第31話 シェルターへの切符

ピンポーン


ピンポーン



 俺たちは、熊田さんの自宅に来ていた。

 避難所が実質の解散の状況になってしまい、熊田さんの様子が気になったからだ。

 思えば感染者の行軍が来て以来、ボロボロになっていた熊田さん宅にちゃんとくるのは初めてだった。割れたガラスには板などが張られており、幾分かは補修はしてあるようだった。


「なんか、熊田さんちだけ痛み激しくない?」


 事情を知らない幸が純粋に疑問をぶつけてくる。


「なんだろな、この前の行軍のときに熊田さん宅にだけ感染者が群がっててさ」


 数日が経っていたので、正直にそのとき起きたことを話す。

 雪もその事実を聞くのは初めてだったので大分驚いていた。


「でも、なんでピンポイントに熊田さんち?」

「そんなの俺も分からん、最初は生きてる人間に寄ってくるのかと思ったんだけどそういったわけではなさそうだったし」


「あら? どうしたの?」


 玄関前でそんな話をしていると、後ろから熊田さんがやってきた。


「あっ、今戻りだったんですね」

「そうなのよ、避難所の件聞いた?」

「さっき、溝口さんから聞きました。色々大変だったみたいで」

「そうみたいね、電気くらいであんなに騒いじゃって嫌になっちゃう」


 そう話していると、熊田さんが幸の姿を見つけて声をかける。


「あっ、星野さんは雪ちゃんたちのところにいくの?」

「え、えぇ。私も行くところなくなっちゃったので」

「ふふふ、雪ちゃんたちのことよろしくね」

「了解です!」


 なぜか、幸によろしくされる俺たち。


「熊田さんこれからどうされるんですか?」

「うーん。私はね」


 そう言うと、熊田さんはごそごそと手提げバッグをあさる。


「……シェルターの入場許可証もらっちゃったね。これからどうしようかと悩んでいたの」


 運転免許証ほどのカード見せてそう言うのだった。

  



※※※




 俺たちは熊田さん宅のキッチンで紅茶を飲んでいた。立ち話もなんだからといってお招きされたのだ。


「うちの娘がね。色々やってくれたみたいで」


 シェルターの入場許可証をいじりながら熊田さんがそう言う。


「良かったじゃないですか! これで何も心配しない生活に戻れますよ」


 思えば、熊田さんは色々不在にしていることが多かった。それはシェルターに入るための健康診断であったり手続きだったりをしていたのかもしれない。


「そうですよ、何も悩むことないのに」


 幸がそう続く。幸のような行けたくても行けなかった人間とっては何か思うことがあるのだろう。


「……みんな普通に考えればそう言うわよね」


 熊田さんの口は重かった。


「向こうのシェルターにはね、娘も何不自由もない生活があるんだけどね。やっぱりここが私の家なのよ。ここの家を捨ててそっちに行くっていうのにどうしても踏ん切りがつかなくてね」

「……それでも俺は行くべきだと思います。向こうのほうが安全なのは間違いないですから」


 素直に自分の思ったことを口に出す。


「ふふふっ、お兄さんは優しいのね」


 まるで子供をあやすようにそう俺に声をかける。


「シェルターって入ったら、今度はこっちに出るのが大変みたいなの。色々手続きとかなんだりね。何でも手続きばっかりで嫌になっちゃうわ」


「私も・・・」


 これまで、ずっと黙っていた雪が口を開いた。


「私も熊田さんはシェルターに行かれるべきだと思います。少し寂しくなるけど・・・」


 そう言って雪は、慎重に言葉を続ける。


「私も本当はシェルターに行きたかったんだけど・・・色々あって行けなくなっちゃって。お母さんとは全然仲は良くなかったんですけど、それでもやっぱり家族って大切だなって思うときがあって・・・」


 たどたどしく雪が続ける。


「だから、そういう選択肢が選べるなら絶対そっちを選んだほうがいいなと思います」


 そう雪が言うと、熊田さんが真剣な表情で頷く。


「・・・そうねぇ、やっぱり行くべきなのかしらね」


 熊田さんはそう言うと遠い目をする。


「ふふふ、そんな風に親身に言われると逆に雪ちゃんたちが心配で行きたくなくなっちゃうわ」


 いつもの調子で熊田さんはそう言うのだった。

 



※※※




「熊田さんどうするんだろうね」

 

 すぐそこのアパートに帰っている途中で雪が俺にそう聞いてくる。


「さぁな、あとは熊田さんのご判断だから」


 自分たちの考えは伝えたので、あとは熊田さんの気持ちひとつだった。


「そっか、ちょっと寂しくなるけど行っちゃったら仕方ないよね」

「そうだな」


 雪が寂しそうにそう呟く。


「そう寂しがるなって俺もいるし、今度は幸もいるだろ」


 そう言って、雪の頭を撫でてやる。


「うん……」

「おっ、私も混ぜてくれるの」


 後ろから着いてきていた幸が声を出す。


「当たり前だろ」

「うっ……それはそれで心配」


 何故か雪が幸にそう言う。


「最近、雪ちゃん私に遠慮なくなってきたよね」

「だって星野さんですから」


「お前ら仲良くしろよ……」


 仲がいいのか悪いのかよく分からない二人にそう言う。

 そんな話をしていると、すぐにうちのアパートのドアの前までたどり着いた。雪はただいまーとそのまま室内に入り俺もそれに続こうとしたが、幸が俺を呼び止めた。


「歩、ちょっとだけ話いい?」

「ん? ここじゃダメか?」

「うん、ちょっと雪ちゃんがいないところで」

「……分かった」


 雪に下の車を少し見てくるといい残し、幸と一緒に駐車場に来た。


「なんだよ話って」

「んとね、ホントに私のカンだから何事もなかったら笑って終わらせてほしいんだけど」

「分かったよ、雪に聞かれたくない話なんだろ」

「雪ちゃんは熊田さんのこと慕っているみたいだったから」

「……それで本題は?」


「多分、熊田さん私たちに何か隠しごとしてると思う」

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