第7話 銀髪の少女・ルーナ【後編】


【土下座】

 ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をすること。主に最大限の謝罪や感謝を示す際に行う行動である。異世界から持ち込まれた文化であり、当時やってきたばかりの異世界人が、マギ国王の前で行ったことがこの世界での始まりと言われている。真偽しんぎは不明。現在ではこの文化はマギ王国中で根付いている。

(『異世界輸入文化辞典 第4版:マギ王国中央出版社』より引用)


 ~


 ウィズが「変態……」と言われた後に真っ先にした行動が土下座であった。

 倒れた拍子ではあったものの、女性の胸を触ってしまったことに、ウィズは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。こうして謝っている最中でも、倒れた時の右手の感触を思い出してしまっているから、なおさらに。



「わざとではないとはいえ、胸を触ってしまいすみませんでした!」


 大きな声があたりに響く。今絨毯は、建物だとちょうど地上7階ぐらいの位置にいる。そして足元には昼時でにぎわう商店街。もしかしたら街行く人にも聞こえているかもしれない。ルーナは慌てた。


「え、ちょ、あんまり大きな声で言わないでよ。はあ、いいから頭上げて? ちゃんと話し合いましょ?」



 よくよく思い返してみれば、逃げるのに必死で彼女ときちんと向き合って話をしていない。焦っていたとはいえ、ちゃんと相手を見ていなかったなんて自分も未熟だなと一人反省する。


 そうして顔を上げたウィズが目にしたのは、絨毯の上に落ちていた黒くつばの短い丸帽子をかぶり直す彼女の姿があった。



 一言でいうと、彼女は美しかった。

 白いブラウスからもわかる細身の体、淡いブルーのスカートから見えるしなやかな脚、帽子からこぼれ落ちるさらりとした銀髪に、あるいは吸い込まれるような青色の眼をもった、彼女の小さくかわいらしい顔に、ウィズは目を奪われた。

 恋に落ちたとかではない。ただただ美しいとウィズは思った。


「何見てんのよ」


 胸を見られていると勘違いしたのか、ルーナは自分の胸を再び手で隠す。


「え、いやきれいな人だなと思って」

「え?」


 無意識に思っていたことを答えてしまうウィズ。押し倒してしまった後にも彼女の顔を見てはいたが、改めてしっかりと見るとここまできれいな子だったのだなあ、と思うウィズなのであった。

 ルーナは真っ赤になって反論する。


「な、何言ってんのよ。そんなこと言ってもごまかされないわよ」

「いや、本当に今、胸は見てなかったんですけど……」


 そういうと、今度は本当に胸元に目が行ってしまうウィズ。人は隠されたり、指摘されたりすると逆にそこに注目してしまうものである。彼女の大きくはないが形がよい胸には、三日月の形をした銀色のネックレスが光っていた。


「がっつり見てるじゃない!」

「今は見てました。すみません!」


 ハッと気づいて目をそらすウィズであった。


「はぁー。まあ、 運転中に抱き着いた私にも非があるからね。そこは私もごめんなさい。それに助けてくれたことは感謝してる。だけど、」


 ルーナの声が途端に小さくなり、ウィズから視線を逸らす。


「初めて男の人に胸触られた」



「あ、あの?」

「何でもないわよ!」



 ◇◆◇



「それでルーナさん、でしたっけ。あの男の人たちはいったい何なんですか?どうして逃げていたんですか?」

「う、それは、いわなきゃだめ?」

「言ってもらわないと僕もどうすればいいのかわからないので。今のままだとやっぱり警察の方にお世話になることになりますよ」


 ルーナは言いにくそうにしていたが、一つ息をついて話し出した。


「はあ。まずね?あの人たちはね、お父さんの部下の人たちなの」

「ぶ、部下? じゃあ、悪い人とかじゃないんですね?」

「まあ、見た目はちょっと怖いかもしれないけどね。全員私の知り合いだからあんまり悪く言わないで」

「そ、そうなんですね。じゃあ、なんでルーナさんは逃げていたんですか?」



「な……にげ……よ」

「ごめんなさい、もうちょっと大きな声でおねが……」

「習い事から逃げてきたの!」


 王都中に響いたのではなかろうか。ルーナの声に街行く人たちの足が止まる。一部の人はこちらの方を見上げているようだ。


「え。それだけですか?」

「そ、それだけよ」


 ウィズはいぶかしげに彼女を見つめた。無言の圧力がルーナにかかる。


「だ、大丈夫よ。暗くなるまでには帰るつもりだったし。それに『今日の習い事は休みます。探さないでください』って、書き置きもしてきてあるから」

「……それ、家出したと勘違いされてるんじゃないですか?」

「……」


 だからあんなに多くの人で追いかけていたのかと一人納得するウィズであった。


 そんな時、ぐうううう、と大きな音がルーナのお腹から聞こえた。色白の顔が真っ赤に染まったが、ルーナはここぞとばかりに話を変える。


「そ、そういえば朝から何も食べてなかったなー。どこかにお昼食べに行きましょうよ、ね。あなたの分も一緒におごるから、ね」


 とぼけたような彼女の態度にウィズはため息をきつつ、話に乗ってあげることにした。昼食を終えたら家に帰そうと心に決め、出発の体勢を整える。


「そうですね。ちょうど僕もお腹がすいてきたところだし、ご飯屋さんにでも行きますか。ルーナさん、何か食べられないものとか、行きたい店とかあります?」

「このあたりのお店はわからないからあなたにまかせるわ。食べられないものとかもないからそこは安心して。おいしいところでよろしくね」

「そこは任せてください! 、王都のおいしいお店はいろいろと知っていますから」


 ウィズはルーナの方を振り向いて、微笑んだ。そして、二人を乗せた絨毯は、曇天の中を再び飛び始めたのであった。








「それはそうと、お店に行ったらもう一度話し合いをしますからね」

「はぃ」

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