第22話 屋上にて②
【 雨宮 雪 】
それが、ぶっきらぼうだけど星野さんを励ましているのが分かった。その言葉が、私に向けられていないのにひどい心がざわつく。
自分はなんて醜い人間なんだろうと思う。星野さんがひとりぼっちだと言ったとき、心に浮かんだのはほんの少しの同情心とほんの少しの優越感だった。
――私には兄さんがいるから。
そんな優越感を抱いてしまったのが、ひどく自分の心に刺さる。
兄さんは星野さんみたいに裏表がなさそうな人が好きなんだろうか。そんな考えばかりが浮かぶ自分に嫌気がさす。
まつ毛が長くて目も大きくて可愛いし。髪も茶髪のふわふわにしていて可愛いし、私よりも胸がある。それに、黒のシャツに合わせた白いジャンパースカートが似合ってて可愛い。私もああいう格好ができればと思うが、そんな服はないのでここに来るときはいつも制服を着て誤魔化している。
「雪ちゃん、ちょっとお話しない?」
そんなことばかり考えていると星野さんが私に話をかけてきた。思えば、割とこの人にはひどい態度ばかり取っているような気がするがめげずに私に話をかけてくる。きっといい人なんだろうなぁとは思う。
「いいですけど、何か私に用ってありますか?」
「いいから、いいから。ちょっとお話しようよ」
「話ってなんだ?」
兄さんが話しに混ざってくる。
「これから、雪ちゃんとお話するんだから歩はどっか行っててよ」
「ひでー言われよう」
はいはい、と言いながら兄さんは屋上の奥に向かっていった。
「雪ちゃん、ちょっと下の休憩スペースで話そう?」
そう言って星野さんと私は下の階に向かった。
※※※
下の階の休憩スペースにある幅長のイスに腰を下ろす。いつも私が兄さんと食事を取っているところだの近くだ。
星野さんが私の隣にきて腰を下ろす。
「えー、単刀直入に聞きます。雪ちゃん私のこと嫌いでしょ」
思いっきり直球で聞いてこられた。中学のときの同級生は、こう真正面からは来たりはしなかったので思わず焦ってしまう。
「そ、そんなことは」
思わず取り繕うとするが言い淀んでしまう。そんな自分が情けなくて目に涙が浮かぶ。
「ご、ごめんごめん。雪ちゃんのこといじめたりとか全然そういうことするつもりはなくて」
星野さんも私の反応を見てすごい焦り出してしまった。
「ただ、少し確認しておきたいことがあって」
星野さんがしどろもどろになりながらも話を続ける。
「雪ちゃんってお兄さんのこと好きでしょ?」
……本当に真正面から聞かれてしまった。
「か、か、家族ですから」
「……そうじゃなくてさ、男性としてってこと」
星野さんからは茶化すといった意図は全く見られなかった。あくまで真剣な顔でそう聞いてくる。
「はい……」
ここで誤魔化すと、星野さんには勝てない気がして精一杯の声でそう絞り出す。怖い、とても怖かった。
「――そうだよね。見てれば分かったよ」
星野さんはやっぱりかーと言いイスの背もたれに寄りかかる。
「雪ちゃん、私もね。歩のこと好きなんだ」
星野さんの気持ちはなんとなく分かっていたが、あまりにも堂々と言われて頭をドンって金づちで殴られたくらいの衝撃が走った。
【 星野 幸 】
やっぱりかー。どう見てもそうだったもんね。
雪ちゃんを見ていると、いつも視線の先が歩に向かっているのが。
私にいつも冷たい態度を取るのが大好きなお兄ちゃんを取られないようにするためって言うのが。
――私も同じだったからすぐ分かってしまった。
歩にフラれたときのことを思い出す。
「今、家族が大変だから幸のことまで考えられない」「新しい家族のためにもっといい稼ぎの仕事につかなきゃいけない」
そんなことを歩が言っていた。今考えるとその家族って雪ちゃんのことだったと考えると全て合点がいった。
そりゃ、こんな可愛い妹できたら一生懸命になるわけだ。
髪はさらさらで色白でお人形さんみたいだし。目はくりくりだし。
いつも着てる制服も可愛いし。どこか儚げな雰囲気が女の私でも守ってあげなきゃと思わせるし。
「雪ちゃんはいつから歩のこと好きだったの?」
「ずっと前」
大きな目から涙がこぼれだしそうなくらいうるうるしながら答えてくる。私も、聞いたからには雪ちゃんに正直に答えることにする。
「私もずっと前から好きだったんだ。だからここで偶然会ったときはラッキーって思っちゃった」
雪ちゃんが驚いた顔を見せる。その顔は今にも泣きだしそうだ。
「雪ちゃんは歩のどこが好きなの?」
「星野さんは兄さんのどこが好きなんですか?」
同じ質問が二人同時に重なる。思わず二人でふふって笑ってしまう。
「「ぶっきらぼうだけど優しい所」」
顔を見合わせて二人でそう言った。
「私、雪ちゃんとは仲良くなれると思うんだ。良かったらもっと仲良くしてくれると嬉しいな」
「……分かりました。けど私のお兄ちゃん取らないでくださいね」
そう言ってしっかりとけん制してくる。十歳近く離れた子だが、この子はもう女なんだと思った。
「それはどうかなぁ」
今度は意地悪でそう返す。雪ちゃんは少しムっとした表情をみせる。
最初会ったときはクールな子だと思ったが、よく見ると表情がころころ変わってすごく分かりやすい。
「今度さ一緒に絵描いてみようよ、歩ももちろん一緒にさ」
「兄さん、多分めんどくさがると思います」
「確かに」
年下のライバルと雑談をしながら、歩の待つ屋上に戻ることにした。
未来について何も希望が持たずにいた私だったが、これからは少しだけ前向きになれそうな気がした。
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