は興奮でどうにか保てていたが、絶望に直面したいまは寝不足による疲労感がどっと襲い掛かり、心身を蝕んだ。
ゴールドは強く強く目を瞑る。
苛立ち。不安。後悔。恐怖。寝なくてはいけないが、寝ようとすればするほど負の感情だけが大きくなる。
「クソ……ッ!」
この遺跡は墓場だ。
安心して眠るためには永眠するしかないのかと不穏な考えさえ浮かんだ。そのほうが楽かもしれない。眠くて、眠くて、苦しくて、目覚めないほどの眠りにつきたいとゴールドは願う。
軋む身体が無意識に力み、眠気の代わりに頭痛を感じ始めた。
苦痛に奥歯を噛み締めた瞬間――――
「寝ない子は育ちませんねぃ」
険悪な空気に第三者が介入する。
「新人冒険者なら尚更。しっかり寝ないと」
「だ、誰だ!」
ゴールドはボロボロの身体に鞭を打ち、そばの武器を掴んで立ち上がった。
「ぐっ……!」突然身体を起こしたせいで頭痛が強まり、眩暈も起きる。それでもゴールドは歯を食いしばって、刃こぼれをしている剣を握った。
仲間達もそれぞれが武器を構えて起き上がるが、どことなく力が入っていない。
「ご安心ください。敵ではございませんよ」
その人物は音もなく、闇からぬっと出てきた。
黄色掛かった若葉色の双眸に、前髪だけが茶色であとは白い長髪。髪は後頭部で大きなリボンによりひとつに束ねられている。服装は上は極東の島国で好まれている袖が無駄に長い和装と呼ばれる代物だが、下はゴールドもよく知る革製の履き物だ。
「自己紹介が必要ですねぃ」
一同を見渡してから、彼だから彼女だか区別のつかない小柄な人物は深々と頭を下げた。
「どんなに危険で劣悪なダンジョンでも極上の眠りをご提供いたします」
ふと、嗅いだことのない柔らかな香りが皆の鼻腔を撫でていく。
「安眠屋ねこま」
一同の張り詰めた緊張にその香りは優しく作用した。意図せず、全員の武器を握る手が緩む。
「我輩は店主のネウと申します」
「安眠屋?」
「はい」
双眸に弧を描き、ネウと名乗った人物は頷いた。
「見たところ、ホヤホヤ新米冒険者。大方、上階で上手くいきすぎて調子に乗って降りてきましたねぃ? 駄目ですよ。この遺跡は地下五階からレベルが段違いなのですから。ギルドの受付で注意されませんでしたか?」
ネウの言葉は四人に深く突き刺さる。
ダンジョンに潜る前。ギルドで手続きを踏んだ際、確かに受付嬢から注意を受けた。受付嬢だけでなく絡んできた酒臭い男からも地下五階には降りるなと念を押された。
それなのに、ゴールド達は降りてしまった。
「好奇心は猫をも殺す。実力を過信した結果、命を落とす新人は多いですからねぃ」
押し黙る姿から察してくれたのかネウは、やれやれ……と首を振り、溜め息を吐く。
「その隈……寝不足六日目というところですか。ダンジョンに潜ると一日二日は興奮して不眠不休で動けちゃうものなのですよねぃ。三日目になると落ち着いてきて眠くなる。しかし緊張からまともに眠れず、四日目には再び目が冴えて気分が上がり、無意識に無茶をしてしまう。
そして……
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