第6話 開けっ放しの襖

 アパートにも色々な間取りがある。


 1部屋タイプの1Kタイプや2階建て形式のメゾネットタイプ。

 広ければ広いほどそれなりに家賃は上がるし、築年数が新しければやっぱりそれなりの家賃になる。


 当初は俺一人の一人暮らしの予定だったので特に何もこだわりがなく住むアパートを決めた。築年数は35年とそれなりに経っているが洋室と和室の2部屋タイプで2階の角部屋だったし、それなりに職場からは近かったので自分ではそこそこいい所が借りられたと思っていた。


 少し車を出せば大型のショッピングセンターもあったし、辞めてたからはほとんど行かなくなったが昔勤めていた中型のスーパーも近くにあった。


 国道から少し外れた場所にあるうちのアパートは、閑静な住宅街にあり、同じようなアパートが数件立ち並んでいるような場所だ。


 パンデミックが起きる前はそれなりに人の出入りがあり近所ですれ違ったときは隣人に軽く挨拶することなどもあったが、今はそもそも人が見当たらなくなってしまった。




※※※




「兄さん、向こうのおばあちゃん今日も大丈夫だって」


 洋室にあるバルコニーから雪が話しかけてきた。


「そっか」


 と、返事を返す。


 うちのアパートから空き地を挟んで200mほど行ったところに比較的新しい一戸建ての家がある。そちらを見るとちょうどそのお宅の2階のベランダが見える形となっているのだ。うちのアパートとは違い、日光浴ができそうなくらいベランダは広い。

 毎朝、8時くらいになると雪はお互いの生存確認ではないが向こうの白髪のぽっちゃりとしたおばあさんと手を振ったりなどしてやりとりしている。


「ほら、これ使って」


 と、雪が双眼鏡を渡す。

 その双眼鏡をのぞき込むと、そのおばあさんが「今日も頑張ってね!」と大きく書いたスケッチブックを頭の上にめいいっぱい掲げてフリフリ横に揺らしていた。

 ほとんど人がいなくなってしまったため、こういったやり取りは本当にありがたみを感じる。

 俺はそのおばあさんに心からぺこっと頭を下げ室内に戻った。


「あのおばあさん可愛いよね」


 雪がどこか優しい表情で言った。


「そうだな、顔はよくわからないけど仕草がかわいい」

「……可愛いですかそうですかー」

「なんだよ、自分から言っといて」

「べっつにー、妹として兄が熟女好きなのを心配しているんです」

「熟女がすぎる」


 俺がそう返すと、雪がわざとらしく肩をすくめながら自分の部屋代わりにしている和室に戻っていった。




※※※




 雪は現在奥側の6畳の和室を使っている。ここに住むときにどうしてもそこを寝室にすると譲らなかったのだ。

 うちのアパートは玄関から手前に洋室があり、奥側に和室がある。和室のほうが好みだった俺は年下の雪に泣く泣く部屋を譲った形である。


 開きっぱなしの襖から雪の声が聞こえてくる。


「今日はあったかいから眠くなるねー」

「いつも暇なとき寝てるだろ」

「それとこれとは話が違うよ、やることなくて寝るのと気持ちよくてうとうとーと寝るのは違うよ」

「一緒だ一緒、あーあ花の女子高生がもったいない」

「まだ女子高生じゃないし、それに兄さんだっていつも寝てるじゃん」

「雪と違って俺は歳取ってるから仕方ないのさ」

「兄さんまだ20代じゃなかったけ、あっ! もうすぐアラサーか」

「うっさい!」

「ところでアラサーの兄さん、今日はお昼どうするの?」


 楽しそうに雪が笑みをうかべる。


「この前の辛いラーメン食べちゃわないと」


 俺はアラサーの部分はあえて無視してそう返す。


「えーーー」




※※※




 洋室と和室は襖で仕切られてるだけで普段は開けっ放しになっている。

 閉めるのは寝るときくらいだった。


「たまには和室で飯食わないか?」

「なんで?」

「気分転換に」


 食事は基本的に洋室(俺の部屋)で食べる。

 ちょっとしたダイニングテーブルがあるからだ。


「んー」


なぜか雪が悩んでいた。


「代り映えあるのってご飯くらいしかないし、場所変えてってちょっと思っただけ」

「まぁ兄さんがそうしたいなら別にいいけど」


 なんとなく雪の歯切れが悪かったのでこの話はここまでにすることにした。


「さっきさ、ちょっと気になったんだけど」

「ん?」

「向かいおうちの庭の近くに例のゾンビがちらっと見えた気がしたんだ、気のせいだよね」

「俺は全然分からなかったな。あれってノラ犬と一緒で刺激しなきゃ寄ってこないし、ちゃんと戸締りしてたら大丈夫だと思うけど」

「……そっか」


 不安げに雪がつぶやく。


 たまに大通りなどからまぎれたゾンビがうちのアパートの近くの通りまで来ることがある。近づかなければ基本は大丈夫なのだが、近くにいると思うと黒い色々嫌な感情が湧き上がってくる。


 とりわけ、雪はそういったものについては敏感だった。


「大丈夫、大丈夫だから」


 自分も不安な気持ちがないと言ったら嘘になるが、雪がいる前ではそういった感情を出すわけにはいかないと気を引き締めた。




※※※




 寝る時間になったので布団に入ったところだった。

 さっきの話からどこか元気がない雪が襖越しにこっちに話をかけてきた。


「兄さん、まだ起きてる?」

「起きてるよ」

「まだ寝ない?」

「布団入ったしそろそろ寝るかなー」

「んー……」


 雪が何か言いたそうにこっちの反応をうかがっていた。


「そっちの布団に行ってもいいですか?」


 たまに雪は、気持ちが不安定なときにこう甘えてくることがある。一人だけだと不安になるときがあるのだろう。


「あぁ大丈夫だぞ、それとも俺がそっち行こうか?」

「こ、こっちはダメ! 私が行きます」


 と、ゆっくり襖をあけておずおずと布団に入ってきた。

 背中にぴたっと抱き着くような形で顔をうずめてくる。

 女の子らしい少し甘い匂いがしてほんの少しドキッとする。


「和室は私の部屋なんで兄さんは簡単に入っちゃダメなんです」

「いつも寝るとき以外開けっ放しなくせに」

「それはそれです」

「なんじゃそりゃ」

「女子の部屋ですから」


 眠気がくるまでそんな他愛のない話をしていた。

 そんな話をしていたら、なんとなくあった昼間の暗い沈んだ気持ちはいつの間にか忘れてしまっていた。

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