第17話 あのときあなたは

 雪と俺は、食料の配給をもらうためにショッピングモール(避難所)に来ていた。


 実を言うと、どんな食料が出るのか少し楽しみにしていた。

 どうしても、俺たち兄妹だと缶詰、レトルトばかりのメインの食事になりがちだったのでどんなものが出るのか少し楽しみにしていたのだ。


「こんなもんだよね」


 髪型を低めのサイドポニーにし、中学の制服を着た雪が俺の隣でカップラーメンを食べながら呟く。


 昨日はラフな格好だったが、今日はこっち来ると決めていたので、ばっちり身だしなみを整えていた。


 昨日もそうだが、雪は外に出るといつもとうって変って感情があまり表に出なくなる。これが、学校にいるときはクールキャラで通っていた所以なのだろうか。


「そういうなって、たまに豚汁とか出るらしいぞ」


 食料は、朝と夕方の二回に分けられるらしい。


 大体の時間になったら、ショッピングモールの総菜に売り場にざっと配給の品が並んでいて、そこから各自が各々取っていくとという仕組みらしい。


 その食料配給にもちゃんと係があって、当番制で回しているとのこと。

 今日は、熊田さんが当番だったので色々話を聞くことができた。


 ここのショッピングモールは、一階の食料品売り場がメインに、二階には服や百均、本屋、寝具コーナー、レストランなどが入っている。


 俺たちは、その二階にある休憩スペースに腰をかけ、もらったカップラーメンを食べていた。


「思ったより人がいるんだな」


 食料を貰いに行ったとき、ざっと三十人くらいはいただろうか。


 この人数の食料を管理するのってもしかして凄い大変なことなのではないかと感じる。


 まぁ、俺たちもそれにあやかりに来ているので何か言えた立場ではないのだが。


「おはよう! おっ、今日は嬢ちゃん制服なんだな」


 二人で食事をしていると、いかつい顔の角刈り頭が声をかけてきた。リーダーの溝口さんだ。


「おはようございます。はい、制服が一番ラクなので」

「リーダー、おはようございます」


 俺も雪に続いて、挨拶をする。


「おう、おはよう。雨宮君だっけ? 今日ちょっとこっち手伝えるか?」


 仕事のお誘いが来てしまった。

 リーダーに会わなければ、このまま帰ろうと思ってたのにと心の中で悔しがる。


「大丈夫ですが、何やるんですか?」

「すまんすまんホント助かるよ、今日はちょっとこれを交換してほしくてな」


 溝口さんが脇でかかえていた照明の蛍光管をこちらに見せる。


「なんせ男手が足りなくて、こんなものの交換も俺に頼んでくる始末なんだ。ちょっと手が回らないから手伝ってくれないか」

「あぁ、それくらいなら」

「すまねぇな」


 そういって、紙を俺に渡す。

 達筆な字で、蛍光管が切れた場所がメモされていた。

 食品売り場のバックヤードの蛍光管に入口付近の蛍光管にと思ったよりも数があった。


「これは大変ですね」

「だろう? まぁしょうがないさ。脚立とか足りないやつとかは自由に売り場にあるやつ使っていいから」

「分かりました」

「ありがとな。じゃあ頼んだぞ」


 リーダーはニカッと笑い、いそいそとここを後にする。


「はぁ、じゃあやるか、雪はどうする?」

「私もやることないし、手伝うよ」


 そう言って作業に入ることにした。




※※※




「雪、そっちの蛍光管取って」

「これ?」


 そう言って、バックヤードの蛍光管交換の作業を黙々と進めていた。

 途中で何人かにすれ違い特に会話はなかったが、雪が制服を着ているのでいささか目立ってしまっている気がしなくもなかった。


「あらあら、今日からもうお手伝い入ってたのかい」


 熊田さんが俺たちを見つけて声をかける。


「そうなんです。早速食事いただいてしまったので」


 と、返事をする。


「雪ちゃんは、お兄さんのお手伝い?」

「はい、兄だけでは心配なので」


 何言ってんだこいつと思ったが決して口には出さなかった。


「ふふっ、可愛い制服の子がいるって早速噂になってるわよ」

「あー制服目立ちますもんね」


 そう俺が言うと、雪が少し恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「お兄さん、雪ちゃんちょっと借りていい?」

