第28話 「たまにはこういうのも」
「まぁ、そうは行ったものの気をつけろよ」
溝口さんが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「気をつけるって何を?」
「大和田さんだよ。ああ見えて色んな人に声かけてグループ作ってるみたいだからよ。敵対されて、数で色々されると負けちまうぞ」
「当たり障りのないようにします……」
「はっはっはっ、それが一番だわな」
そう言って、溝口さんと下に戻ることにした。
外に戻ると、溝口さんは「あとは俺に任せて好きにしてていいぞ」と言って,そのままどこかへ行ってしまった。きっと、電気回りに詳しい人を探しにいったのだろう。本当に働き者だとつくづく感心する。
「あ、お帰り兄さん」
「おっ、おかえりー。電気どうだったか?」
雪と幸がそれぞれ俺に声をかける。
「溝口さんでも分からないみたいだって。分かる人探しに行ってるみたいだから,復旧はもうしばらくかかりそう」
「あらら,じゃあみんなもう少し我慢しないといけないね」
俺が現況を告げると,熊田さんそう返す。
「熊田さんは寝泊りは家でしてるんですか?」
「そうよ、だからうちのほうの電気回りが心配でね」
あっ! そうか、ここのブレーカーの故障という可能性だけでなく、地域全体でダメになってる可能性もあるのかと今更ながら気づく。自分の頭の回らなさが少し恥ずかしくなる。
「と、なるとうちのアパート方も心配だな。雪、そろそろ戻ろうか」
「うん、そうだね」
雪にそう促す。
そうすると幸がじろりと睨んできた。
「おーい! 誰かのこと忘れてませんか?」
「誰のことだっけ?」
思わず笑いながら幸に答える。
「兄さん、いじわるしちゃ可哀想だって」
そんなやり取りとしていたら雪にたしなめられた。
「分かってるって。荷物早く取ってこいよ」
「ホントにいじわる! そのままスルーされたら泣いちゃうとこだったよ!」
そう言って、かけ足で幸は自分の荷物を取りに行った。
※※※
「いやぁ、お二人さんにはやられたよ」
幸がうちのダイニングテーブルに突っ伏してそう呟く。
「あっはっはっ、幸の荷物が少なくて助かったよ」
「ホントだね」
俺と雪は苦笑いしながら、幸にそう答える。
我々、兄妹は一つ完璧に失念していたことがあったのだ。
……隣のカギがないのでそもそも入れなかったのだ。
「ごめんごめん。ここのアパートの管理会社って割と近いから今度そこに行って、カギ探してくるからさ」
「いや、別にいいんだけどさー。大和田さんの隣に戻るのもきつかったし……。その代わりしばらくここに住まわせてよね」
「分かってるって! こっちは電気大丈夫みたいだからとりあえず良かったよ」
こうして、2DKのアパートに一人住人が増えてしまった。
「ところで星野さんの寝るところってどうするの?」
雪がそもそもの疑問を聞いてきた。
「幸はベランダでいいんじゃない?」
「いいのかーそういうこと言って、泣いちゃうぞー」
幸がテーブルに突っ伏したまま、棒読みでそう言ってくる。
「兄さん、いじわるしないの!」
雪が、幸の擁護に入る。カギの件に関してはいささか雪も責任を感じているみたいだ。
「いいよ、俺がキッチンにでも廊下にでも寝るから幸は洋室使ってくれて」
「それもなんか悪いなぁ。そっち寒いよ」
「じゃあ、みんなで一緒に寝ればいいんじゃない?」
「「え?」」
雪がそう言うと、思わず幸と声がかぶってしまった。
※※※
「お先、お風呂いただきましたー」
幸が風呂から上がってくる。
俺が貸したぶかぶかのトレーナーを着ていて、風呂上がりで火照った顔が妙に色っぽかった。
「ってかそこの食料すごくない?」
キッチンにある食料の山を見て、幸がそう言ってくる。
