第7話 良質な初期臨床研修を

2017年11月12日


青森県医師会勤務医部会の設立10周年を記念して、シンポジウム「青森県における医療と卒前・卒後教育」が行われた。

シンポジスト依頼書によると、青森県における医師不足対策がテーマとのことであった。

とっさに頭に浮かんだのは、巷で噂の農家の嫁不足対策である。

思いつくままに挙げると、農家へ嫁ぐ動機を強化する心理的対策、車や家などを準備して環境を整備する物質的対策、そしてネルトンパーティや外国人妻などで対象を拡大する人材的対策がある。

もっとも、医師不足に関して、このような嫁不足対策で全て乗り切ろうと言うつもりはない。

しかし、必要なのは具体的な対策を実行することであり、掛け声だけではいくら大きくても効果が現れない。


まず最初に、青森県の医師不足を検証してみよう。

平成8年の厚生省統計によると、青森県における臨床医数は、人口10万人あたり155人で、全国平均の183人を大きく下回り、47都道府県中の41番目である。

全国的な傾向として、西日本では医師数が多く東日本では少ないという、西高東低の現象が認められた。

青森県国民健康保険団体連合会と青森県自治体病院開設者協議会は、平成10年5月1日現在の医師数を次のように集計報告している。

自治体病院30施設における常勤医師数は443名で、施設運営上必要な600名の74%しか充足していない。

なお、入院・外来患者数から割り出す医療法上の必要数は691名となるため、充足率は非常勤医を加えても更に低下すると言われている。


医師不足の最も大きな原因は、地元に医学部があるにもかかわらず、その卒業生が残らないことであろう。青森県に残らない理由として、次の2点が考えられる。

偏差値の関係から弘前大学をたまたま受験したため、最初から青森県で医師として勤務する気はない。

確信犯とも言えるこのグループを排除し、なおかつ青森県出身者を入学させることは、弘前大学が国立である限り不可能である。

もうひとつの理由は、夢を抱いて弘前大学に入ったものの、弘前大学医学部の教育や青森県の医療に失望したためであろう。

この浮動票ともいえるグループこそ、将来の青森県の医療を担う金の卵である。


弘前大学あるいは他大学の卒業生を取り込む具体策として、質の高い初期臨床研修プログラムを提供する必要がある。

その核となるのは「仮称:青森県臨床研修医育成機構」であり、青森県と弘前大学ならびに研修病院などから構成される。

ここでは、カリキュラムの設定・研修施設の評価・研修医の評価・経済的サポートなどを、青森県内統一システムとして行う。

具体的なスケジュールによると、医学部卒業生は青森県臨床研修医として、各研修病院で2年間のプライマリケア研修を受ける。

すなわち、内科・外科・小児科・産科・その他をローティションし、研修修了試験を受けたあとで、弘前大学の各医局で専門医研修を受ける。

その後、専門医として認定された医師は、研修病院での指導医として勤務することもできる。


「仮称:青森県臨床研修医育成機構」が順調に機能するためには、活彩あおもりキャンペーンをしている県主導の事業にすべきである。

本年度から、県外に住む県出身医師のUターン推進事業もスタートしたことでもあり、これを更に拡大した事業として見直す必要がある。

経済的基盤を整えることとともに、青森県が早急に行わなければならない問題は、地域医療計画の抜本的な見直しである。

そのために必要なことは、自治体病院における情報の開示、特に診療実績の公開である。

新地域医療計画を策定する際、単なる統廃合で終わらせることなく、本当に必要な施設をゼロベース思考で決定することが重要である。


青森県主導の事業とは言え、実際の研修に直接タッチするのは弘前大学と研修病院のスタッフである。

質の高い研修を行うためには、適正なカリキュラムを設定するとともに、それに基づいて実際の指導を行える医師が必要である。

そういう医師こそが、文字通りの「臨床教授」と称されるべきなのである。

研修病院は、単に医師数の確保にとどまらず、病院の評価が具体的な形で公開される時代に備えて、その質に関しても関心を払うべきである。

弘前大学に人材がいなければ、これまでの柵にとらわれず、間口を全国に広げることも必要であろう。

一方の弘前大学は、これまでの売り手市場に安住することなく、自信を持って「臨床教授」と呼べる医師を輩出する努力を怠ってはならない。

近い将来の医師過剰時代には、良質な医師しかが生き残るのは無理かもしれない。


青森県の医師不足について、農家の嫁不足対策をもとに述べた。

結局、高いレベルの研修施設や研修指導医のもとで、適正なカリキュラムに沿って、経済的に保証された初期研修を受けられる環境が必要なのである。

その際、カネとモノとヒトが重要なポイントであるが、最も重要なのは総合的に運用する知恵である。


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