第23話 なんとか避け

「兄さん、今日は避難所行かないの?」


 制服に既に着替えていた雪が俺に声をかけてくる。


「今日は引きこもりデーです」


 そう言って、二度寝の態勢に入る。


「なんだー。そうなら早く言ってよ」


 避難所に行く気で着替えていただろう雪から、何か文句の一つでも言われるかと思ったが全然そんなことはなかった。


 この前、雪と幸が二人で話し込んで以来何やら雪の様子がおかしい。良く言えば妙に俺に優しくなった、悪く言えばよそよそしいというか気を遣われているというか。

 いつもだったらこの布団を引き剥がそうとするはずなのに……。


 灰色のパーカーにショートパンツに着替えた雪が戻ってきた。

 

「雪、この前何かあったのか?」


 思わず布団から出て雪に声をかける。


「うわっ、兄さんが起きた!」

「なぁ雪、この前から様子おかしくないか?」

「この前って?」

「星野と二人で話してたときあっただろ。あのとき何か言われたのか?」

「な、何にも言われてないよ!」


 目に見えて動揺がはしる雪。こりゃ何かあったなと確信めいたものがあったが、何があったかは頑なに話そうとはしなかった。


 妹と元カノの話が気にならないと言ったら嘘になるが、こうも話そうとしないということは、きっとロクでもないことを話していたに違いない。


「言えないことなら無理には聞かないけど、ちょっと妹によそよそしくされるのはショックだなぁ」

「うっ」

「まぁ、何か困ったことがあったらすぐ言えよ」


 そう言って布団に戻る。まぁ女子同士の話だから色々あるんだろう。


「ち、違うの!兄さん」


 雪が急いで俺の枕元に近づいてくる。


「そ、その。なんていうか……うまく言えないんだけど」


 雪が色白な顔を真っ赤にして言ってくる。


「な、何か……兄さんと話してると緊張しちゃって……」

「はぁ?」


 あまりにもわけが分からなくて素っ頓狂な声が出る。


「全然意味が分からないんだけど」

「だって緊張しちゃうんだもん。兄さんの顔をちゃんと見れないんだもん」

「ますます意味が分からん」

「だ、だって……」


 そう言うと雪は下にうつむいてしまった。


「星野に何吹き込まれたしらないけどさ、はぁ」


 思わずため息がでる。あいつ雪に何を話したんだ……。

 昔、付き合ってたとか話すと面倒になりそうなこと話してないといいのだが。


「だ、だから別に兄さんのこと避けてよそよそしくしてるとか嫌いになったとかじゃなくて……」

「はいはい。もう気にしてないから。お前も色々気にすんな」


 今度会ったら幸に文句を言ってやろうと心に誓ったのだった。




※※※




「お前なぁ。雪になに言ったんだよ」

「んーなんで? 何も言ってないよ」


 翌日、雪と避難所に来ていた。

 食料の受け取りに来ていた幸を見つけて早速問いただす。


「だって、お前と話してから様子がおかしいんだぞ」

「様子って?」


 本当に何も分からないといった様子の幸。

 ちなみに雪は今、熊田さんに連れてかれて裏の手伝いをしている。


「なんか、俺と話すと緊張しちゃうんだってさ。家族なのに意味が分からん」


 そう言うと、幸が勢いよく笑いだす。


「あはははは!」


 幸があまりにもゲラゲラ笑いだすものだから、避難所の人たちの視線をあびてしまう。


「何がそんな面白いんだ」

「あー、ごめんごめん。ホント素直だねぇ雪ちゃん」


 ふーっと幸が一息つく。


「そんなのが心配で私に聞いてきたんだ」

「そりゃ、家族の様子がおかしかったら心配になるだろ」

「――歩ってシスコン?」

「うっさい! 幸に聞いたのが間違いだった!」

「なるほどー。雪ちゃんも相当なブラコンだと思ってたけどまさか歩もだったとはー」


 幸の目尻が下がってニヤニヤしながら聞いてくる。

 こいつのこの顔は知ってる。相当楽しんでいるときの顔だ。


「仕方ない。幸様が歩くんに一つ良いこと教えてあげよう」

「お願いしますおねーさま」


 幸がついにふざけはじまったので、渋々そのノリに合わす。

 「よかろう」と幸が言葉を続けた。


「歩,それはちょっとした《なんとか避け》ってやつじゃないかな」

「……なんとか? なにそれ?」

「そこまでは教えなーい。どうせ歩、そんな言葉知らないだろうと思って言ったし」

「ケチくそ」

「ケチくそで結構。なんとかの部分は自分で考えなさい」


 そう言って、幸は小憎たらしくあっかんべーをしてきた。


「ちなみに私もそれは経験あるよ」


 幸がそう告げたが,全く答えに辿り着きそうになかった。




※※※




「雪,なんとか避けって知ってるか?」

「なんとか避け?」


 雪が熊田さんから解放されたので、アパートに帰る途中の道で雪にそう聞いてみる。


「何か必殺技みたいだね」


 雪が最近読み始まった漫画に影響されてかそう答える。


「おぉ、かっこいいかも。なんとか避け!」

「うん」


 雪がニコニコ笑う。帰り際に手を繋いできたし,今日は特段いつもと様子が変わりなさそうだった。


「もう大丈夫なのか? この前緊張しちゃうとか言ってたから」

「あ,あんまりそういうこと正面で言わないでよ」


 雪が歩きながらうつむく。


「星野に聞いてみたんだよ。そしたら雪のそれは《なんとか避け》だって」

「なんとか?」

「なんとかの部分は自分で考えろって言われた」


 それを聞いた途端,雪が大きな目をまん丸くして,突如大きな声を出した。


「あの人はー!」


 珍しく語尾が強くなる雪。

 繋いでいた手が怒りを込められて強く握られる。ちょっと痛い。


「おっ、なんとかの部分は分かったのか?」

「分かったけど,兄さんには言えない!!」

「えぇ……」


 結局俺は答えに到達することができなかった。

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