「かなり早い段階で、近隣のスーパーまわって仕入れたからな」
「そうなんだ、うまいことやってるねぇ」
感心した顔で幸が言ってきた。
「ってかお前って料理できたっけ?」
「逆に聞くけど歩は私の手料理食べた記憶がありまして?」
全く記憶にないので、つまりはそういうことなのだろう。
我が家の食料事情の改善は期待できそうになかった。
「ということは現時点で一番料理できるのは雪か……」
「そうなの? 雪ちゃんその歳で料理できるなんてすごいじゃん」
幸より先にお風呂に入って、テーブルで本を読んでいた雪に幸が声をかける。
パーカーにショーパンの寝る前のラフな服装になっている。
「ま、まだまだ全然です。熊田さんに習ってようやく少しだけ」
少し照れながら雪が答える。
雪と幸が同じ部屋で暮らすことになり、正直ここの二人のやりとりは不安視していたのだが、今のところ自然にやり取りをしている。俺の考え過ぎだったのかもしれない。
「ふぁあ~あ、私そろそろ寝よっかな」
幸があくびをしながら言ってきた。
今日は色々なことがあったから疲れていたのだろう。
「あっ、私の部屋にお布団引いておきましたよ」
そう言って、雪が襖をガラガラと開ける。
……布団三組が川の字で並んで敷いてあった。
うちの妹はどうやら天然ボケ気味なところもあるのかもしれない。
「これって誰が真ん中?」
幸がどうしよっかと困った顔で聞いてくる。
「……雪だろ」
「えっ私、はじっこがいい。兄さん真ん中でしょ」
「それって色々まずくないか?」
「なにが?」
雪がきょとんとした顔で聞いてくる。ホントに分かってないんだろうなぁこいつ。
「あははは、私は大丈夫だよ」
と、言いつつ明らかに狼狽えている幸。年下の純粋な好意を踏みにじるわけにはいかないのだろう。
「はぁ、もうどうにでもなれだ」
そう言って、俺は寝仕度を整えるべくお風呂場に向かった。
雪は最後まで俺たちの言っていることが分からないといった顔をしていた。
※※※
お風呂の順番的に俺が一番最後だったので、布団に行くのも一番最後になってしまった。
その間、雪と幸の何やら盛り上がっている声が聞こえてきた。修学旅行とかそういったノリに近いものになっているのかもしれない。
「あっ、兄さんようやく来た」
俺が襖をあけて布団に行こうとすると雪が声をかけてきた。幸からの反応はない。
「真ん中やだなぁ」
「いいじゃん。星野さんはお客様なんだから真ん中は可哀想だよ」
「それも、そうなんだけどさぁ」
諦めて、真ん中の布団に入る。
「ちょっと前にあんまりこっちの部屋来るなって言ってなかったけ」
「今日は特別」
星野記念日か何かなんだろうか。その特別の意味がよく分からなかった。
「ってか幸は寝たのか」
「……起きてるよ」
起きてた。幸のほうをちらっと見ると、うつぶせになって枕に顔をうずめている。
幸もこちらにちらっと目線をやると、思わず目線があってしまってすぐ顔をそらしてしまった。
「き、緊張して寝れないんだけど」
「何もしないからさっさっと寝ろって」
俺もできるだけ平静を装い幸にそう言う。
そうすると、今度は逆側からぞもぞっとこっちに布団に侵入してくるものがいた。
こっちはこっちでいつも通りと言えば言えばいつも通りなのだが、今日は幸がいるのでどうなのかと思ってしまう。
まるでぬいぐるみを抱くかのように雪の細い腕が力いっぱい俺のことをぎゅっとする。
「ふふっ、けどたまにはこういうのいいね。これから楽しくなりそう」
幸が楽しそうにそう告げた。
俺はと言えば、片方を見れば雪がもう片方を見れば幸がいて天を仰ぐことしかできずにこのまま夜が更けていった。
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