第4話 「また乗せてもらえるか?」

 男性を豪邸まで運んだ帰り道。絨毯は魔法の淡い光を放ちながら、少し風の出てきた夜の街を飛んでいた。


 街の明かりも落ち、あたりは静寂に包まれている。見えるのは星と街灯の光、そして遠くの酒場の明かりだけ。空は晴れてはいるものの、月の光は雲に遮られていた。


 次のお客を探すべく、酒場の明かりを目指してウィズは飛んでいた。



 ふと、明かりのない建物から出てくる二人の影が絨毯の上から見えた。片方は千鳥足で、もう一人が支えて歩いているようだった。どうやら両方とも男のようである。


 ウィズはゆっくりと降下し、近づいていった。


「大丈夫ですか?」


「んあ?何だ~お前?フォルトの知り合いか~?」

「ん?ああ、絨毯タクシーか」


 急に現れたウィズに驚きつつも、一人が絨毯タクシーだと気づいたようだった。二人ともウィズと同じぐらいの年齢に見える。支えている方の男性は丸眼鏡をかけていた。


「こいつが飲み屋でつぶれちまってな」


 そう言いながら男性は、酔い潰れたもう一人を抱えなおす。


「駅まで連れてくのも大変だと思ってたんだ。もし良かったら乗せていってくれないか」

「もちろんです。どうぞ」

「良かった。風に当たればこいつの酔い覚ましにもなるだろ。ほら、ジル。絨毯乗るぞ。」

「手伝いますよ」


 チラリと二人の出てきた建物を見ると、どうやら飲み屋のようだ。入り口に小さな看板があり、そこから直接地下につながる階段があるようだった。こんなところに店があったのか、と思うウィズなのであった。


