第15話 嵐のあと

 しばらく、ゾンビの様子を観察していたがこちらに来る様子はなかった。


 熊田さん宅にいくつものゾンビが群がっていたが、街灯の灯りだけでは詳しい状況を把握することはできなかった。


 雪にこのことは伝えていない。

 ただ心配させるだけだからだ。


 もうしばらくすると、ゾンビたちは次第に引いていきサイレンのような音も遠巻きになっていった。


 その間、雪は押し入れの中で布団を被り身を隠していた。

 しきりに「兄さんいる?」と声をかけてきてたので、俺も雪が傍にいることを確認しながら窓の外の見張りをすることができた。


 そうこうしていると、次第に空が段々白ばんできた。


 もう行ったのかな……。


 一部を除いて、いつも通りの窓からの景色を見て一旦身の安全が取れたと安堵する。


「兄さん、もう大丈夫そう?」


 押し入れの中から雪が出てくる。


「あぁ、一旦は大丈夫そうだ」

「――良かった」

「ただ、まだ外がどうなってるか分からないから部屋からはしばらく出ないようにしよう」

「うん、分かった」


 ぐぅぅうううう。


 お腹の音が鳴った。雪のではなく俺のだった。


「ふふっ、安心したらお腹減っちゃったね。何か食べよっか。この前の煮物の残り食べる?」

「……あぁ」


 そう言って一旦腹ごしらえをすることにした。熊田さんのことは気になっていたが、あえてそのことは思い出さないようにした。




※※※




二月初旬


 そうして三日が経った。

 

 その間、この前の夜のことは何もなかったかのごとくいつもの日常を過ごしていた。


「兄さん今日のご飯はー?」

「焼き鳥缶」

「それ昨日も食べてなかった?」

「これうまいからな、タレだけでご飯がすすむ」

「分かるけど分かりたくない」


 そんないつものやり取りをしていた。

 雪もしばらくは元気がない状態だったが段々といつもの調子に戻ってきた。


「熊田さん、大丈夫だったかな」


 ふと、雪がそう呟く。


「あっ今日はベランダにいるかな、カーテン少し開けても大丈夫だよね?」


 そう言って、三日間閉めっぱなしだったカーテンを開ける。


「あっ、おい!」

 

 止める前に雪がカーテンを開けてしまった。


 ――雪が見たのは、ボロボロになった熊田さん宅だった。

 ガラスは割れ、綺麗に手入れをしていた家庭菜園も踏みつけられぐちゃぐちゃになっていた。


「に、兄さんこれ……」

「……」


 熊田さん宅だけが、その惨状なのだ。

 他の放置された家は特になんでもなく熊田さん宅だけがボロボロになっていた。


「えっ、え」


 言葉が出ない様子の雪。


「雪、熊田さんはきっと避難してるよ。だから」

「う、うん」


 今にも泣きだしそうな顔で声を絞り出す。俺も目から何かが出そうだったがぐっとこらえる。


「あっ!!!」

 雪が双眼鏡で熊田さん宅を観察していると、急にひときわ大きな声を出した。


「兄さん、熊田さんあそこにいるよ!」


 そこには玄関で大きなカバンと荷物を持った白髪ですこしふくよかな女性がいた。




※※※




「熊田さん!!」


 そのまま行ってしまいそうだったので、急いで外に出て声をかける。


「あぁ、雪ちゃんとお兄さん」


 ニコッと笑いかけられたがどこかその表情に元気はなかった。


「あぁ、見ての通りこの家こんなになっちゃってね」

「心配してたんですよ、良かった避難されていたみたいで」

「えぇ、緊急速報でたから一旦避難所に行ってたの」


「……避難所なんてあったんですか」

「――えぇ雪ちゃんのとこは回覧回らないですもんね。雪ちゃんたちにも声かけたかったんだけどそこの避難所人数制限が厳しくてね・・・ごめんなさいね」


 ぺこっと頭を下げる熊田さん。


「いえ、いいんです。こんな時ですから。ご無事なら何よりです」

「私もすごく心配しましたし、そういうの気にしません」


 雪もそう続く。


「あの、雪ちゃんたちさえ良かったら今から一緒に避難所行かない?一緒にくればリーダーのこと説得できるかもしれないから」


 この話をするのはバツが悪かったのか、気を使ってそう提案してくれる熊田さん。


「……」


 正直、避難所に行くメリットはほとんどなかった。

 食事も睡眠スペースも不自由していなかったからだ。

 ただ、熊田さんの好意を無下にするのもどうかなと考えていると、雪が先に返事をしてしまった。


「分かりました、行ってみます」


(「お、おい」)


 熊田さんに聞こえないようヒソヒソ雪と話をする。


(「だって断りづらいんだもん」)

(「そうだけどさ、ノーと言えない日本人め」)

(「行くだけいってすぐ帰ってこよう兄さん」)


「どうしたの二人とも?」


 熊田さんが不思議がって声をかける。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて、あの無理なら大丈夫ですから」

「そのときは本当にごめんなさいね・・・」

「いえ、おかまいなく……」


 そう言って、熊田さんについて行くことにした。




※※※




 避難場所は最寄りの大型ショッピングセンターだった。

 うちのアパートから徒歩で十分も歩けば着いてしまう位置にある。


 俺もここには物資調達で何回かきたときがあったが、いつの間に避難場所にされていたのかとちょっと悔しがる。


 意外と人が多く、視界に入るだけでも二十人くらいはいる。

 裏のバックヤードに連れてかれ、熊田さんが早速交渉に入る。


「溝口さんこの子達、私の近所の兄妹なの。町内会には入ってないんだけど、何とかここに入れてもらえないかしら」


 四十代半ばくらいだろうか、溝口さんと呼ばれた黒いタンクトップを着た男性は、角刈りの強面で一見ヤクザとかそっち系の人かと思ってしまう。


「しかしねー、熊田さん。ここも食料が無限じゃないからあんまり人を増やすわけにはいかんのですよ」


 低い声で拒絶の姿勢を見せられる。


「あの、俺たちご迷惑おかけするようなら――」


 そう言いかけたとき、大きな声が聞こえた。


「あっ!!!」


 やや茶色のふわふわのボブカットの女が話かけてきた。


「歩じゃん!無事だったんだ!」

「げっ」


 あまり会いたくない顔が飛び込んできた。

 こいつの名前は 星野 幸 (ほしの さち)。


 ……俺の元カノだった女だ。

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