第10話 おいしい煮物の作り方

「雪ちゃんって可愛いと思わない?」


 熊田さんがそう俺に問いかける。

 今日は、熊田さん宅にお邪魔していた。雪が煮物の作り方を熊田さんに習うとか言い出したのが発端だ。


「兄さんが煮物好きなら私熊田さんに習ってみようかな。特に他にやることもないし」

「なんだよ、どしたんだよ急に。明日雪でも降るのか。」

「兄さんに料理できないっていじられるの防止のために習ってみようかと」


 雪の部分は華麗にスルーされる。雪の雪って何か面白いなとくだらないことが思い浮かぶ。


「そんなにいじってたっけ」

「いじってた」


 何やら、雪のやる気スイッチに火が付いたらしい。


「まぁ、熊田さんも話相手ほしいって言ってたし言うだけ言ってみたら」

「うん」


 そんなこんなで今にいたるのだ。


 もちろん熊田さんは快諾してくれた。むしろ、熊田さん自身が飛び上がるくらい喜んでいた。「娘が帰ってきたみたいで嬉しいわ」と言って、手取り足取り教えてくれていたのだ。


 ちなみに、俺はただの付き添いで熊田さん宅にいる。雪が習っている間はリビングにお地蔵のように座っている。人のうちってなんでこうも居心地悪いんだろう。そんな俺を見かねてか、熊田さんが積極的に話をふってくる。


「ねぇねぇ、雪ちゃんのお兄さん、雪ちゃんって可愛いと思わない?」


 本人がいる前で、ニコニコとこっちに悪気もなく聞いてくる。最初は聞こえてないフリしたのに……。


「……さぁどうでしょうね」


 なんとなく気恥ずかしいからそう誤魔化す。


「あらー、こんなに雪ちゃんはお兄ちゃんのことが大好きなのに肝心のお兄ちゃんは冷たいのね」

「い、いいんです。兄はいつもこうですから」


 大根を切りながら、女の園で話がはずむ二人。

 邪魔しちゃ悪いなと思い、俺は再びお地蔵に戻るのだった。




※※※




「ほんとにいい子よね、雪ちゃん」


 熊田さんが俺の向かいのテーブルにどかっと腰を下ろす。

 雪はキッチンでコトコト煮込んだ鍋とにらめっこ中だ。


「あんなに真剣になって。大好きなお兄ちゃんに食べてもらうのに失敗したくないのね」

「そんなもんですかね」

「女の子が料理覚えたいって言ったときは好きな人に食べてほしいときなの。それをちゃんと覚えておいてあげてね」


 熊田さんが優しい顔でそう言う。熊田さんが言うその好きがどの好きを指すのかは俺は分からなかった。


「善処します」

「よろしい」


 熊田さんが優し気にそう言う。


「今日はごめんなさいね。雪ちゃんとお兄さんが来てくれたからはしゃいじゃって」

「全然そんなことないですよ。こちらこそ色々ご迷惑おかけしてすいません」

「迷惑なんてことないのよ? 雪ちゃんの反応が面白いからついついからかっちゃってはしゃぎすぎちゃったわ。調子に乗りすぎて嫌われてないといいのだけど」

「そんなにからかってましたっけ?」

「ほら、私ね。いつも、お兄さん大好きねって雪ちゃんに言うじゃない?」

「あー」


 その話すると俺まで気まずくなるからやめてほしい話題ではあった。


「雪ちゃんって、絶対に大好きって部分否定しないのね、それが面白くてついね。あの年頃の女の子なら意地張って否定しちゃってもおかしくないのにね」


 ニコニコと明るい表情で熊田さん言う。

 言われてみればそうだった。


「だから、素直でいい子ねって。私なんかが言わなくてもだと思うけど大切してあげてね」

「分かりました」

「ふふっ。お兄さんも素直ね」


「ちゃんと良いことはいいって、好きなことは好きって伝えてあげてね、ありがとうとか好きだよって言葉に出すの大切なんだから。こんなご時世だから、傍にいてもいついなくなっちゃうか分からないんだからね」


 優しい顔をしていた熊田さんが目を細めて、さっきまでの表情とは一転寂しそうな表情を見せる。


「……熊田さんは娘さんがいたんですか」


 先ほど、熊田さんは「娘が帰ってきたみたい」だと言っていた。そこが引っかかっていて、聞きづらいことではあったがつい聞かずにはいられなかった。


「……雪ちゃんよりずっと年上だけどね。お嫁に行って、孫が3人できて幸せだったのよ。この家も娘の旦那様に建ててもらったの。これから一緒に住もうって。それがもう嬉しくてね。旦那も喜んじゃって」

「そうだったんですか……」

「あっ! 勘違いしないでね。別に亡くなったわけじゃないのよ。ただ遠いところ……シェルターに行っちゃってね。私たちはこの家が捨てられなくてここに残っちゃったの」


 話の流れ的に、娘さんはもう亡くなってしまっていたものだと推測していたのでこの話を聞いてホッと胸をなでおろす。


「……すいません。ずけずけと色々聞いてしまって」


「兄さーん! 熊田さーん! できたよーーー!」


 空気を読まずに雪がうきうき声でキッチンから声をかける。

熊田さんは嬉しそうに顔をクシャっとさせて、


「しめっぽい話はそこまで! 雪ちゃんの試食に行かなきゃね」

「分かりました。すいませんでした」


 ぺこっと頭を下げると、俺の頭をぽんぽんと熊田さんが叩く。20半ばでも熊田さんから見ればまだまだ子供なのかもしれない。


「気にしないで、こちらこそ聞いてくれてありがとね」


 ニコっとこちらに笑顔を見せるのだった。




※※※




「兄さんどうおいしい?」


 雪が身を乗り出して聞いてくる。


「悔しいけどうまい……! 最初なのによくうまく出来たな」

「熊田さんの教え方がうまかったから!これで兄さんにもう料理できないってバカにされないね!」

「料理って煮物だけじゃないんだけどな」


 おいしく出来た煮物をパクパクっと食べる。大根の味が染みてておいしい。


「よかったー。そんなにいっぱい食べてくれるならこれからいっぱい頑張ろうかな」

「期待してるよ」

「ホントに期待してる?」

「すっごい期待してる」


 よーしっと張り切る雪。

 ふと熊田さんの言葉を思い出す。


「雪」

「? どしたの兄さん」

「俺のために頑張ってくれてありがとな」

「べ、別にに兄さんのためじゃないし!!」

「それでもありがとうな」

「……ど、どういたしまして」


 そう言うと、雪は目線をあわせてくれなかったが声色からきっと機嫌は悪くないのだろうなと感じた。

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