「あぁ、大丈夫ですよ」

「せっかくだから、雪ちゃんにも食料当番のやり方教えてあげようかと思って」


 そう言われて、雪がきょとんとしているとそのまま熊田さんに連れてかれてしまった。




※※※




 雪が熊田さんに連れてかれて、三十分ほど経っただろうか。

 一人で作業をやっていると思ったよりも効率が悪く、脚立に上って下ってを繰り返す羽目になってしまった。


 そんなこんなで手間取っていると、白色のダウンジャケットを着た、ふわふわのボブカットの女に見つかった。


「あれ、歩じゃん。何してんの?」

「げっ」

「げっ! って何よ。げっ! て」


 そう言って、星野がトコトコ近づいてくる。


「見てのとおり、蛍光灯の交換だよ。リーダーに頼まれた」

「へー早速働いてるんだ」


 誰のせいだと言いかけたが、ぐっと黙っていることにした。


「何かやりづらそうにしてるね」

「……一人だと蛍光管受け取って渡してくれる人いないからな」

「私、手伝おっか?」

「結構です」


 はっきり即答する。


「えー、冷たいなー。そんなに昔フッた女と話したくない?」

「お前なぁ」

「まぁそう言わずにほら、二人でやったほうが早いでしょ!」


 そう言って、作業に強引に加わる。昔からこいつはそうだった。


「そういうところは全然変わってないのな」

「歩だって、見た目全然変わってないよ。この前見たとき一発で分かったからね」


 星野は下に置いてあった蛍光管を取り、それを俺に渡す。


「今日は妹ちゃんいないの?」

「あぁさっき熊田さんに連れてかれた」

「あー、あっちも人手不足みたいだから。なんかね、あんまりこういう作業って進んでやる人いないんだってさ」

「そりゃぁな。そういう星野はどうなんだよ」

「私も熊田さんと同じ食料当番だよ?」


 そうだったのか。女性は基本、そっちに作業が分配されるのかもしれない。


「――ってか星野呼びなんだ」

「……それ以外なんて呼べばいいんだよ」

「あのときのあなたは、幸 《さち》って名前で呼んでくれてたのになぁ」

「お、お前よくそういう言いづらいことはっきり言えるな!」

「私にとってはいい思い出だし」


 星野が悪戯顔でそう言ってきた。昔からこいつには口では敵わないのだ。




※※※




「あっ、兄さんいたいた!」


 星野と作業を進めていたら、駆け足で雪が戻ってきた。あの様子を見ると随分探し回ったらしい。


「雪ちゃんこんにちは!」


 星野が元気よく雪に挨拶をする。


「あっ……星野さんいらっしゃったんですか」


 一瞬で身構える雪。

 そういえば、こいつ割と人見知りするほうだったなと思い出す。


「おー! 今日は制服着てるんだね。可愛い!」

「……星野さんは何されてるんですか?」

「見てのとおり、歩の手伝いだよ。雪ちゃん熊田さんとこ行ったっていうから」


 ちらっと雪がこちらを見る。


「そうだったんですか、じゃ私変わります」

「いいって! いいって! もう少しで終わるみたいだから雪ちゃんは休んでて」

「大丈夫ですから、変わります」


 雪はそういうとやや強引に星野の場所に割り込む。


「ありゃりゃ、そこまで言うなら仕方ないか。あとは任せたよ歩、雪ちゃん」

「おう、手伝いありがとな」


 雪の挙動に星野が驚きつつこの場を後にする。

 若干、笑顔が引きつっていた。


「雪、今の感じ悪くないか?」

「……」

「まぁ、早く終わらせて帰るとするか」


 そう言って脚立を持ちあげて、次の現場に行こうとする。


「――だって仕方ないじゃん」


 雪がボソって何か言ったがよく聞こえなかった。

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