幕間 第4.5話 今日の早朝は二人のもの

 時刻は午前5時30分。日は昇っているはずだが、空は灰色。家と店に挟まれた石畳みの通りは静まりかえり、空気は暗い色に染まっている。


 通りにある一つの店から、音が漏れていた。中は、木製の丸形テーブルと椅子が多く並んでいる。そんな暗い店内で少し大きめの電球が一つついたレトロな照明が、天井からぶら下がっていた。さらに、そのオレンジの光の下には、食器を拭く女性の影が一つあった。


 食器のぶつかる堅い音が店内に響く。


 そして、木の階段がきしむ音とともに店の二階からおりてくる影がもう一つ。



「おはようございます、タタさん」

「おはようウィズ。あたしがこの格好のときはって呼んでって言ってるじゃない」

「はは。おはようございます、女将さん」


 二階の自室から階段を下り、一階の食事処に来たウィズであった。黒のトップスとベージュのズボンを身につけており、仕事の時と比べて大分ラフな格好である。


「昨日はだいぶ遅かったみたいだね」


 ウィズに声をかけたのは、赤い髪を頭の後ろで一つ縛りにした中年の女性・タタだった。身長はウィズの鼻ぐらいの高さだろうか。顔立ちがどことなく誰かに似ている。身に着けている赤いエプロンは、ところどころシミが目立ち、くたびれていた。


「まだ寝てていいんじゃない?」

「大丈夫ですよ。それより食器片付けるの手伝います」


 ウィズは調理場に入り、腕まくりをした。


「毎回悪いねえ」

「毎回はできてないじゃないですか。できるときだけです」

「それでも助かってるよ。ありがとうウィズ」


 ウィズは手を洗い終わると、皿を片付けるタタのもとに向かった。


「助かってるのはこっちのほうですよ。あ、食器しまいますね」

「ふふ、じゃあお願いね。あたしはご飯作り始めるから」

「朝ご飯、楽しみです」


 この店は、一階は昼から夕方までの食堂、二階は宿になっている。ウィズを含めた宿の宿泊客は、朝はタタのつくった料理を無料で食べられるのだ。


 昔ながらの調理場には似つかわしくない食洗機の中は、食堂をやっているからか、多くの食器類が並んでいる。ウィズは大きめの食洗機から皿やコップを取り出し、ふきんで水をふき取ると、慣れた手つきで片付け始めた。タタも大きめの鍋を取り出し、水を入れて朝食の準備をする。



「もう片付ける場所をいちいち指摘しなくて良いから楽だねえ」

「はは、まあ何度もやっていれば覚えられますよ」


 ウィズは食器棚に向き合いながら苦笑いをする。


「何偉そうに言ってんだい。最初はどう手伝うのを諦めてもらうか考えてたもんだよ」

「そうなんですか!?」

「そりゃそうよ!手伝ってくれるって言ってくれた時はありがたかったけどね。こっちとしてもやることは多いし、時間はかけてられないからね」

「すみません」

「まあでも、ここに来た日からよくここまで成長したねえ」


 タタは、調理の手を止めてしみじみと語る。


「回数こなしましたからね。他にも教えてもらったおかげである程度料理ができるようになりましたし」

「それもそうだけど、人間的にも成長したよあんたは」

「タタさん・・・・・・」


「まあ、あたしからしちゃ、ウィズはまだまだ子どもだけどね」

「えー、大人ですよ。もう23ですし」

「いーや、あたしにとっちゃウィズはずっと子どものままだよ」


 タタはウィズを優しい目で見ていたが、ニッと笑う。


「大丈夫です。抱きつこうとしなくていいですから!」

「ふふふ、つれないねえ」


 タタの抱きつきをよけようとしたウィズの頭が電球にかすって影が揺れる。照明をつるしていた鎖が揺れる音は、食堂の壁や床にしみこんでいった。


「昨日はどうだった?」

「二人利用してくれました」

「おお、良かったじゃない」

「ええ、ありがたい限りです」


「今日はどこら辺に行くか決まってるの?」

「まず魔法石を受け取りに行ってからですかね。その後は、ちょっと王都をまわりつつ、お客さんを探そうかなと」

「そうか、今日はその日なんだね。まあなんにせよ、気をつけて行きなさいよ。今日は天気も良くなさそうだから準備もちゃんとしていくんだよ」

「わかってますよ」


 隣に並ぶ大小二つの背中をだいだい色の温かな光が照らす。今、この時間、この場所は二人だけのものであった。



 ◆



 食堂の玄関前、太陽の光はなく、白と黒の絵の具を混ぜている途中のような空の下、ウィズは制服に身を包み、今日も出発する。タタもエプロンをつけたまま、外まで見送りに出てきていた。


「じゃあ、行ってきますね」

「ああ、行ってきな」


 そうしてウィズは石畳の道を歩き出す。


「ウィズ!」


 タタは微笑みながら柔らかい声で思いを届ける。


「愛してるよ、おいよ!」


 声をかけられたウィズがゆっくりと振り向いた。そして、調理場でタタがしたようにニッと笑った。


「僕もですよ、タタさん」

「女将と呼べと言ってるでしょうが!」


 そう言ったタタの眼は、調理場の電球の光よりも温かかった。



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