第5話 逃亡少女


 男性二人を家に届けた翌日。

 ウィズはいつもの仕事着で、絨毯の燃料の補給のため午前中からとある店に足を運んでいた。



 そこは、ウィズの泊まっている宿の通りから一つ入った路地にある小さな店。


 店のつくりとしては八百屋と同じで、外から中の様子がよく見える。しかし、乱雑に置かれた箱には野菜は入っておらず、代わりに怪しげに光る紫の石が多く積まれていた。さらには、壁には剣や杖なども置かれている。


 ただでさえ怪しげな店だが、今日は曇天なのも相まって、ことさら怪しい雰囲気を醸し出していた。



 ウィズはそんな店内に入り、奥に向かって声をかけた。


「おはようございます、大将!魔法石受け取りに来ました」

「・・・・・・ウィズか」


 店の奥から出てきたのは、店の大将・ゲンだった。焦げ茶色の髪に白いタオルを巻き、全身灰色の服に茶色のエプロンを着けた男性だった。顔と手には深いしわが刻まれており、眼鏡をタオルの上にかけている。


「今日も用意しといたぞ」

「いつもありがとうございます」

「・・・・・・こっちだ」


 そう言いながら、ゲンはウィズを店の奥の方へと案内する。壁に剣などがあるのは先ほど説明したとおりであるが、店の中の棚には、アクセサリー、雑貨なども置かれていた。


「・・・・・・これが今日の分だ」


 ゲンの視線の先には、店頭にもあった紫の石がいっぱいに詰まった麻袋があった。



 ~


 絨毯の動力源は二つ。


 一つは運転手の魔力。

 運転手が絨毯に直接魔力を送ることで飛ぶことができる。


 そしてもう一つが魔法石である。


 魔法石は、主に魔物から取れる人のこぶしぐらいの大きさの石で、魔力の塊である。魔物にとっては人間の心臓にあたる部分であり、そこからのエネルギーで動いているそうだ。


 魔物の大きさによって取れる魔法石の大きさも変わる。魔物の動力源と言うこともあり、小さなものでもかなりの魔力があるらしい。魔物一体から一個しか出ないため、かつては魔物が多くいるというダンジョンの探索者からの供給しかなかった。


 しかし、30年ほど前にマギ王国のある場所から、鉱石として魔法石が多く取れることが判明。それ以来安定して供給できるようになった。


 絨毯に魔力を補給する場合は、絨毯の表面に魔法石を押し込むようにすると、石が魔力に変換されて吸収されるようになっている。


 ちなみに、現在王国中で利用されている天空機関車の動力源も魔法石であり、天空機関車の開発・普及は、魔法石の安定供給が大きな要因の一つであると言える。



 ~


「ありがとうございます! 助かります」


 そう言いながら、魔法石の入った袋をマジックバッグに入れるウィズ。


「・・・・・・別にいい。自分の分のついでに手配しただけだ」


 ゲンの職業は職人である。職人と言っても色々あるが、なんとゲンは武器やアクセサリーから生活雑貨まで幅広くつくっており、材料も木から金属まで様々なものを使って製作していた。


 武器やアクセサリーなどは魔法石を使うことが多く、ウィズはゲンの仕入れと一緒に魔法石を手配してもらっていたのだった。


「いつもすみません。朝から対応していただいて」

「・・・・・・どうせ誰もこんな路地裏の店にまで来ない。来るのはお前ぐらいだ。ここに店があることを知っているやつもほとんどいない」

「まあ、わかりにくいところにありますもんね」


「・・・・・・それで?今日もまた仕事か?」

「ええ。今日はちょっと王都を全体的に回ってみようかなと」


「・・・・・・前にも言ったが働きすぎじゃないか?朝から夜まで毎日働いてるんだろ?」

「まあ、そう、ですね。昨日も夜遅かったですけど」

「・・・・・・少しぐらい休んでも良いんじゃないか?」


「はは、まあでも収入は多くないので頑張らないと。昨日は二人お客さん来てくれましたが、それでもかなりありがたいぐらいで」

「・・・・・・まあ、そう言うなら何も言わん」


 ゲンは寡黙ではあるが、優しい人間である。


「ありがとうございます、心配していただいて」

「・・・・・・ふん、用が済んだらさっさと行け」


 ゲンは眼鏡をかけ、ウィズからばつが悪いかのように顔を背ける。


「え、かわいい」

「・・・・・・何か言ったか」


 眼鏡越しにギョロっとした目がウィズに向いた。




「いえ、何でもないです」




 ◇◆




「ハア、ハア、ハア」

 と息を切らす声が通り過ぎる。


 まだ朝で人通りの少ない王都のとある区画。


 そこには白のトップス、青色のスカート、月をデザインしたネックレス、黒の帽子から流れる銀髪をはためかせて走る女性の姿があった。


 道がまっすぐと右の二方向に分かれる道まで来ると彼女は、道の左側にあった建物と建物の間の影に身を隠して、息を殺す。

 すると、



「待て―!」


 という声と共に大勢の黒服の男性が走ってきた。女性のいる建物の前あたりで10人ほどの黒服男性が話し合う。


「いたか?」

「いや、いない」

「くそ、また逃げられた」

「まだこの近くにいるはずだ。手分けして探すぞ」

「ああ」


 黒服達は二手に分かれて再び走って行った。




 女性は、はぁー、と息をつくと膝を抱え込んでその場にしゃがみ込む。



「あぁ、お腹空いたぁ」

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