兄妹
俺には三人の兄妹がいる。
一人目は一番歳の近い妹の、雨宮 葉月 (あまみや はづき)。
歳は二歳ほど離れている。
気が強く、思ったことはすぐ口に出るタイプで俺とはとことん気が合わなかった。
小さい頃は人並みに仲は良かったらしいが、お互い大人になるにつれ、いつの間にか話すこともなくなり、険悪とまではいかないが特に仲がいいわけではなかった。
むしろ、社会人になり何か余計なこと言わないように処世術で口数が減っていった俺に対して、妹の葉月は何事もはっきりと言わないと気がすまない性格だったので、年齢を重ねるごとにとことん話が合わなくなっていった。
二人目は弟の雨宮 翔 (あまみや しょう)。
歳は五歳ほど離れている。
翔は妹の葉月と違って何事もおっとりしているやつだったので、俺とも葉月とも話が合うようだった。
男兄弟だということもあってか、一緒にゲームをやることもあったし、何かあるとき翔(しょう)は俺に色々相談してくることもあった。
ある程度、歳が離れていることもあって、俺は翔(しょう)のことを溺愛に近いくらい可愛がっていたと思う。そのせいもあってか、やや世間とはズレているようなのんびりおっとりした弟であった。
三人目は一番歳の離れている、雨宮 雪 (あまみや ゆき)。
旧姓は、月島 雪 (つきしま ゆき)
俺が成人したあとにできた10歳も離れている妹だ。上の二人とは、正真正銘血が繋がっているが、雪は親父の再婚相手の連れ子で血は繋がっていない。
一番、歳が離れていることもあって、俺は当初、雪にどう接していいのか分からなかったが,それは他の兄妹も同様のようだった。
雪の母親は、雨宮 花 (あまみや はな) さんという。
良く言えばうちの親父とラブラブだったが、その反面、雪のことは放任気味に見えた。
※※※
そんな雪は、うちの親父の母親、俺から見ればおばあちゃんに預けられることが多かった。葉月と俺はそれぞれ独立していたし、弟の翔(しょう)は全寮制の学校にいってたせいもあって、雪のことまで気が回らなかったようだ。
――可哀想だと思った。
知らない家庭にいきない放り出され、知らない人といきなり家族になる。
まだ十歳前半で、とりわけその頃は人の心の機微に敏感な年頃であっただろうに、親の都合でそういった環境になってしまったのだ。
そんな同情にも近い感情が、俺をおばあちゃんちに足を運ばせた。
目的はもちろん雪とコミュニケーションをとるためだ。
この頃の雪は、とりわけ大人しく無表情で本当に人形のようだった。
一回だけ、家族の初顔合わせのときに激昂しているところを見た時があるが、ほんのそれっきりだった。
まぁ、俺も特別話が上手というわけではなかったので、俺が話しかけても何かが盛り上がるというわけではなかった。
ただ毎日、仕事終わりにおばあちゃんのうちに行って、雪の学校の話を聞き、自分の仕事の話をしながら、雪を連れて家に帰るというのが日課になっていた。
「歩さんはなんでいつも来てくれるんですか?」
ある日、そんなことを雪が聞いてきたのを覚えている。
「そりゃまぁ……家族だから」
「そんなもんなんですか」
「家族ってそんなもんじゃない?」
「私ってずっとお母さんと二人きりだったから、一般的な家族っていうのがどういうのだか分からなくて」
「そりゃ、俺もそんな風に言われるとよく分からないけどさ。けど、おばあちゃんは良くしてくれるからもう家族みたいなもんだろ?」
「それは、まぁ」
ほぼ毎日会っているからだろうか、雪はおばあちゃんにはある程度心を開いているようだった。
ある日、同じように一緒に帰っていたときに思わず聞いてしまったことがある。
「雪ちゃんは今寂しくないの?」
「……」
答えはなかった。
その沈黙は肯定を表していたように感じた。
「葉月も仕事してるし、翔も全寮の学校だからなぁ。本当は年が一番近い翔あたりと仲良くなれるといいんだろうけどなぁ。うちの親父が花さんのこと取っちゃってるし、寂しい思いさせてごめんね」
その頃の俺は、大分青臭いことを考えていたと思う。
仕事でもみんなと仲良くやれればいいとか。無償でも、自分が何かすることで誰かが喜んでもらえればそれでいいとか。
そんな思いからか、雪にもできるだけ今の状況を楽しんでほしいという気持ちが強かった。
俺と話すことであのときの公園でほんの少しだけ見せた笑顔をもう一度見せてほしかった。
「……それは別に。いつも歩さん来てくれてますし」
「そうかな?」
「はい」
話が終わってしまった。
だから、話を続けるためこんなこと言ったのだと思う。
「雪ちゃんさ、その敬語やめない?」
「敬語ですか?」
「家族に敬語っておかしいだろ?」
「そうです……か?」
「あぁあとその歩さんってのも距離感じてやだなぁ」
「けど、歩さんは歩さんですし」
「じゃあ、お兄ちゃんって呼んでよ。家族なんだから」
雪が目をまんまるにしてこちらを見る。その顔は少し赤らびているように見えた。
「ほら、お兄ちゃんって呼んでみてよ」
「おに、おに……」
「おに?」
「おに……おに……」
「ほら、もうちょっと」
「っ――兄さん」
「はははっ、何かちょっと違うけどそれでいいや。これからはそれで呼んでよ。それが俺と雪ちゃんのつながりってことで」
「――っ」
何かを雪がいいかけたが、黙りこくってしまった。
ただ、口元は笑っているように見えた。
「じゃあ、に、兄さんも……」
「どうしたの?」
「私のこと、雪“ちゃん”ではなく、雪って呼んでください」
「……分かったよ雪」
そう言って、思わず頭を撫でる。
ようやくひとつだけ、雪と絆ができたみたいで嬉しかった。
「あと雪。敬語直ってないからな」
そう言って笑うと、雪も俺に釣られてクスクスと笑っていた。
※※※
「兄さん、いつまで寝てるの!」
雪がそう言って俺を起こす。
「ダメだ―もう少し寝かせてくれー」
「もー、いつもそれじゃん」
「雪も一緒に二度寝を楽しもう」
「えー、いつもそれに引っかかって半日無駄にする気がする」
「二度寝は気持ちいいんだぞー」
「それは知ってるけどさ」
はぁと大きいため息が聞こえてきたが、なにやらごそごそとこちらの布団に雪が侵入してくる。
「兄さんが、誘ったのが悪いんだからね」
「誰も俺のテリトリーで一緒に寝ようとは言っていない」
「あーあー、聞こえない聞こえない」
雪が俺の背中に手を回して寝る体制に入る。
「はぁ、雪は甘えん坊だなぁ」
「兄さん限定だもん」
にっこりと雪が笑みをうかべて、そのまま幸せそうに眠りについた。
いつぞやの無表情っぷりはどこへ行ったのやらと少し笑みがこぼれてしまった。
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