第40話 道中にて

「兄さんお尻痛い」


 クルマの後部座席で、荷物にもみくちゃにされながら雪の声が聞こえてくる。


 天気は快晴。

 

 三月も下旬に差し掛かろうとしていた。


 今日は、お日様もばっちり出ていて、クルマに乗って窓も閉め切っていると、やや暑いくらいの天候だった。


 あんなことがあった後とは思えないほどの、快晴っぷりに何やら理不尽な憤りを覚える。


 あれから、しばらくクルマを走らせてから時間は三時間ほど立とうとしていた。


 ――クルマで三時間。


 そこそこの距離を走っているはずなのに、目的地には着いていない。


 そう、絶賛迷子中だったのだ。


 三人を乗せて荷物もぎっちりなので、クルマの燃費も良くない。

 満タン近くあったガソリンはそれなりに減ってしまっていた。


「んー、ちょっと休憩するか」


 山道の路肩にクルマを寄せ停車させる。


 助手席に乗っていたさちは、いつの間にか鼻ちょうちんを出しながら寝てしまっていたので、起こさないようになるべく静かに停車をさせる。


 体を伸ばすため、雪と一緒にクルマの外に出た。


「いてて、お尻も背中も痛い」


 そう言いながら、雪が小さい身体を精一杯伸ばす。


「悪いな。近づいてるはずなんだけど、この感じだとどこがどこだか分からないなぁ」


 回りを見渡すと、山、山、山。


 目印になるようなものもなく、ただひたすらに道路とまだ色づく前の森林が見えるのみだった。


 手帳に記載された住所を見ながら来ているのだが、それも電柱等にある地番を見ながらなので非常に効率が悪い。


「兄さん、今ここのあたりだからもう少しだよ」


 雪が、社会科の教科書と一緒に付属していた地図を広げて、ここだよここと指を指す。


「へぇー、近くに川とかあるんだな」


 住所的には、確かにここの近くだったが、地図から察するに近くに目印になりそうものは何もなかった。


「もうちょっと、ここの道を行って曲がるんだな」

「そうみたいだね」

「ってかそこの寝ているやつと場所交換して、雪が地図見て誘導してくれよ」

「えっ、いいの?」

「いいよも何も、俺から頼むわ」


 雪と助手席の場所を交換させるため、幸(さち)の鼻ちょうちんを叩き割ってやった。

  



※※※




「うぅ、ひどいよ。いきなり顔ひっぱたくなんて」


 さちが後部座席で荷物にもまれながら、寝ぼけまなこでこちらに話をかける。


「すいません、星野さん」

「いやいや、雪ちゃんは悪くない」


 後ろから、じとっとした視線を感じた気がしたが気づかないふりをした。


「ほら、雪のほうが地図見れるからさ。隣で案内してもらったほうが、俺も運転しやすいし」

「そうなの? 雪ちゃん地図分かるの?」

「なんとなくですけど……」


 さちが感心したように、雪に声をかける。

 何を隠そう、さちは全然地図が見れないのだ。

 

 元から期待していなかったので、そもそもさちに地図を見るようには声はかけなかった。


「へぇ~、すごいじゃん。私なんてさっぱりだよ」

「そもそもお前、方向音痴だしな」

「そこうるさい」


 女性は地図が見れないとは聞いたときがあった気がしたが、雪が割と地図が見れるの確かに意外だった。


「私、地図みながらここ行けたらなぁとか考えるの好きだったので」


 そう雪は答える。

 根っからの引きこもり体質の俺と違って、雪は休日はお出かけしたい人種なのかもしれない。


「いつか色んなところに行けるといいな」


 いつだったか、そんなドライブの話をしたときもあったなと思い出す。


「うん、そうだね」


 雪は少しだけ寂し気な表情でそう答えた。

  



※※※




 そんな、会話をしながらクルマを走らせてると、道路の路肩に人影が見えた。


 中年の男性が、こちらに親指を立てヒッチハイクをしているようだった。

 路肩の奥には軽トラックも見える。


「兄さん、あれ」

「あぁ、分かってる」


 クルマにすれ違うこともないので、ああいった人影はとりわけ目立つ。


 あいにく、こちらは定員満杯なので、そのまま通り過ぎる。


「……」

「いいの歩?」


 後ろからさちが声かける。


「……いいんだ。雪がいるし、どちらにせよこの車には乗せられないし」

「兄さん」


 雪の小さな手が、横からそっと俺の腕にそえられる。


「私は兄さんと一緒にいれればそれだけでいいから。兄さんは思ったことをしてよ」

「……」


 ふと、熊田さんの優しい顔と大和田さんの鬼のような顔がどちらもちらつく。


 本当ならこんな世の中で、わざわざ他人に関わるべきではないのだ。

 雪を守るためには余計なことはしないほうが一番いいのだ。


「……」


 後ろ髪が引かれる思いだったが、そのまま道を引き返すことはしなかった。


「兄さん……」


 雪が何か言いたそうな顔をしていたのに気づいてはいたが、そのままアクセルを踏み続けた。

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