第29話 新しい朝

二月中旬



「ふぁあ~、よく寝た」


 朝の早い時間帯,隣からそんな声が聞こえた気がした。


「――ってちょっと!」


 まだまだ寝足りないので布団にくるまろうとしたところ,突然大きな声が聞こえてくるので、やむを得ず反応する。


「ふぁあ~あ。おはよう幸」

「うん、おはよう歩……じゃなくてそれ!」


 俺の横に指をさす。

 そこには、俺の布団に一緒に入っている雪の姿があった。すーすーと気持ちよさそうに寝息を立てている。


「雪ちゃん、ホントにあんたのことが好きなのねぇ」


 幸がやや飽きれてそう答える。雪は俺の腕にしがみついていて起きる気配がない。


「珍しいな、いつもは先に起きてるんだけど」

「そうなの?」

「大体いつも俺より早く起きて仕度してるよ」

「へぇー、じゃあこういう雪ちゃんの寝顔を見るのって珍しいのかな」


 幸が俺越しにかがんでつんつんと雪のほっぺたをつつく。


「ホント、この子って色白でうらやましー。髪の毛もさらさらだし」


 寝ている雪の髪を撫でたり、ほっぺを撫でたりする雪。

 まぁそれはいいのだが、男としてすごく気になってしまうことがあった。


「……幸」

「ん、どしたの?」

「すごい言いづらいんだけど見えそうだぞ」


 雪が抱き着いていないほうの手で自分の襟元をパタパタっとしてやる。幸が今着ている服は、俺のぶかぶかなトレーナーなためかがむとなんというか……胸元が見えてしまうのである。しかも、雪に触るために俺越しでかがんでいるため幸の白い胸元が否応なしに眼前にきてしまっていた。


「ちょ、ちょっと!そういうのって気づいてても言わないのが優しさじゃない!?」

「お、俺だって言うか迷ったんだけど黙ってるのもなんかなぁと……!」


 幸はばっと起き上がって両手で胸元を隠すようにする。


「……もしかして興奮した?」

「……」


 顔が赤くなりながらもニヤニヤしながら聞いてくる。


「ねぇねぇ」

「うるさいなぁー」

「ちゃんと言うまで許さないよー」

「誰が言うかよ」

「それってある意味答え言ってないかな」


 幸の無慈悲な追及が続く。

 正直に言えば間違いなくからかわれるし、ウソをついてもどうせバレてしまう。完全に詰んでいた。

 幸本人は楽しくてしょうがないといった表情だ。

 どうやってこの追及から免れるか頭を悩ませていると、俺の腕にしがみついていた雪がもぞもぞっと動き出した。


「んぅ……どしたの朝から」


 声は出るが起き上がろうとはせず、まだまだ眠そうだった。


「あ、ごめんね雪ちゃん。起こしちゃったね」

「いや、ナイスタイミングだぞ雪。助かった」

「???」


 雪が不思議そうに俺の顔を見るのだった。

  



※※※




「雪ちゃん中々起きてこないね」

「ホント珍しいな、疲れてたのかな」

「最近、慣れない避難所にずっと来てたもんね」


 俺と幸は起きて、洋室のダイニングテーブルのイスに座ってコーヒーを飲んでいた。雪はそのまま、また眠ってしまったのでそのままにしておいてあげた。


「ってかあんた、雪ちゃんに手は出してないでしょうね」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「あんなべったりしてるの見たら誰でもそう思っちゃうよ」

「ただ寝ているだけなのに、幸さんは心が汚れてますなぁ」

「そんな人の胸を見て喜んでた人は誰なんでしょ」

「ぐっ」


 なんか、しばらくこのネタでいじり倒されるような気がしてきた。


「ところでお前、あっちに挨拶とかはしなくてもいいのか?」

「あー、それは私も思ってたんだけど一応溝口さんには言っておこうかなって。色々心配させちゃいそうだし」

「そうだな、そんときは俺も一緒行くよ」

「歩も? なんで?」

「なんでって一応うちのアパート来るわけだから、一緒に行ったほうが話早いかなと」

「あはは、そりゃそうだけど溝口さんにからかわれるぞー」

「別にいいよ、こっちにくるのは事実なんだし」


 あのリーダーなら幸を連れていくと言っても、特に問題なく送り出してくれそうな気がする。


「とりあえず、雪が起きたら一緒に避難所に行ってみよう」

「うん、そうだね」


 そんな話をしていると、和室の襖ががらがらっと開く音が聞こえた。


「おはよう兄さん、星野さん」


 目をごしごしっとこすってまだまだ眠そうだった。


「ごめんなさい、ちょっと寝すぎちゃった」

「おはよう。無理しないでまだ寝てていいんだぞ」

「そうだよ、まだ眠そうだよ」


 幸がそう言うと、雪があくびをしながら返答をする。


「なんだろ、今日はすごく眠くって」

「こっちは気にしないでもうちょっと寝てろって」

「うーん、じゃあお言葉に甘えてもうちょっと寝てようかな」

「おう、そうしろそうしろ」


 そう言って、雪は再び布団に行こうとした・・・がすぐこっちに戻ってきて、おずおずと俺にこう言った。


「……兄さんも一緒に寝よ?」


 やや上目使いの目がやたら可愛らしかった。

  



※※※




 というわけで、結局俺も布団に戻ってきてしまった。


「ってか,自分の布団に戻ったら」

「やだよ、兄さんあったかいんだもん」


 相変わらずこっちの布団に入ってきて出ていこうとしない。


「雪ちゃんって相当なブラコンだよね」


 幸もなぜか布団に戻ってしまっていた。


「ブラコンでも何でもいいんです」

「お前そこは一応否定しておけよ」


 三人で川の字になって寝ていて、俺が真ん中なので雪と幸の会話の中継位置にどうしても俺が入ってしまう。


「星野さんだって……!」


 雪が何か言おうとしたが、「いや……なんでもないです」と言い淀んでしまった。


「雪ちゃん、その先は言っちゃダメだからね」


 笑いながら幸が言う。いや、笑ってるんだけど雰囲気が笑っていなかった。


「分かってますよーだ」


 雪が駄々をこねる子供みたいに言う。あまり俺には見せない姿だったので少し驚く。


「あーあ、私も布団に戻ったら眠くなってきちゃった」


 そう言うと、幸がこっちの布団に入ってきてぴとっと俺の左手に体を寄せてきた。どことなく幸の緊張がこちらにも伝わってきて,こっちもドキドキしてしまう。


「星野さんずるいよ、それ」

「ゆ、雪ちゃんが歩のこと暖かいって言うからどんなものかなと思って」


 右に雪が、左に幸がくっつくような形になり身動きが取れない。

 っていうかここまで来ると暑苦しかった。


「……君たち狭くないの?」


 そう問いかけるが二人とも黙りこくってしまい、そのうち二人の寝息が聞こえてきた。

 

 こうして、星野 幸がうちにきて初めての朝は一日中寝過ごしてしまうという快挙を成し遂げた。

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