第18話 陽性
翌日
昨日からなぜか雪が元気がない。
アパートに戻ってもずっと元気がなかった。
「雪どうした。また具合でも悪いのか?」
「んーん、そんなことないよ」
「……ならいいけど、今日も避難所行こうかと思うけど、雪はどうする?」
「兄さんは行っちゃうの……?」
「んー、メシだけはもらってきたいかなぁ」
「ご飯もらうだけで終わる?」
「終わらせる! 今日はご飯だけもらってすぐ帰ろう。雪はどうする? 無理するなよ」
「兄さん行くなら私も行くよ、今日は早く帰ろうね」
そう言って、二人でショッピングモールに向かった。
※※※
今日の食料配給はおにぎりだった。
もちろん、おいしいのだが何とも物足りない感じがする。
「よし、貰うものもらったしさっさと帰るか」
「うん」
今日も雪は制服だった。
低めのサイドポニーにした髪が隣でゆさゆさと揺れている。
そのまま、出口に向かったら運悪くリーダーに見つかってしまった。
「おう、雨宮君! 昨日はどうもな」
「お疲れ様です、リーダー」
雪がそっと俺の背中に隠れるが、リーダーはそれを見逃さず雪にも話しかけた。
「お、今日も嬢ちゃんは制服かい。いいねぇ、こういう若い子がいると避難所といえど華が出る気がするよ」
「そんなもんですかねぇ」
そう言われると何となく俺も悪い気はしなかった。
「昨日、作業終わった後にリーダーのこと探したんですが見当たらなくて」
「あぁ、すまんすまん。ちょっとあちこち行っててな」
「あちこち? ゾンビとか大丈夫なんですか?」
「あんなのそうそうは近くにいねぇよ。さすがにこの前の行軍のときはビビったがな」
ニカッと笑う。
「あれってどこに向かってるんだろうな。ホント、台風みたいに過ぎ去っちまって」
リーダーが不思議そうに言うが、そんなことを考えても俺たちに答えがでるわけではなかった。
「今日ももうご帰宅かい?」
「えぇ、特に何もなければ」
ちらっと雪を見る。
「おう、今日は大丈夫だぞ。また何かあったらそのときは頼むわ!」
助かったーと思った。
さすがにご飯をもらった手前、何か作業があると面と向かって言われるとすごく断りづらい。
「あーー、雪ちゃんいたいた!」
すごい大きな声が聞こえてきた。熊田さんだった。
何やら雪を探していたらしい。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
雪が不思議そうに答える。
「どうしたもこうもないよ。昨日の続き教えようかと思って」
熊田さんが百パーセント善意の笑顔を浮かべる。
さすがの雪もこれでは断れない。
「うぅ……。じゃあ、兄さんちょっと行ってきますね」
「はいよ、ここで待ってるから行ってきな」
そう言ってまたもや雪は熊田さんに連行されていった。
「ははっ、今日は嬢ちゃんのほうが仕事大変そうだな」
リーダーはそう言って作業に戻っていった。
※※※
一人取り残された俺はやむを得ず、出口付近のイスに腰を下ろす。
「こうなると暇だよなぁ」
ボソっと呟く。
「暇なら私が話相手になってあげようか?」
いつの間にか後ろに星野が現れた。
「げっ」
「なんなのよ、私に会うたびにげって」
「お約束かなって」
「そんなお約束聞いたときない、ちょっと話さない?」
星野がニヤニヤして俺の隣に腰をかける。
「なんだよ。別に話することなんてないぞ」
「そんなことないじゃん。あのあと何してたのかなってずっと話したかったんだから」
「あのあと?」
「別れたあと」
「……あー、別にいつも通り仕事だったよ。最初にやってたスーパーは辞めちまったけど」
「そうだったんだ、残業とかきつそうだったもんね。家のほうは落ち着いた?」
「――見てのとおり。親父たちはシェルターに行っちまって今は雪と二人で暮らしてる」
「そうなんだ。とりあえず良かった?のかな」
「どうだろうな……そんなこんなしてたら今度はパンデミックがどうのだろ。予測不能すぎるっつーの」
「ははっ。それは誰にも予測できないよね」
星野がどこか遠い目をして笑う。
「……星野はあのあとどうしてたんだ?」
「んー、私もいつも通りだったよ。いや、いつも通りじゃなかったか。フラれたあとはしばらく凹んでた」
「……ごめん」
「バーカ! もういいっての」
「絵を描くのはまだ続けてるのか?」
へらへらと話をしていた星野だったが、その話題を振るときゅっと表情が変わった。
星野幸は絵描きだった。中学から絵を描くのが好きで、それをずっと続けて仕事にしていくのが夢だと語っていた。美術系の大学にいき、就職先も広告代理店のデザイナーとしてだった。
「――こういう世の中になっちゃうとね、絵を描くとか何かをデザインするとかそういうスキルって全然いらなくなっちゃってね。今は全然描いてない」
「……そうか、残念だな。お前の描く絵好きだったんだけど」
星野がニコって笑う。
「なんだー! 私の絵がまた見たくなっちゃたのかー」
「そうだな」
星野はふんわりとした水彩画が得意だった。優しいタッチで、絵本とかにも使われそうな暖かな絵が多かった。とりわけ、芸術に興味があるわけではなかったが、星野の絵はぬくもりがあって見るのが好きだった。
「そ、そんなマジに答えられると……」
星野が照れくさそうに答える。
こいつ、からかったりちょっかいを出すのは好きなくせに、肝心の自分の防御力はゼロなのだ。
「いつか、また見せてくれよ」
「――考えとく」
ニコニコと星野が答える。
何かこうしてると昔に戻ったみたいで少し心地が良くなってしまう。
「星野はなんでシェルターに行かなかったんだ?」
「あー、それ聞いちゃう?」
「答えづらいなら言わなくていい」
「ははっ、そういうところ全然変わってないね」
俺もシェルターに行かなかった理由は他人には答えられないから、あまり詮索はしないほうがいいのだろう。
「まぁ、歩なら言ってもいっか」
星野が意を決したように言葉を続ける。
「ほら、シェルターって検査とかいっぱいあるじゃん。あれに私ひっかかっちゃって」
「ひっかかった?」
「うん、感染のやつ。陽性が出てお断りされちゃった」
そう、星野が真剣な顔で答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます