第14話 「助けてください」

 アパートでやり過ごす方法を選んだのはいくつか理由がある。


 一つは、感染者の行軍とやらがどこからくるか分からない以上どこに避難していいのか分からないこと。


 車で避難している最中にもし鉢合わせとかになったら最悪だ。もう一つは車の燃料問題だった。


 いつ来るか分からない行軍とやらに備えて、雪と窓の補強などをしていた。


「私、ゾンビって近くで見たときないんだよね」

「そんなの俺もだよ」


 テレビなどでやっている情報のみで、それが本当に危険かどうかは肌で感じていない以上よく分かっていないのが現状だった。


 玄関ドアには洋間にあったダイニングテーブルを置き固定する。

 ガラス窓には養生テープを張り簡単に割れないようにする。


「なんかこれじゃ、台風のときみたいだね」

「かもな」

「何もないとこには来ないと思うからあとはこっち側に来ないことを祈るのみだな」

「そうだね、ここのアパートって大通りから外れてるし多分大丈夫な気がするけど」


 願望込みのやや楽観的な見解を二人で話す。


「熊田さん大丈夫かなぁ」

「大丈夫だよきっと、なんせここの部屋より大きいうち住んでるしな」


 さきほど熊田さんが留守にしていたことはあえて話さなかった。本当に寝ているだけだったかもしれないし、いなかったことを雪に話してしまえばそれこそ不安がるに違いなかったからだ。寝ているだけだったら、先ほどのスマホの爆音で起きているだろう。


「そうだよね、熊田さんきっと大丈夫だよね」


 そう雪は言ったが、心配そうな顔は隠せていなかった。




※※※




「まさか兄さんが買った双眼鏡がこんなに役立つ日がくるなんて」

「そのために買っておいたのだ、えっへん」

「絶対ウソ」


 熊田さんとバルコニーでやり取りするときに使っていた双眼鏡を手元に置く。


 窓から外の様子をうかがうためだ。


 ちなみにこの双眼鏡は俺が趣味を山登りとかキャンプとかにしようと考えていたときがあって、無駄に購入していたものだった。


「結局、アウトドア系やらなかったもんね」

「機会がなかっただけだ機会が」


 仕事をしていると、どうしても貴重な休日をそういうアウトドア関連にあてがうことができず、道具だけ揃えたが宝の持ち腐れになってしまっているものがいっぱいあった。まぁ、不幸中の幸いか今はこうして役に立っていいるので良しとしよう。


「その行軍っていつ頃くるのかな」

「さぁな、とりあえず夜はやめてほしいかな」


 夜になってしまうと、外の様子を見ることが難しくなってしまうからだ。


「雪、ここでいくつか約束事を決めよう」

「約束事?」

「そう、何かあったときの約束事」


 そう言うと、雪の顔が真剣な顔色に変わる。


「何か危険なことがあったら自分の身を一番にすること、もし俺の身に何かあっても自分の身だけを考えろ」

「……」


 雪から返事はない。


「あと一つ決めておきたいことがある」

「決めておきたいこと?」

「もし、俺たちが離ればなれになったときの集合場所を決めておきたい」

「ここの部屋じゃダメなの?」

「もちろん、ここの部屋は第一候補。ただ何か事情があって、もしここに戻ってこれなくなったときの集合場所も決めておきたい」

「……うん」

「できれば、二人の分かる場所がいいんだけどどこか候補あるか?」

「――公園」

「公園?」

「私と兄さんが初めて話した公園がいい」


 その公園があまりピンとこず少しの間、記憶を巡らす。


「忘れてるでしょ」

「そ、そんなことは」

「家族の初顔合わせのときのこと覚えてる?」

「―――あぁ」


 あの時の公園か、ようやく思い出した。


「お前、抜け出してさぼってた公園か」

「兄さんもじゃん」

「よく覚えてるな。オッケー、じゃあそこにしよう」


 そう言って補強作業に戻ろうとすると、雪が俺の上着の裾を引っ張り何か言いたげにこちらを見つめてくる。


「どうした、言いたいことがあるならちゃんと言え」

「――兄さん、他にも約束してほしいことが」

「なんだよ」

「絶対に離れないって約束して」


 今にも泣きだしそうなか細い声でそう言う。


「……分かったよ、それに前にも一緒にいるって約束しただろ」

「うん」


 そう言って頭を撫でてやる。


「もし約束破ったら呪ってやるんだから」

「えっ、普通に怖いんだけど」


 そう言うと少しいつもの調子の雪に戻った気がした。




※※※




 夕方の六時を回った頃だったろうか。遠くからサイレンのような音が聞こえてきた。


「雪、部屋の電気消して、あとカーテンも」

「うん」


 雪に電気を消すよう指示をする。今まで気にしていなかったが、明かりがあるということはそこに人がいるということを教えているようなものだからだ。


 ……ゾンビがそこまで知能があるかは不明だが。


 ちらっと熊田さん宅を見るが明かりは付いていなかった。


 閉めたカーテンを少しだけ開けて窓から、街灯の明かりを頼りに双眼鏡で大通りのほうに目をやる。他の家が邪魔ではっきりとは見えないが、特に異常はなさそうだった。


「なんの音なんだこれ」


 段々近づいてきているような気もする。かと言って、何ができるわけでもないので部屋の一番奥にある和室の角で雪とその音が過ぎるのを待つことしかできなかった。




※※※




 六時を三十分ほど過ぎた頃だったろうか、そのサイレンのようなものは鳴りやまず段々と大きさが増していった。


 しばらく窓から双眼鏡で外をうかがっていたのだが、明らかな異常事態を発見してしまった。


「雪、こっちにゾンビが何体かきてる」

「……えっ」


 このアパートに繋がる、小さな道路ににゾンビが一体、二体、三体と続々とこちらに向かって来ているのが見えた。


「雪、押し入れに入って身を隠して」

「に、兄さんも早く!」

「俺はもうちょっと外の様子見てる」


 動きは遅く、身なりもグロテスクとはほど遠いものだったが明らかに動きが常人とは異なるものだった。


 (「なんだろう糸に引っ張られた操り人形みたいだ」)


 と、率直な感想が思い浮かぶ。足と手の動きがちぐはくで気持ちが悪い。

 もしこのゾンビがこちらを包囲するような動きになったら、クルマでの脱出も考えなければならない。


 道路のゾンビは視認できるだけで10体ほどになっただろうか。増えるほどにサイレンのような音が大きくなっている気がするので、もしかするとこの音はゾンビのうめぎ声のようなものかもしれない。


 手には汗が、背中には冷たいものが走る。今この瞬間の判断を間違えるわけにはいかない。観察して一番最良の方法を選ばなければ。


 そうすると、一番先頭にいたゾンビが200メートル先の熊田さん宅近くまでやってきた。


 (「頼む、このまま通り過ぎてくれ・・・」)


 息を潜んで見守っていた。


――が、それは予想外動きをした。


 先頭のゾンビが熊田さん宅に入っていったのだ。


「えっ」


 あまりにも予想外の動きに混乱する。なぜ、ピンポイントに熊田さん宅に?なぜ、どうして。


 そんな混乱を他所に、ゾンビは二体・三体と熊田さん宅になだれ込んでいく。


 こちらのアパートまで来る様子はなく、熊田さん宅が目的地であったかのようにそこ目掛けて次々とゾンビが入っていく。



 その瞬間、


 「「助けてください!!!」」


 サイレンのような音ではっきり聞こえなかったが、どこかで聞いたときがある声が聞こえた気がした。

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