「そちらの荷物持ちましょうか?」


 眼鏡の男性の持っていた斜めがけの黒い鞄がウィズの目にとまる。


「いや、これは大丈夫だ」

「わかりました」


 すると、眼鏡をかけた男性が、絨毯の上で今にも寝てしまいそうなもう一人に視線を向ける。


「それよりこいつ落っことしたりしちまわねえか?」

「大丈夫です。・・・・・・もし心配ならロープかなんかでくくりつけていきますが」

「・・・・・・いや、いい。俺が落ちないように支えておく」

「承知しました」


 二人とも絨毯に乗り込み、ウィズも飛ぶ体勢を整える。


「家はどのあたりですか」

「俺らは二人とも〇〇のあたりだ」

「本当ですか?僕が泊まってる宿の近くですね」

「へえ、そうなのか」

「ええ、びっくりです。・・・・・・じゃあそろそろ行きますよ」


 絨毯が空に浮かび上がった。



 ~



「お二人はどういう関係なんですか?」


 完全に寝てしまった一人はさておき、ウィズは眼鏡の男性に話しかける。


「こいつとは学生時代からの友人でな。今日はこいつに俺の愚痴を聞いてもらってたんだよ」

「聞いてもらっていた?あなたの方が愚痴を聞いてもらっていたんですか?」


 愚痴を聞く。確かにこのことだけを聞けば、潰れてしまった側が、酒をしこたま飲んで愚痴を言った側に見えた。しかし、


「ああ、実を言うとこいつのほうから誘ってくれたんだ。『なんか様子がおかしいぞ、お前。ちょっと今から飲みに行こうぜ』ってな」

「良いご友人ですね」

「ああ」


 ウィズには肩越しに、眼鏡の男性が照れくさそうに笑ったのが見えた。


「だけど、こいつが俺より先に酔い潰れちまってな。ろくに相談もできなかった」


 男性が苦笑する。


「もし良ければ、僕がお客さんの愚痴聞きましょうか?」

「いいのか?他人の愚痴なんて面白くもなんともないだろう?」

「まあ、いいじゃないですか。それにろくに知らない相手だからこそ気楽に言えるってもんでしょう?」

「まあ、そうかもしれないが・・・・・・。じゃあ、聞いてもらってもいいか?」

「ええ」


 そう言うと男性は一つ深呼吸をし、ぽつりぽつりと話し始めた。


「俺には女の幼なじみがいてな。2歳年上なんだけど、家が近所で昔から二人で一緒に遊んでたんだ」


 男性はウィズに聞こえるくらいの大きさの声で、だけど寝ている友人を起こさないぐらいの声で続けた。


「自慢じゃないけど、すごい可愛いやつでな。本当に自分の幼なじみかってぐらいに。俺は少し引っ込み思案なところがあったから、彼女にいつもついて回ってた。大きくなってからも関係は変わらなくて、今後も、彼女の隣にいることができると思ってたんだ」


 男性の言葉は風に乗って静かな夜の街に消えていく。


「だけど昨日、彼女が他の男と一緒に腕組んで歩いてるのを見ちまってな。すごいショックを受けちまった。・・・・・・で、そんな俺の様子を見たこいつが今日誘ってくれたんだが・・・・・・、この有様だ」


「お客さんは、その女性のことが好きなんですか?」

「そう、だな。好き、なんだと思う。一緒に過ごすのが当たり前すぎて、今の関係が心地よすぎて、長いこと気づかなかった」


「・・・・・・告白、しないんですか?」

「馬鹿言え。男がいるのに告白できる訳ねえだろ」


「でも、その男性が本当に彼氏かはお客さんも分からないんでしょ?」

「まあな。でももし、そいつが本当に彼氏だったら、告白しても彼女は困るだろ?それに告白に失敗して、今の関係が壊れるのがなにより怖いんだよ」


「・・・・・・」

「はは、悪かったな、運転手さん。こんな話をして」


 ウィズには彼が無理して笑っているように思えた。


「・・・・・・僕は恋愛に関しては疎いので、何が最善かはわかりません。ただ、お客さんのその気持ちを抑え込んだままにしておくのは少しもったいない気がします」

「・・・・・・」

「本当にその女性に彼氏がいたなら、お客さんと過ごす時間は今後さらに短くなっていくと思います。それどころかその方が結婚したり、引っ越したりすることだってある。それこそ気持ちを伝える最後のチャンスかもしれない。今回ぐらいは積極的に気持ちを伝えてみたらどうですか?」


 ウィズは右手で帽子を深くかぶり直す。


「・・・・・・人はいつ急に自分の側からいなくなるかわかりません。だからこそ気持ちは伝えられるときに伝えた方が良いと思います」




 そのとき、少し強めの風が吹き、この夜初めて、雲から月が顔を出した。右手の王城のすぐ側から光を放ち、王城の輪郭を浮かび上がらせる。


「運転手さん! ちょっと止まってくれ。後、こいつのことも見といてくれ」


 そう言われたため、スピードを落とし、空中でとまった。振り返ってみると、男性は肩にかけていた鞄から黒い箱のようなものを取り出していた。寝ている男性を支えつつ、眼鏡の男性の様子を見る。


「それって・・・・・・」


 パシャっと音が鳴る。


 ジーという音とともに、黒いものから1枚の絵が出てきた。今見えている風景の精巧な絵であった。


「カメラ、ですか」

「ああ、一応こんなでもカメラマンとしてやらせてもらってる。あんまり食えてはないけどな」


 男性は写真を月の光に当てて眺めた後、ウィズに差し出してきた。


「これやるよ」

「え、いいんですか、いただいて」


「ああ。このカメラ、撮った写真をその場で現像ができるんだが、データもちゃんとこいつの中に残ってるんだ。心配ない」


 そう言うと男性はもう一度、月と王城に向き直る。


「きれいな景色だな。地上や機関車の中で見るのとはまた違う」


 この景色を、この雰囲気をかみしめているようだった。


「・・・・・・絨毯タクシーでデートってのも、おもしろいかもな。告白が成功したらまた乗せてもらえるか」

「ええ、ぜひ」


 二人はもう一人を起こさぬよう静かに笑い合った。

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