第8話 逃亡理由

「あなたに店は任せるわ」

 そう言われてウィズが選んだのは、停まっていた場所から近く、ウィズ自身もお気に入りのお店。


 昼時ではあったが、ある程度人はいるものの、何席か空いていた。座ったのはできるだけ他の人に話が聞こえないよう、入り口から遠い店の角、窓に沿うよう向かい合わせに椅子が置かれた二人席。小さめの店であるため、他のお客さん達の話す声が重なって聞こえている。


 ウィズがルーナにこれでいいかと確認を取ったうえで、二人分の注文を済ませたときだった。窓の外、ぽつりぽつりと雨が降り始める。徐々に雨は強くなり、店の窓にも届くようになった。


「あ!雨、降ってきたわね。そういえば、雨降ったとき絨毯タクシーはどうするの?」

「絨毯自体は大丈夫ですよ。夜に運転するときにもするんですけど、絨毯の表面に魔力をまとわせるんです。そうすると絨毯は魔力に守られて濡れないんです」


「ふーん。じゃあ、お客さんはどうするの?」

「……合羽かっぱを着てもらうしかないですね。傘とかは飛ばされると危ないので」

「やっぱりそこは不便なのね。あれ?食べ終わったらどうやって帰るの?」

合羽かっぱが嫌なら、しばらくここで雨宿りするしかないですね。」

「何よそれ。……まあ、今日はそれでもいいかもしれないわね。ちなみに言っておくと、魔法石を動力源にした魔力を使った、傘がなくても雨に濡れなくなる魔道具は売られてるわよ」

「知ってはいるんですが、僕では手が出せなくて」

「ああ、あれかなり高価だものね」


 そんな話をしている間にも、雨はさらに強くなっているように思われた。窓の外に人影は見えない。

 ウィズは頃合いを見て、正面に座るルーナに話を切り出した。


「あの、ルーナさん、逃げた理由についてもう一度聞かせてくれませんか?」


 きっと話したくないのだろうな、と思いながら、もう少しルーナのことをよく聞かせてもらおうと思うウィズなのであった。


「ちっ、覚えていたのね」

「口調どんどん崩れてません? あと多分僕のほうが年上ですよね?」

「ええ。花の女子高生よ」

「花の女子高生が舌打ちなんかするもんじゃないですよ。あと僕は構わないですけど、他の人にはそういうことやらないでくださいね」

「わかってるわよ。はあ、あんまり話したくないのだけど」


 ウィズはそう言った声を聞きつつも、ルーナに質問する。


「それで、何の習い事から逃げてきたんですか?」

「習い事っていうか塾よ、塾」


「塾ですか。何を学んでるんです?」

「いろいろよ。学校でやってることの応用とかが中心になるわ。魔法学から、科学とそれに必要な数学なんかまでを実践を含めて学んでるの。あとは、別の塾だけど、経営とかを学べるスクールとかにも行ってるわね。私、いいとこのお嬢様だから、いろんな習い事させられてるのよ」


「あー」

「あんまり信じてないでしょ! じゃあ、ちょっと見てなさい! コホン、こちらが余所行きよそいきの時の私です」


 咳払いの後、ルーナは姿勢を正し、凛とした表情になった。話し方もカッチリしており、確かにお嬢様だと言われれば、信じられなくもない、が。


「黒服たちから助けてもらってすぐのときはこのような感じだったでしょう? どうです?」


 確かにその時は今ほど砕けた口調ではなかった気がするが、ここまでお嬢様っぽい雰囲気と話し方ではなかったとウィズは思った。もしそうであったとしても、だいぶ早い段階で素が出ていた気がする。ウィズには今のルーナのきっちりとした話し方は違和感しかない。

 ウィズのそんな様子に気づかないルーナは、元の口調に戻して話を続ける。


「まあ、そういうことでお嬢様なのよ。そういう環境もあってか、小さいころからいろんな習い事をさせられてきたの。勉強からスポーツ、魔法までいろいろとね。私、自慢じゃないけど、昔から比較的なんでもできたし、成績も結果も出せた。今も、ありがたいことにの学校にも行かせてもらってるの。その分周りからの期待とかも多くて、頑張らないといけないんだけどね」


 そういうと、ルーナは雨の降りしきる店の外に目を向けた。窓に、椅子にもたれる彼女の姿が反射している。


「だけど、昨日親に言われたの 『高校を卒業するまでもうあと少しだな、進路は決めたのか』ってね。『まあ、お前のことは心配していない。将来のことを考えて、どの大学に行くのかをしっかり選びなさい』とも言われたわ」


 そこから彼女の声は徐々に力のないものへと変わっていった。


「その時思ったの。私の夢って何なんだろうって。確かに私は、頭もいいし、スポーツもできるし、魔法もできるし、ある程度何でもできるんだけど、何が好きで、何を本当にやりたいんだろうって」



「今まであんまり考えてこなかったのよね、そういうこと。毎日が忙しくて。目標を立てることも、その先に何があるか考えることもなく、親から与えられたものを受け身でやってきていたことに気づいたの。自分で考えて、何をしたいか決めるってことをしてこなかったのよ」



「そうしたら何のために大変な思いをして、塾に行っているのだろう、何で勉強しているんだろうって思っちゃったのよ。今までは普通にやってきていたのに、向き合えなくなっちゃった」



 そこまで言ってルーナは窓の外を見たまま黙り込んでしまった。

 先ほどまでとはうって変わって落ち込んでしまった様子のルーナを、ウィズは何とか励まそうとする。


「でも逆に言えば、ルーナさんが今ここにいるのは、今日は塾を『休む』っていう決定をした、つまり自分がやりたくないってことを自覚して動いた結果じゃないですか。やりたくないこと、嫌なことが自分で決められるなら、やりたいこともおのずと見えてきそうじゃないですか?」

「『休む』じゃなくて『逃げる』、ね。決断したんじゃなくて現実逃避をしただけ。何も解決はしてないの。はは、わかってるならちゃんと向き合えって話よね。あー、でも今のままじゃ、進路選択だけじゃなくて、大人になっても夢とか目標とか持たずに生きていくなんてこともあり得るかも。」


 ルーナは長い息をいて目を閉じる。そしてゆっくりと目を開けるとウィズに問いかけたのだった。


「ねえ、あなたは今、何を目標に仕事しているの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウィズの魔法の絨毯タクシー 赤木悠 @yuuuu7aka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