第27話 感情の矛先

「あーダメだ全然分かんねぇや」


 リーダーが脚立に上って大量のスイッチがあるブレーカーの前で四苦八苦している。俺は懐中電灯で下からリーダーの手元を照らしているだけだ。


「ダメ元で聞くけど、あんちゃんこういう電気系統分かるか?」

「すいません、全然分からないです」

「だよなぁ」


 ブレーカーのつまみ自体が上がらなくなっているらしく、どうにもこうにもできないらしい。


「こりゃ、俺たちにはどうしようもできねぇな」


 よっと、脚立からリーダーが下りてくる。


「と、なるとこれからどうするんですか?」

「まぁ、電気系統できるやつがいるか聞いて回るしかないわな。この時期にエアコンも使えないとなると女子供は可哀想だ」


 今年は暖冬で忘れがちだったがまだまだ2月の半ばで寒い季節が続いている。


「まぁ、その人探しは任せてくれや。伊達にふらふら話しかけまわってないからよ」

「そこの心配してないですよ」


 そうかとリーダーが言う。


「……リーダーはなんでこんなことしてるんですか?」

「なんだよ、まださっきのこと引きずってるのかい」

「そりゃ、あんなに敵意向けられてあんなこと言われると気が重くなりますよ。どんな理由であれ、ああ言うのって気分良くないですし」

「そうだよなぁ、兄ちゃんコーヒーって飲めるかい」

「あ、はい大丈夫ですが」

「じゃあ、ちょっと俺の愚痴付き合ってくれや」


 ニカッとリーダーが笑った。

 



※※※




 リーダーと屋上の喫煙所に来ていた。


「うー、やっぱここは寒いなぁ」

「そんな恰好してるからですよ……」


 今日のリーダーも相変わらず黒のタンクトップしか着ていなかった。


「これが一番動きやすいからよ」


 リーダーがポイっとこっちに缶コーヒーを投げる。低価で売ってる安いブラックコーヒーだ。

 カチカチっとライターでタバコに火をつける。よく見るとこれも体に悪そうな安いタバコだった。


「大和田さんはなぁ。ありゃどうしようもないんだわ」


 リーダーが唐突に話を始める。


「旦那にも先に行かれて、子供もいなかったから一人っきりみたいでな。そうこうしているうちに宗教とかにハマっちまったみたいでな」

「……」

「別に宗教を否定するわけじゃないが、やっぱりああいう揉め事あるとそれを理由にされちまうよなぁ」


 リーダーはふーっと深くタバコの煙を吐く。


「あんちゃん、ちょっと下見てみ」


 そう言われて、屋上から下を見下ろす。先ほどの裏手の入り口あたりの様子が見える。


「あそこにあんちゃんの妹がいるな。その隣に熊田さんと星野ちゃん」


 うっすらとだが何となく様子が見える。


「その向かいで三人で固まってるのが、昔コーヒーショップをやってた亀田さん。左側にいるのが元農協職員の渡嘉敷さん」


 リーダーが次から次へと、あそこの人はどこの誰でと説明していく。俺はその意図が分からずただただ頷くことしかできなかった。


「ここには色んな人がいるんだよ。家族を亡くした人、理由があってシェルターに行けなかった人、この土地から離れられなかった人」


 そのままリーダーが話を続ける。


「そういう人たちって、どこか気持ちがもやもやしちまってさ。そういう感情の矛先を俺が何とかできないかって思ったのが始まりさ。色んな人の話を聞いて、手伝っていたらいつの間にかリーダーとか呼ばれるようになっちまった」


 屋上からどこか遠くの風景を眺めているリーダー。


「……そういうのって疲れないんですか。さっきの大和田さんみたいに言う人もいたんじゃないですか」


 率直にそんな言葉が出てしまった。


「はっはっはっ! そりゃ疲れるよ。ただのそういう疲れって何か心地がいいんだわ」


 リーダーがその言葉を噛みしめるように言う。


「俺にはマネできそうにありません」

「そうかい? だったら何で大和田さんに食ってかかるようなことしたんだい?」

「それは……」

「あんちゃんも俺と一緒さ。大切な人がバカにされて許せなかったんだろ? 誰かの力になりたかったんだろ? そういう気持ちはこれからずっと大切しないといけないよ。この世は義理と人情だから」

「義理と人情……」

「そう、義理と人情。そう思うと大和田さんのちょっとしたヒステリーも大したことなく感じるもんさ」


 溝口さんは真剣な表情で俺にそう言った。


「……なんでリーダーってそんな人ができてるんですか。俺だったらそんな面倒事絶対嫌ですけどね。実はマゾとかじゃないですよね」

「はっはっはっ言うねぇ。っていうか、そのリーダーっていうのやめてくれよ、むず痒い」

「じゃあ、溝口さんって呼ばせてもらいます」

「おう、それで頼むわ」


 ごくっと溝口さんから貰ったコーヒーを飲み干す。苦かったが、どこか染みる味だった。


「大体あんちゃんずるいんだわ」

「ずるい?」

「可愛い女の子に囲まれてよ!俺なんてマダムばっかりだって言うのに」

「そりゃ、溝口さんがそういう人たちに声かけてるからでしょうに」

「ナンパしてるみたいに言うんじゃねぇよ」


 男としかできない話題で二人とも笑いあう。


「ほら、あんちゃん吸うか?」


 溝口さんがこちらにタバコを一本差し出す。


「……得意じゃないですけど貰います」


 ライターを貸され貰ったタバコにしゅぼっと火をつける。

 少し溝口さんのマネをして、ふーっと深く煙を吐き出す。


 少しだけ、気持ちが軽くなったような気がした。

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