3.下積み時代
若いからメイクは必要ないといわれるかもしれないが、保湿と日焼け止めは欠かせない。
「2人とも、日焼け止めクリーム調子いいわよ。試してみて」
「はい」
「ありがとうございます」
化粧水や乳液に対しても有効成分がどうとかとやたらとこだわりを見せる母親に助けられている。ヘアケア商品に対しても情報を拾ってくる母たち。
(自分のことになるとオールインワンでいいとかいうのに)
(自分は年相応でいいとかいうのに、娘に対してこだわりすごくありがたい)
娘たちに情報や商品を投資してくれるのはどこの親にでもできることではない。
アイドルを目指すにあたってはこれ以上ない環境だ。
(だからこそ)
(絶対に成功するんだ)
2人の決意を胸に夜は更けていく。
☆☆
高校になった親の送り迎えは基本的に廃止になった。
自分で稼いでいかないといけないから。
なつと2人で決めた自立の第一歩。
親をいつまでも拘束したくなかったし。
体力が大切なのはわかっているから。
朝、時間がなくってぶつかってしまった。
「すみません。急いでて」
「僕も」
「ごめんなさい」
とだけ言って2人は別々の方向へ向かって走っていった。
それから毎日のように出会っている。
ぶつかることはないが、すれ違ったり道の前を歩いていたり。
(またいる。日常の時、赤系って変じゃないかな?)
次の月入ってまた、ぶつかった。
「またぶつかってしまいましたね」
「ええ。大丈夫ですか?」
「これ。僕のアドレスです。遅刻しないか心配なので」
「えっ」
「じゃまた」
「はい」
おとなっぽいヒトだった。
アイドルの自分と素の自分。表現できるのはどちらかだけだと思っていた。
素の自分をもっと表現したい。
赤やピンクではなく、黒系でいたい。大人っぽくなりたい。
高校2年冬の終わり。
高校3年になろうかというときにデビューが決まった。
「え? 活動は高3の卒業式までお預けだったはずじゃないの?」
「そのつもりだったし、他の子にはこれからもそういう指導方針なんだけども。いいねや閲覧数が上がってきていて、注目度が高まっているからデビュー検討するのよ」
中学の頃はフォロワーさんが1000程度だった。高校に入ってから18000に増えてきている。声を出さないでの数字だ。音声を入れるともっと増えるはずだ。
正直言って、他の研修生はSNS発信がマメではない。レッスンのハイレベルさについてこれない。容姿、歌唱力、ダンスのうまさ、トーク力。これらを順位化したときには事務所でナンバー1と2をあゆなつが占めるのだ。
「ライブできるの?」
「ええ。それなりに興行収入が見込めるということで。まぁ昨今の情勢を鑑みるにウェブ配信でしょう」
「それでもフォロワーがたくさんいるからマネジメントできるとの総合判断に踏み切ったそうよ」
「やったー」
「やったね。これで一応、お客さんの前で歌って踊れるね」
二人とも中学校の後ダンス、歌、ボイストレーニングを何時間も行ってきた。
毎日、筋力トレーニングも欠かさない。
そのおかげでファンからの評判も上々だ。
やっと勢いに乗れるかもしれない時だった。
あゆみの化粧の変化に気づいた。
夏海はマネージャーに相談する。
夏海の化粧は青系。あゆの化粧は赤系でと決めていた。
いつもはイメージもあってピンク系、攻めても赤系にしていたあゆみ。
ここ一週間は黒ベースのアイシャドウが多くなっている。
「イメージを大切にするあゆにはなんだかちぐはぐなセルフプロデュースだなって思って。何かあったんですか?」
「なつも知らないのね。こっちも変だなって思って聞こうかなって思っていたのよ」
こうなったら直接聞くしかない。あゆなつとマネジャーが3人きりでいるときに話してみた。
「ねぇ、様子がおかしいんだよね」
「あなたもそう思う?」
「様子がおかしいって? 誰の事?」
「あなたのことよ。自覚ないのね」
気まずくなったのか、目をそらしながら言う。
「私、好きな人が来たの」
「別れなさい」
「別れなよ」
間髪入れず2人から否定はあるものの、別れたくない。
「あんた、アイドルになるってことは恋愛なんて禁止に決まっているじゃん」
「ほぉ。私との苦労の日々よりもその男のほうが大切なんだ」
中学からずっと練習してきた夏海に言われると決意が揺らぐ。
「ぐっ。えっとそういうわけじゃ」
「なら別れな」
「わたしこのひとがすきなんだもの」
「マネージャー、私に提案があるんですけど」
時折、あゆみをちらちら見みている。
万が一耳打ちしている内容がばれるとまずいからだ。
「ふんふん。マネージャー見習い?――しかし1人の人生を狂わせることになりかねんぞ」
「そうですよね」
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