第5話 うちの妹は思春期

 今までのやりとりでお分かりいただけたと思うが、うちの妹は絶賛思春期真っ只中なのだ。兄と妹といえど、異性が一緒に住んでるのでどうしてもその手のハプニングは発生してしまうのだ。


 その度に、えっちだのいやらしいだの言われて最近兄の尊厳がなくなってしまっているように感じる。今日はバシッと雪に兄らしいところを見せてやろうと思う。




※※※




「雪、ちょっとこっち来なさい」

「どしたの兄さん?」


 読んでいた小説を止めて、こちらに来るように呼び掛ける。

トコトコと雪がやってきてイスに腰を下ろす。テーブルを挟んで向かいあわせの形となる。


「今日は家族会議を行います」

「2人しかいないのに……。議題は何でしょう兄さん」


 雪がニコニコしながら聞いてくる。こいつ楽しんでやがるな。


「今日の議題は家の中でのトラブルについてです」

「トラブル?」

「その通り、まず俺と雪は兄妹ですが異性です」

「うん」

「そこで一緒に過ごしている以上、どうしても色々トラブルは起こってしまうのです」

「あぁ、兄さんむっつりスケベ事件のこと?」

「いつその事件が起きた!!!」


 思わず語尾が強くなる。いかんいかん、今日は冷静に話し合わないと。


「ごほんごほん。そんなことで、いちいち目くじらを立ててたら大変だと思わないか雪さんよ」

「目くじらは立ててないよ、兄さんがいつもえっちだからそう言ってるだけだよ」


 こいつ何も分かってない。ここでガツンと言ってやらないと。


「俺は雪のことは兄妹だしそういう目で見てないから。だから雪もそういうの気にしないで安心して過ごしてほしいと思ってる」

「・・・」


 急にしゅんとする雪。少しは分かってくれたかな。


「兄さんは……」

「ん?」

「兄さんは私のことそういう目で見てくれないんですか」

「えっ」


 顔を上げ、今にも泣きだしそうな顔をする雪。


「ごめん、ちょっと一人になるね」


 そういうと、雪は自分の部屋として使っている奥の和室に戻りぴしゃっと襖を閉めた。


「なんなんだよもう……」


 兄として間違ったことは言っていないはずと自分で言い聞かせながらその場に佇んでいた。




※※※




「雪ー、ご飯だぞー」


 夕食の時間になったので雪に声をかける。昼間に話したとき以来、雪は部屋から出てこない。


「今日はいらないもん」


 襖の向こうから声が聞こえる。


「どしたんだよ急に」

「……」


 返事はない。

 昼間の一言が雪を傷つけてしまったのだろうか。


「ゆきー」

「……」

「ずっとそうしてて、トイレ行きたくなったらどうするんだ」

「ほんっと! デリカシーゼロ!」


 襖越しから怒鳴り声が聞こえてきた。怒る元気はあるらしい。ずるっと襖を背中に腰を下ろす。


「……雪」

「……」

「返事はいらないから聞いて欲しいんだけど」

「……」

「俺、この生活気にいってるんだ。仕事も行かなくていいし、大好きな本ずっと読んでいられるし。だから、雪も気楽にそうなってほしいなって思ってる」


 ふーっと深呼吸をする。これ言うの恥ずかしいんだけど仕方ないか。


「別に雪のこと女の子として見てないわけじゃないよ。たまに女の子らしくなったなってドキってするときあるし。大体お前、胸元ゆるい服とか着るなよ。たまにかがむと胸見えそうになってるときあるからな」

「~~~~っ!」


 襖越しから圧を感じたがそのまま話を続ける。


「だから、昼間言ったことは謝るよ。男だからたまーーーにそういう目て見ちゃうときあるよ。だけど、俺は年上だし雪の兄貴だからしっかりしないとなって。なぁ、これ言うの恥ずかしいんだからそろそろ許してくれよ」


 そう言うと、ガバッと勢いよく襖が開く。襖を背に寄りかかってたものだから思わずずっこけそうになる。


「や、や、やっぱり兄さんえっちじゃん!」

「あーあーもうそれでいいよ」


 顔を真っ赤にした雪が抗議のため部屋から出てくる。


「腹減っただろ、一緒に食べよう」

「……うん」


 そう言って一緒に食卓についた。




※※※




「やっぱり兄さんはえっちだった」

「やっぱりって何だ、やっぱりって」

「さっき胸元がどうとか言ってたし」

「……お前そこは兄の名誉のためスルーしろよ」


 さっきとは打って変わってクスクスと笑いながら一緒にインスタントの味噌汁をすする。


「しかもむっつりだし」

「……」


 もうこうなったら黙ることにする。沈黙は金なのだ。


「けどね、兄さん」

「……」

「私、そんな兄さんも嫌いじゃないよ」


 満面の笑みでそういう雪。


「お前なぁ、エッチな俺も嫌いじゃないって言うと遠回しでお前もエッチな子になるんだからな」

「えぇええええ!!」

「アホや、こいつアホの子や……」

「そうなのかな……? そうなのかも……?」

「いやそこは否定しとけよ」


 さすが思春期、いつもクールぶっていてもそういうことには一応興味があるのだろう。どっちがむっつりだかと思ったが言うと怒られそうなので黙っておく。


「しょうがないじゃん! 兄さんの妹なんだから!」


 そして逆ギレされる。さすが思春期、情緒不安定すぎる。

 

 思春期真っ只中の妹と違って大人の俺は何を言われても黙って耐えることができるのだ。さすが俺。

 その代わり、兄の尊厳はいつまで経っても回復しないままであったのだった。

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