第11話 引きこもれない引きこもり達

 決して、誰かに感化されたわけではない。


 感化されたわけではないが、ふつふつと俺も何かやろうという気持ちが湧き上がってきた。


 そう、俗にいう今日はやる気スイッチオンの日だった。


「兄さんどうしたの。今日起きるの早くない?」

「今日の俺はひと味違うのだ」


 せっせっと着替えをする。

 やや太めの茶色のチノパンに灰色のパーカーの上に黄土色のジャンパーを羽織る。


「え、どこか出かけるの?」


 雪が心配そうに声をかける。


「出かけないよ、下の車のメンテやろうかと思って」


 アパートの下の駐車場には、ややくすんだワインレッドのコンパクトカーが止まっている。


 パンデミックが起きる前に俺が使っていた車だ。


 燃料問題もあり、パンデミックが起きてからはほとんど使っていなかった。


 車に関して知識がない俺は、故障などしたときに対処しようがないのであえて使わないでいたのだ。ちなみに燃料は九割ほどあり動かないわけではない。


「私も何か手伝おうか?」


 雪が声をかけてくる。


「大丈夫、ちょっと動作の確認と備蓄の整理するだけだから」


 雪にそう言って下の駐車場に向かうのであった。




※※※




「よし、ちゃんと動くな」


 試しに一度エンジンを入れ、ちゃんと動くことを確認した後、ホコリが被ったフロントガラスを拭きながらフロントドアとバックドアを全開にして空気の入れ替えを行う。


「毎日乗ってたんだけどな」


 俺の住んでいる地方は、典型的な田舎あるあるの自動車文化だった。どこに行くにしてもクルマを使っていたし、大型のスーパーもクルマを意識した大規模な駐車場ばかりであった。かくいう俺もその例に漏れず、パンデミック前はほぼ乗らない日はないというくらい毎日乗っていた。


「ほっといて悪かったな、相棒」


 特にクルマが好きなわけではなかったが、しばらく走っていない車を見ると悪いことしてしまった気がしてしまいそう呟く。


 車のトランクを開ける。

 ここにアパートに備蓄されている食料のほか、緊急用の保存用の食料なども保管している。


 ぎっちり詰め込んでいるので、トランクを開けた瞬間、一部の荷物がぼたぼたと落っこちてきてしまった。


 それを拾い上げ、再度整理すべく後部座席に荷物を広げる。缶詰に、乾パン、レトルト食品などをひと通り確認し、トランクに整理して戻す作業を繰り返す。


 食料の管理と車の動作確認は俺にしては割とマメにやっているほうだった。食料は言わずもがなであるが、車にもわけがあった。


 ――それはいざという時の逃走の手段としてであった。


 このアパートにいつまでいられるか分からないという不安がある以上、いざというときの“足”は必ず必要だったのだ。


 それは、ゾンビによるものかもしれないし別のトラブルからここのアパートを離れるしかないときかもしれない。そういった、どうしようもないときのリスク対策としてエンジンとタイヤの確認はしきりに行っていた。


「そういうときが来ないことを祈るしかないんだけどな。その時は頼むぞ相棒」


 そう言って、点検した荷物を綺麗に整理し、フロントガラスを綺麗にした。そして、使うことがないことを祈るように後部座席の下にある木刀をそっとしまうのであった。




※※※




「あっ、兄さんおかえり」


 朝イチで出て行ったのに、なんだかんだ作業をしていたら時間はお昼を回っていた。

 机の上には珍しく雪が用意した昼食が並んでいる。


「今日は兄さんが頑張ってたので私も頑張ったよ」

「おぉー何か豪華」


 ご飯に味噌汁に煮物が綺麗に机に盛り付けられている。


 おまけにホットケーキミックスで作ったであろうパンケーキがデザートとして並んでいた。


 ちょうど腹ペコだったのでありがたい。


「うまい!うまい! いつの間にこんなにできるようになってたんだ!」

「ふふふ、私だって成長するんだよ」

「雪の料理できないは返上だなぁ」


 雪は決して器用なほうではない、どちらかというとぶきっちょさんだ。何でもそつなくこなすイメージのある雪だが、その裏にはいつも人知れぬ努力があったのを知っている。だから、ここまでなるのにはそれなりの努力があったのだろうと少し感激する。


「クルマどうだった?」

「とりあえず問題なし。エンジンかかるしまだ大丈夫だと思う」

「なら良かった、何もなければこういう日はドライブとかできたのにね」

「そうだなー、燃料入れられないってのが一番ネックだな。感染もゾンビの情報も全然入ってこないし気軽にお出かけはまだ出来ないな」

「もし何もなくなって、兄さんとドライブ行くときは私がお弁当作るね」


 張り切っている様子の雪。俺とドライブ行くことを前提にして色々妄想をめぐらせる。


「高速のインターとかで休憩して、アイス食べたりするのもいいよね」

「あー、結構賑わってるとこあるもんな」

「それでね、お寺巡りとか紅葉狩りとか行きたいな」


 行きたい場所が年寄り臭いと思ったが、雪が楽しそうにしているので黙っておこう……。


「そうだな。世の中が元通りになったら一緒行こうな」

「ほんと!? 約束だからね兄さん! 私行きたいところいっぱいあるんだ」


 根っからのインドア体質の俺だが、雪といると引きこもれない引きこもりが誕生しそうだと心の中で苦笑いした。


「山登りとかもいいなーのんびりできそう」

「いつものんびりしてるから山はいいんじゃないかな……虫とかいそうだし、熊も怖い」

「そんなこと言うなら、兄さんはのんびりしたいときはどこ行きたいの?」


「このアパートの中でいいんじゃないかな」

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