第34話 今日は何もしない日 part3

【 雨宮 雪 】


 今日の兄さんはいつもにも増して寝坊助だった。

 こういった日は、「今日は何もやらない日だー」と言って多分一日ごろごろしている日だろう。

 兄さんと一日、一緒にごろごろしてる日も好きだったが,今はもう一人お客さんがいるのでそれどころではない。


「にいさーん、星野さーん。そろそろ起きなよー」


 時計は午前十時を回ろうとしていた。

 私の和室で、三人で川の字になって寝ているのだが二人とも起きてくる気配がない。こうなると、先に起きていた私だけ仲間外れにされたみたいでちょっとやだなぁと子供じみたことを思ってしまう。

 ここ数日一緒に暮らしていて分かったのだが、星野さんも大分朝が弱かった。普段の生活も案外ざっくりしていて、細かいことを気にかけないような人だった。


 ……何かちょっと兄さんに似てるところあるなぁと思う。


 ――星野さんがうちに来ることについて、思うことがないわけではなかった。っていうか、正直ちょっと嫌だった。


 兄さんと仲良さそうに話しているだけで、いつもちょっとした嫉妬心が芽生える。


 ……でも、この人も私と同じだと思うとどうしても嫌いになりきれなかった。

 この人もきっと家族と離れ離れになってひとりぼっちで、この人も兄さんのことが好きなのだ。

 そこに親近感を抱いてしまっている自分もいて、星野さんには色々と複雑な感情が入り乱れている。


 そんなことを考えながら、二人の布団を眺めていたら兄さんが目を覚ました。


「ふぁ~、おはよう雪」

「もうおはようの時間じゃないよ」


 ぼさぼさの寝ぐせをかきながら兄さんが目をこする。


「んーーー、今日は何もしない日にしようー」

「だと思ったよ」


 兄さんが身体を伸ばしながらそう言う。

 予想通りの言葉だったので思わず笑ってしまう。


「幸、まだ寝てんのか」

「……星野さんも兄さんにはあまり言われたくないと思うよ」

「なにおう」


 少しだけ気になっていたのだが、兄さんと星野さんの距離感ってただの同級生の距離感なのだろうか。少なくても私にはこんな感じで話せる異性の同級生はいなかった。

 私の知らない兄さんがいるってやだなぁ……。


「なんだよ心配そうな顔して。何かあったのか」


 そんなことを思っていたら、兄さんが私を心配して優しく声をかけてくる。

 思ったよりも顔に出てしまっていたのだろうか。


「べ、別になんでもないよ」


 思ってたことをそのまま言えるはずもないので思わず誤魔化してしまう。


「ならいいけど……俺にできることがあるなら何でも言えよ」


 そう言って、兄さんはあくびをしながら台所に行ってしまった。


 できることかぁ……。

 抱きしめてほしいとかそんなことを脳裏をよぎってしまい思わず顔が赤くなってしまった。

  



※※※




「あははは、さすがに寝すぎちゃった!」


 星野さんが起きた頃には、時計は十一時時を回っていた。

 さすがに寝過ぎだと思う。


「なんだか寝不足でさー」

「なんだ寝れないのか?」


 兄さんが星野さんを心配して声をかける。


「いやー三人で寝るのに慣れてなくてさ。中々寝付けなくて」

「なんだよ、それならそうと早く言えばいいのに」

「えっ、なんで?」

「別に洋室もあるんだからそっちで寝ればいいじゃん。俺と雪は一緒に寝るからさ」


 一緒に寝るっていう言葉に少しドキッとしてしまう。


「えーもう少しで慣れると思うから、このままでいいよ。みんなで寝るの修学旅行みたいで楽しいじゃん」

「……それならいいけど、具合悪くなったりしたら困るから早く慣れろよな」

「はいはーい」


 星野さんがちらっとこっちを見る。


「それに雪ちゃんがあんまりべったりしてると、歩もそのうち間違い起こしそうだし」

「おこさねーよ!!雪の前で何てこと言ってくれてんだ」


 思わず私も顔が真っ赤になってしまう。


「ま、ままま間違いって……」

「ほら見ろ、雪がめっちゃ動揺してるじゃねーか」


 あはははと星野さんが笑う。悪気はないんだろうけど本当に人が悪い。


「どれ、今日の私は趣味にでも没頭しようかな」


 星野さんはそう言って、真っ赤になった私をからかいながら大きなスケッチブックを取り出した。

 使い込んだ形跡のある筆箱を取り出し、勢いよくスケッチブックに絵を描き始めた。


「室内描くんですか?」

「そうそう。とりあえず、身の回りのものから書いてみようかなぁと」


 勢いよく部屋のラフ画ができあがっていく。

 その様子を眺めていたら、


「おっ、雪ちゃんも書いてみる?」


 そう言って星野さんは、私にスケッチブックを破って一枚くれようとした。


「け、けどわたし絵なんて下手っぴですよ」

「全然大丈夫だって、楽しく描ければそれでいいんだよ。絵って案外性格とか出るから面白いぞー」


 星野さんはやや強引に私に鉛筆を持たせる。


「ほら、何でもいいから書いてみたいもの描いてみ」


 絵を描いているときの星野さんは、本当に楽しそうだった。私もそれにつられて思わず書いてみたくなる。


「下手でも笑わないでくださいね……」

「笑わないって!ほら、歩もどう?」

「俺はパス」


 そう言って、兄さんは布団に戻る。


 そんなやり取りをしていたら、描きたいものが一つ思い浮かんだので描いてみることにした。


「雪ちゃんはなに描くことにしたの?」

「んーと、寝ている兄さん描いてみようかと思います」

「あはははは、それは名作になる予感がするね!」


 星野さんは本当にとても楽しそうに笑った。そんな星野さんの顔がすごく可愛らしく見えてしまって、今の顔を兄さんに見られなくて良かったと大分意地の悪いことを考えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る