第9話 スマートでもフォンでもない

「うまーーー」


 熊田さんからいただいた煮物を早速いただいていた。


「ジャガがうまい、大根もうまい、全部うまい!」

「兄さんうるさい」


 俺が、煮物のおいしさにもだえてると雪があくまでクールに言ってくる。

熊田さん宅に着ていった制服は帰ってきてもそのまま着ていた。


「そういえば、制服脱がないのか?」

「……兄さんのエッチ」

「なんでやねん」


 思わず関西弁になる俺。


「いや、制服ってカッチリしてるから疲れないのかなと思って」

「んー、まぁ疲れるといえば疲れるけど折角来たんだからもったいないかなと思って、それに今日はちゃんと仕度したのに誰かさんは何も言ってくれないし」

「あー、はいはい今日も雪は可愛いぞ」

「全然気持ちが入ってない」


 つまんないって言った表情で、部屋に着替えに戻る雪。襖はぴしゃりと閉められてしまった。


 雪が行ってしまったのでなんとなくスマホを取り出す。回線は入っていない。

 電気などのライフラインは生きているので充電などはできるが、スマホなどのネット回線は一部を残し使えなくなってしまった。

 その一部も、緊急時の連絡のニュースが突発的に入ってくるのみとなっており、本来の役割であった連絡や娯楽などにスマホは使えなくなっていた。。シェルターに入っている偉い人が、一応外の人間のことも気にしてこの機能を残しているのだろうか。ちなみに、その緊急時の連絡があるときは爆音の着信音が鳴るのだが、その音がやたら不安を煽る音であまり好きではない

 なんとなく過去のニュースのトピックスに目をやる。トピックスのほとんどはゾンビ対策だった。

 

<シェルター またも入場制限>

<感染症の名 アンデッドシンドロームに決定>

<動く屍の習性とは 身を守るために>

<感染しないための10の対策>


 過去のものだったが、俺は何度か見返していた。この引きこもり生活を守るうえで、知っておかなければならないと思ったからだ。

 その中でも役に立ちそうな、<動く屍の習性とは 身を守るために>を何度目か分からないクリックをしてみる。



―――――――――――――――――――――――――

 <動く屍の習性とは 身を守るために>


 この記事では、現在分かっている動く屍の習性を記載いたします。

なお当該記事では、動く屍の名称は現時点で政府で公表された名称がないため、様々な団体に配慮し、単純に「感染者」と呼ぶこととする。


①感染者が人間を噛むことは稀である 

②感染者の動きは遅い 近づかないためにできること

③感染者は群れで行動する

④感染者は同じ感染者を探す

⑤彷徨える感染者はどこか向かっている? 法則から見る安全地域

⑥家族が感染者になってしまったら

―――――――――――――――――――――――――



 各見出しから詳しい記事にリンクが貼って会って飛べるようになっているが、その中で唯一記事がある。それは一番下の項目であった。


「兄さん、何見てるの?」


 着替えを終えた雪が部屋から出てくる。

 灰色のパーカーに黒いショートパンツを吐いたラフな格好になっている。低めのサイドポニーになっていた髪型は、髪留めをとっていつも通り下してあった。


「ゾンビ対策のトピックス見てただけだよ」

「へ―珍しい」

「どうせちゃんと見ても、近づかないこととかしか書いてないから面白くないんだけどな」

「あー、私も一通り見たけどそうだよね。最後は決まって自己責任だし」


 ポイっとスマホを敷きっぱなしになっている布団の上に投げ捨てる。


「というか、電話できないからこれフォンじゃないよな」

「ネットもできないからスマートでもないよね」

「スマートってそういう意味だっけ?」

「さぁ?」


 珍しく適当に雪が言う。


「ゾンビの名前もそうだけど偉い人って定義付け気にするよねー」

「あー、何かゾンビも色々呼ばれてるしな、某海外ドラマにちなんで“ウォーカー”とか何かかっこよく“リビングデッドとか」

「名前がどうとか別にどうでもいいよね」


 そう言いながら雪がキッチンに飲み物を取りに行く。


「兄さんも何か飲む?」

「雪と同じやつでいいよ」

「はーい」


 お湯を沸かし粉のコーヒーの準備をする。


「まースマホってあれば便利だけど、なくても別にみたいなのあるよな」

「それって兄さんに友達いないからじゃ……」

「んなことないわっ! 100人はいたわ!」

「へー」


 ニヤニヤとする雪。


「そういう雪さんこそお友達いないんじゃなくって」

「なんで、微妙におねぇ口調に。ほ、ほら私の場合は、クラスのグループラインとかあったから」

「それって特別親しい友達いなかっただけじゃ……」

「兄さんは細かいことうるさいなぁ」

「まぁそう言わずにボッチ同士頑張ろうぜ」

「仲間にされた」


 雪が出来上がったコーヒーを持ってきて「はいどうぞ」と俺の前にコーヒーを置き、俺の向かいのイスに腰をつく。


「大体、引きこもりライフをするうえにスマホなんて余計だっつーの」

「えーなんで?」

「スマホなんて持ってたら、休日でも仕事の電話くる」

「社畜じゃん」


 クスクスと雪が笑う。


「けど、携帯でデートの待ち合わせとかするの憧れだったかな」

「それは今後に期待だな」

「なんかバカにされている気がする」


 むすっと頬をわざとらしく膨らませる妹。


「……兄さんはそういった約束したことあるんですか?」

「そもそも携帯でメールとかすらあまりない」

「兄さんも全然スマートじゃないね……」


 少し甘めのコーヒーを啜りながら雪がそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る