第44話 混浴ハプニング
「おぉー、結構色々見つかったね」
幸が嬉しそうに声を出す。
お前が一番働いてなかったんだけどな……と脳裏をよぎったがあえて何も言わなかった。
倉庫から引っ張り出し、使えそうなものをとりあえず庭に並べていた。
皿や食器、錆びた包丁にキャンプ用具一式、炭までもがちゃんとあった。
スコップやクワ、ノコギリに薪などの農業に使うであろう用具もいっぱいあり、これはちゃんと使えばこれからの生活を整えるに使えそうなものばかりであった。
あとは少しほこりっぽいが寝具類とたくさんのタオルもあったので、こちらも洗うなりすれば使えそうなものばかりだった。
思ったよりも収穫ありで、少しばかりほっとする。
「その大きな桶とかは洗濯とかにも使えそうだな」
「そうだね。洗剤は少しだけ持ってきてるから手洗いくらいなできるかも。ハンガーとか物干し竿はいっぱいあるし」
雪が手を動かして、手洗いのジェスチャーをしてみせる。
「あとは、食器とかコップは汚れ落とせばなんとかなるな」
「今日はもう遅くなっちゃうからだけど、明日から少しずつやろうよ」
雪が張り切った様子でこちらに声をかける。
「幸は、洗い物当番な」
「はやっ!私の当番決めるの!」
「お前、今から割り当てしとかないとサボるから」
「むーー、納得いかないけど仕方ない」
ちぇっと言いながら幸が家に戻り、先ほど見ていた雪の地図を持ってくる。
「雪ちゃん雪ちゃん」
「はい? なんでしょう」
「さっき湯小屋がどうって言ってたよね。ここから行けそう?」
「多分、少し歩くと着く距離にあると思いますけど」
「湯小屋って温泉のことでしょ?ちょっと行ってみない?」
「おぉー」
雪が珍しく少しばかり間抜けな声を出した。
※※※
ビニール袋に着替えとタオルを入れて、三人で湯小屋なるものを目指す。
「雪ちゃん楽しみだねー。久しぶりのお風呂だよ」
「はい! 楽しみです」
そんな浮かれた二人を横目に俺はあまりノリ気になれなかった。
他の人がいそうな導線のところにあまり行きたくなかったからだ。
思えば、ここに来る道の途中ですれ違ったおじさんくらいしかここに来てから見ていないが、いつどこで他のコミュニティが出来ているかは分からなくて心配だった。
人の気配を全く感じることはない山奥生活だったが、そんなネガティブともいえる感情が俺にはずっとうずまいていた。
「なぁ、もし誰かいたり何かあったらすぐ逃げるからな」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私、あんたらが数日寝ている間さ、結構ここらへん散策したんだけどマジで誰一人も見当たらないから。ってかいなさすぎて逆に心配になるくらいだったよ」
「能天気なやつだなぁ」
「お褒めの言葉いただきありがとうございます」
幸がにかっとこちらに笑いかける。
一方,雪は真剣な眼でこちらをまじまじと見つめていた。
※※※
そうこうして歩いていると、その湯小屋とやらに着いてしまった。
今にも崩れ落ちそうなトタン造りの小さな平屋がそこにはあった。
開き戸に手をかけると、特に鍵がしまっているわけでもなくそのままガラガラと扉が開いてしまった。
手入れをされている気配は全くなく、一歩中に入るとホコリで足跡ができるくらい、人が入った形跡はない。
「これ、温泉なんてあるのか?」
「それをこれから確かめにいくんじゃん」
そう言って、狭い室内を散策しているとすぐに下に下がる石畳の階段を見つけた。
トタン屋根の通路はあちこちに隙間ができており、いかにもお手製といった感じだった。
「おっ、こっちっぽくない? 雪ちゃん行ってみようよ」
「はい!」
テンション高めの女性陣はそのままぐいぐいと足を進める。
通路を進むと、脱衣所という文字が見えてきた。
「おービンゴっぽい」
幸がテンション高くこちらに声をかける。
「温泉出てないってオチなような気がする」
俺はそう言って、その脱衣所の奥の錆びたトタンと木製の扉を開けると急にむわっとした湿気がこちらを襲ってきた。
石に囲まれたお風呂はそのまま源泉が垂れ流しになっており、見た目の湯質はそれほど悪くなさそうだった。
よく見ると奥側には外湯に行ける扉があり、一般的な銭湯に比べたらやや狭いが二~三人程度入るなら十分な大きさだった。
「おおおおー! やったよ雪ちゃん当たりだよ!」
「私温泉なんて久しぶりです!」
二人のテンションが天井知らずになる。
「……はぁ、じゃあ俺は外見張ってるからあとはお楽しみくださいね」
そんな二人を見て、とりあえずここから離れようとする。
「えっ、兄さん行っちゃうの?」
「外を見張ってるだけだって、ゆっくり入ってていいからな」
「違くて、ここ混浴っぽいよ?」
「一緒に入るわけにいかないだろ」
「今日は別にいいのに」
「はぁ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと雪ちゃんそれはそれはちょっとだよ!」
うろたえる幸を横目に雪が拗ねた顔を見せた。
※※※
「もうさ、私たちの力関係って決まった気がするよね」
「何を今更」
外湯の温泉につかっていたら、内湯にいる幸から少し大きめの声でこちらに声がかかる。
外湯に出ると岩に囲まれた小さな湯船が現れた。外にあることもあって大分お湯はぬるかったが、眼前に広がる景色がすごく気持ちよかった。
……。
……気持ちよかったのだが内湯にいる二人が気になって仕方ないのも事実だった。
結局、拗ねる雪にはかなわず、幸の妥協案として俺が外湯で、雪と幸が内湯に入るということで話が決まった。
我々のヒエラルキー的には、雪が頂点にいることが決まってしまった瞬間でもあった。
「真ん中は譲らないからね。一番下は歩」
「んなバカな。一番下は幸のほうだろ」
そんなみっともない言い争いをしていると、雪の声が聞こえてきた。
「兄さんシャンプーいる?」
「いるけど、こっちに洗い場ないし。そもそも受け取りにいけないだろ」
「えっ、私そっち行こっか?」
「こらこらこらこら」
本当に行きそうだったのか、幸が本気で止めにはいる。
何だか、雪のテンションもおかしくなっているような気がした。
「はぁ」
風呂に入っているはずなのに何故か疲れるなぁと思わずため息が出た。
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