幕間 星野幸
私、星野 幸 (ほしの さち)は普通人間だ。
今まで、成績も学年で真ん中くらいだったし、運動神経もよくも悪くもない程度だった。得意だと言えること特になく、絵が描くことが好きなくらいだった。
恋だって他の子の例に漏れず、クラスで足が速い子のことをなんとなくいいなーと思っていたくらいだった。
そんな良くも悪く普通の学生時代を過ごしていたわけだが、中学一年生からずっと同じクラスで腐れ縁のやつがいた。
雨宮 歩(あまみや あゆむ)。くせっ毛で整った顔立ちをしているが、クラスで取り分け目立つほうの男子ではなかった。
ただ、いつも席が隣だったのでそのうち何となく話すようになっていった。
※※※
「星野さんっていつも授業中、ノートに落書きしてない?」
「な、なんで分かったの雨宮くん」
「そりゃ、隣だから目につくっていうか……」
私は、授業中の暇なときにノートの隅っこにスケッチしたりイラスト描いたりするくせがあった。当時の私は、自分の絵を誰かに見てもらうなんてもってのほかで、あくまで趣味の延長線上で書いていただけだった。
そんな、ひっそりと書いていたつもりだった絵を、真正面から見られ、あまつさえ絵を描いているのを指摘されたのが妙に恥ずかしくて思わず動揺してしまう。
「つーか、星野さんって美術部だったよね。やたら絵上手いなぁと思ってさ」
「そ、そうかな。雨宮くんも部活頑張ってるよね」
「俺はまぁ……うん」
当時の歩は、テニス部に所属していた。すごく一生懸命やっていたような記憶がある。
それでも、学校の表彰とか県大会で上位を取ったといった話は聞かなかったのでとりわけ上手いというわけではなかったのだろう。
「いいなぁ、絵が上手くて。俺、漫画とか好きだから絵書ける人尊敬するわ」
彼にとってはあくまでも日常の会話の一種に過ぎなかったのだろう。ただ、私にとっては自分の絵を初めて、親以外に褒めてもらえた瞬間だった。
※※※
「ってかまた星野さんと一緒?」
「また、雨宮くんの席となりじゃん」
中二の頃だったろうか、もはや定番となりつつあるやりとりを彼としていた。この頃になると、同級生たちにもある種のネタにされはじめた。
「サッチー、雨宮くんとまた席隣同士じゃない?」
「あっはっはっ、雨宮と星野って赤い糸で結ばれてるんじゃないか」
「二人とも、もう結婚しちゃえよー」
正直、私はこの手のからかいが好きじゃなかった。
恥ずかしさやら、気まずさやらか色々混ざりあってしまって心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。それに周りからそう言われると否応がなしに彼のことを意識し始めてしまったいた。
しかし、そんなネタにされてるもう片方の彼は「ふーん」と流す程度で私のことなんか気にも留めてない様子だった。
なんか、それはそれでムカつくなと思っていた。
「雨宮くんって私と噂されて嫌じゃないの?」
ある日、そんな疑問を率直に彼に聞いてみることにした。
「……なんで?」
「なんでって……友達にそう言われるの恥ずかしいし」
「俺とそういう話になってて嫌ってなら謝るけど」
彼は少し申し訳なさそうにそう言ってきた。
「そうじゃなくて、雨宮くんってそういうの気にならないの?」
「うーん、気になるっていえば気になるけど今色々忙しいからさ」
中学生で忙しいってなんだよとそのときは思った。
「じゃあ、俺部活いくからなまたね」
そう言って彼は、足早に去っていった。
※※※
それは、本当に偶然だった。
夜に、親にちょっとした買い物を頼まれ、近所のコンビニに行ったときだった。
そこには、なぜか汗だくの彼がコンビニで買い物をしていた。
「雨宮くんどうしたの、こんな時間に」
無視するのもなんだなと思って声をかける。
「おー、星野さんこそどしたのこんな時間に」
「私は親のおつかい。雨宮くんは?」
「んー。俺はちょっと今まで自主練してて」
「自主練? こんな時間まで?」
時計の針はもう8時を回ろうとしていた。
「うちのテニス部ってそんなに強くなかったよね?どうしてそんなにやるの?」
思わず思ったことが口から出てしまっていた。今思うと大変失礼だったと思う。
彼は少し罰が悪そうにして、
「ほら、俺って不器用だから。人並みにやるには人の倍努力しないといけないから」
と言った。
「雨宮くんって不器用なイメージないけど」
率直に言葉を返す。
「そう思ってもらえるのは嬉しいけど本当は全然ダメダメでさ」
そう言って、彼は言葉続ける。
「運動音痴だし頭も悪いから、みんなについて行くにはみんなの2倍も3倍もやらないといけないんだって最近ようやく分かって……。だからコソ練してた」
そう言って、彼は少し遠い目をした。
彼なりの葛藤が色々あったのかもしれない。
「だからさ、星野さんみたいに絵の才能とか何か才能ある人みると凄く羨ましい」
優しくそう呟く。それはきっと彼の本心から漏れた言葉だった。
「だから、絵頑張ってよ」
そう言って、純粋に子供みたいな顔で私に笑いかけた。
彼とはこれからも腐れ縁が続いていくのだが、思えばこのやり取りから本格的に彼のことが気になっていたのかもしれない。
まぁ、その後色々あって本格的に彼のことが好きになってしまい、そんな彼にアタックし続けるのだがようやく付き合えたのはこの出来事から何年も経ったあとだった。
きっと、雪ちゃんにはそつなく何でもこなすお兄ちゃんにうつっているのだろうが、その裏の努力のことを私だけが知っている。
もちろん、そんな歩の良いところは雪ちゃんに教えてあげないのだった。
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