第4話 今日は何もしない日 part1

 引きこもりは引きこもりでも、引きこもりなりのやる気スイッチが存在する。

 今日はもしものときの避難セット作ってやろうとか、外に物資調達に出かけてみようとか。


 ちなみに今日はそのスイッチが完全にオフの日だ。


「兄さん、もうお昼だよ。まだ布団から出ないの」

「今日は布団から出ない日なのでおかいまく」


 雪がやや呆れてそう言ってくるが,俺は布団でごろごろと惰眠を貪っていた。


「それ一週間前も聞いたよ」


 教科書を開いて勉強しながら雪が言う。あくまで目線はノートにいったままだ。

 俺の部屋(洋室)にダイニングテーブルがあるものだから,俺の部屋で勉強するのが日課になっている。


「兄さんがあまりにも気持ちよさそうにしてるから私も眠たくなってきたよ」

「人のせいにするのはよくないな。ところでそこの本取ってくれない?」


 布団から出るのが面倒で、雪の後ろにある漫画を取るように頼む。雪が、この前見ていた競技カルタ漫画だ。雪が夢中になって読んでいたので実は俺も気になっていた。


「やだよーだ。見たかったら布団から出てきなさい」

「ぐぬぬっ、じゃあ仕方ない」

「おっ」

 

 やむを得ず、布団から一度出る。雪の後ろの漫画をごそっと何冊か取り、そのままトコトコと布団に戻る。


「戻っちゃダメでしょ!」

「まぁまぁこちら気にせず勉強を続けてくれたまえ」

「なんかむかつくー」


 足をパタパタさせて何かを訴えてくる雪。


「兄さんのせいで私もやる気なくなりました」


 教科書を閉じる雪。


「ダメだぞー、学生はちゃんと勉強しなきゃ」

「今の兄さんに言われても説得力ない」


 とふてぶてしく言いながら雪がこちらに近づいてくる。

 嫌な予感がする……。

 咄嗟の身の危険を感じ、俺の体の一部と化した毛布をがっちりと抱きしめる。


「むー、毛布剥いであげようと思ったのに」

「お前はオカンか」


 「ちぇっ」と雪が悔しそうにする。今日の兄は毛布がある限り無敵なのだ。


「仕方がない」


 そう言うと、足下から俺の絶対領域である布団に雪が入ってきた。もぞもぞっと足元から這い上がってきてスポッと俺の枕元に雪の顔が出る。


「……なにやってんの?」

「同じ布団に入っただけだよ」

「それは知ってる」

「兄さんが悪いんだよ、私を眠くさせたんだから」

「不可抗力すぎる」


 仰向けで漫画を開いていた俺の左腕に無理矢理頭を乗っけてくる。雪の長い黒い髪が顔元にわしゃわしゃっときてこそばゆい。

頭の位置を微調整して、何やらこっちの漫画を一緒に見ようとする算段のようだ。


「雪さん」

「はい、何でしょう兄さん」

「すっっごく見づらいんだけど」

「私もです」

「じゃあここから出ろ」

「嫌です」


 毅然と言い放つ雪。

 

「知ってるか、これ腕まくらっていうんだぞ」

「どうしたの、腕まくら知らない人なんていないよ」

「そういうことじゃなくて、こういうシチュエーションは彼氏とかに使うんじゃないのか」

「いいじゃん、私の勝手じゃん」

「それでいいんかお前は……」


 そっと、雪の腕が俺の胸まわりを抱きしめるように置かれる。身体と身体が密着するかたちになり、雪の色々柔らかい感触が直に伝わってくる。ちゃんと女の子なんだなぁと思う。


「兄さん、読むの早い」


 そんなことを考えていたのが悟られないように、ぺらぺらっと適当にページをめくっていたら雪から声がかかった。雪は割とちゃんと見ていたらしい。


「次のページ戻ってよ」

「読むのおそっ」

「いいからー」

「仕方ないなぁ」


 ――そうこうして30分は過ぎただろうか。隣からすーすーと寝息が聞こえてきた。俺の腕の中で気持ちよさそうに、幸せそうな顔で妹は寝ていた。そっと雪の頭を撫でる。

 俺は寝ることができなかった。




※※※




「腕が痛い」

「首が痛い」


 夕食後の一服時ににお互い文句を漏らす。原因は言うまでもなく昼間のあれだ。


「兄さんの腕がごつごつしてるから」

「そのごつごつに入ってきたのは誰だよ」

「細かいことうるさいなぁ」


 雪のことを腕枕し続け2時間、俺の左腕は悲鳴をあげていた。いくら雪の頭が物理的に軽いと言えど痺れには耐えられなかった。かくいう雪も、いかにも違和感ありますとばかりに何度か首をまわしていた。


「あまりにも気持ちよさそうに寝てるから悪戯してやろうかと思ったわ」

「い、いたずら!?」


 雪の声が上擦る。


「なんだよ、その素っ頓狂な声」

「だ、だって兄さんいたずらって!!」


 雪がパタパタと服の乱れを気にしはじめた。

 ちなみに今日の雪は緑のパーカーにショーパンという服装だった。


「あぁ、額に何か書いてやろうかと思った」

「……あ、あぁ,そっちかぁ,良かった」

「? そっちってなんだよ、悪戯されようとして良かったって変わったやつだな」

「ち、違います!て、てっきり兄さんがエッチなこと私にしたのかと思って!」


 ぶーーーっと飲んでいたお茶が出た。


「兄さん汚いよ……自分で拭いてね」

「バ、バカか! 誰がお前なんかにそんなことするか!」


 全力で否定する。このままでは兄の尊厳が行方不明になる。


「お前なんかってひどい!」


 雪が慌ただしく抗議してくる。

 今日は何もやらない日と決めていたのに結局騒がしい一日になってしまった。

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