第21話 屋上にて①
幸が加わったことで、カレーの皿洗いは思ったよりも早く終えることができた。
「雨宮兄妹はこれからどうするの?」
「帰って寝る」
「兄さんと同じです」
「あ、あんたらは……」
幸が飽きれる。
「じゃあ、どうせ暇なんでしょ。ちょっと付き合ってよ」
幸はそう言うと、やや強引に俺たちの手を引っ張った。
※※※
「どう? ここ気持ちいいでしょ?」
俺たちが連れてこられたのはショッピングモールの屋上だった。
「誰も上がって来ないから私いつもここで空とか風景眺めてぼーっとしてたんだ」
「風が気持ちいいです」
雪の低めのサイドポニーが風で揺れている。
屋上にあるそこは街の風景が良く見えた。風がよく通って寒いくらいだったが、どこか空気が澄んでいて気持ちが良かった。
「いつか、またこういう景色の絵が描けたらいいなぁ」
幸が遠く寂しい目でそう呟く。
「暇なら描けばいいじゃんか」
飽きれて俺はそう返した。
「好きなんだろ?じゃあ描けばいいじゃん。何に気を使ってるのか知らないけどさ」
驚いた顔で目をぱちくりさせる幸。
「私、こういう時だから生活に役に立たないのってそぎ落としていくべきなのかなって思ってて」
「ばっかだなー。こういうときだからこそ、好きなものに没頭できていいじゃんか。俺と雪なんて好きな本ばっかり読んでるぞ」
「そんな考え方もできるんだ」
「描いたら見せてくれよな」
「あははは、何か偉そうでムカつく~」
「――そっか、そっかぁ……」
幸は何かを色々な思いをのせてそう呟いた。
「何か歩たちにいい場所教えようと思ったんだけど逆に私がスッキリしちゃった」
「頭良くないくせに考えすぎなんだよ幸は」
「うるさいなー!」
へらへらと笑いながら幸は言う。何か、こいつの気持ちにきっかけみたいなのが作れたのなら良かったなと思う。
「ホント、むかつくくらいシンプルにしちゃうんだから歩は」
※※※
「青春してるねー」
屋上の片隅に喫煙所スペースを作って、リーダーがタバコを吸っていた。
「星野ちゃんに見つかったら怒られるから言わないでおいてくれよ」
リーダーがタバコをおいしそうに吸いながら言う。この冬場の屋上にタンクトップでいてすごく寒そうだった。
「あれ? 2人はどこいったの?」
「何か話があるみたいで2人でどこかに行きました」
「あんちゃん置き去りにされたのか」
クククッとリーダーが笑う。
「いや、俺も取り残されて暇で屋上で適当にふらふらしてたらリーダーに会うとは思いませんでしたよ……」
「星野ちゃんはこっちのスペースだと眺め悪くて近づかないからな。ここの屋上自分のスペースだと思い込んでると可哀そうだし」
「我が物顔でここには誰も上がってこないとか言ってましたよ」
「そりゃ悪いことした」
全然悪びれた素振りなく爽やかにリーダーはそう言った。
「休憩中ですか?」
「んー、あーそんなところだな。たまにこうやってタバコ吸ってないとやってらんなくてよ」
「色々大変そうですね」
「まぁ、俺がやってるのは御用聞きってやつよ。便利屋さんみたいなものさ。誰かに頼まれると断れなくてな。気づいたらこんなんになっちまった」
リーダーがふーっとタバコの煙を深く吐く。
「兄ちゃんも吸うか?」
「いえ、大丈夫です」
「付き合い悪いねぇ」
そういってリーダーはこちらに差し出したタバコとライターを引っ込める。
「兄ちゃんっていくつなんだ?」
「……今年で二十五です」
「二十五かい! まだまだ若いねぇ。仕事は何してたんだ?」
「最初はスーパーで社員で働いてました」
「へー、どおりで人慣れしてると思った」
「そうですか?」
「俺みたいに歳取ればなんとなく話し方とか雰囲気で分かるもんさ、悪く言えば兄ちゃんはスレてるなって思った」
あまり良いことは言われていないのだろうが、口調に嫌味がないので全く気にならなかった。
「逆に妹のほうは全然人慣れしてないな。純粋無垢って感じでさ。ありゃこれから苦労するぞ」
「まだ、高校生にもなってないので仕方ないですよ」
リーダーはそのまま話を続ける。
「星野ちゃんもあんたら来るまではあんなに暗かったのにさ」
「星野がですか? 想像できないですね」
「すごかったぞー、人を拒絶するオーラがさ。ここに来たばっかりのときはメシもまともに食ってなかったんじゃないかな。俺が毎日声かけて、ようやく話かけてくれるようになったのに、あんちゃんが来たら一発で元気になっちまってさ。あれは嫉妬したぜ」
冗談めいた口調で笑いながらリーダーがそう言う。
話を聞く幸は俺の知っている幸とは別人だったので大分驚かされる。
「それにしても兄ちゃんも大変だな」
「……何がですか?」
「まぁ色々だよ。タバコでも吸いたくなる気分になったらここに来な。そんときは一緒に一服でもしようや」
リーダーはそう言うと、限界まで短くなったタバコをぐりぐりと灰皿に押し付けて下の階に戻っていった。
初めて、リーダーとじっくり話したがリーダーとみんなから呼ばれている理由がなんとなく分かった気がした。
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