第3話 週刊連載の続きが読みたい
そんなこんなで約一名のうるさい妹(思春期真っ只中)を除けば、割と快適なアパート生活を送っていた。あることを除いては……。
そう! 漫画の週刊連載の続きが読めないのだ。
ひとつなぎのお宝はいつまでも見つからないし、因縁のライバルとの対決がついに始まった野球漫画もいつまでも決着がつかないのだ。
「兄さんって漫画好きだよね」
雪が競技カルタ漫画を寝っ転がりながら読んでいた。
雪も割と本は読むほうだ。
「漫画で育ったもんだからな。あーーあのバトル漫画の映画の続編、来年やる予定だったのに!」
「それ、この前も聞いた」
「ついにあのキャラが活躍する予定だったのに!」
「それもこの前聞いた」
心底残念がってる俺を横に、雪がそっけなく返す。
「雪だって、何か楽しみしているやつとかあっただろ」
「私、今年受験生だったんだからそんな余裕ありませんでした」
「んなこと言ったって受験終わったらやりたかったことくらいあっただろ」
「んー」
そういってしばらく首をひねっていたが、本当に思い当たる様子がないようだ。
「まぁ、兄さんとそのバトル映画見に行っても良かったかな」
「なんでお前と見に行かなきゃあかんのだ……あんまり知らないだろその漫画」
「そうだけどさ、私の志望校の制服って可愛かったからそれ着て映画とか行きたかったかなって」
「ふざけんな、お前が制服着て俺と出かけたら事案発生だわ、他のやつと行け他のやつと」
「ちぇーつまんない」
ぷいっと不貞腐れて、読んでいた漫画に目を戻す雪。ふと、雪が読んでいた漫画が気になって声をかける。
「それって完結してるのか?面白い?」
「まだ終わってないけど面白いよ、主人公の女の子が幼馴染の男の子から告白されたところで止まってる」
「なにそれ、めっちゃ続き気になるじゃん」
「――そう?」
「えっ、その引きで続き気にならんの?」
「私はそうでもないかな。続きがあるってことこの子の恋愛に決着ついちゃうってことだし。それに作品の続きがあったら、いつかは作品自体も終わっちゃうってことだし」
「あーなるほどなるほど。それは分かるぞ。続き見たいけど好きな作品ってずっと続いてほしいよな」
「……まぁそれとはちょっとは違うけど、まぁ兄さんだからいっか」
何か含みを持たせた言い方が気になったがそこはあえて追及はしなかった。
※※※
「けどこうなるとさ、受験勉強してたのバカみたいだよね」
「気持ちは分かるがそう言わない」
「兄さんだって同じ立場になったらどう?」
「キレ散らかす」
「ほらー」
と言いつつも雪は毎日一時間でも二時間でもコツコツと勉強は続けていた。そういうところは本当にこいつの良いところだと思う。
「けど、私高校行きたかったな」
「……まだ分からないだろ」
「けどもう年明けちゃったよ、高校受験どころじゃないしなんだかなー」
「いつか行けるようになるさ」
「なるかなぁ」
どこか寂し気な表情で目を細める妹。
俺は一通りそういった青春のイベントをこなして今の生活を楽しめているが、妹の雪はそうではない。
妹の食生活や住環境は提供できても、雪のそういったイベントを用意することはできないのだ。
そこに歯がゆさを感じずにはいられなかった。
そういう意味ではこの生活に雪がいないほうが良かったなぁと思うときもあった。
「ほら、映画とか漫画みたいに主人公とか科学者が色々やって、いきなりワクチンとかできたりとかよくあるからさ」
「兄さんが、ついに現実と漫画の区別がつかなくなった」
クスクスと雪が笑う。
「それに前にも言ったけど、兄さんとの今の生活全然嫌いじゃないんだ」
「……そっか」
逆に雪にフォローされている気がして情けなくなる。
「兄さんともこんなバカな話できるしね」
※※※
映画や漫画なら、主人公はこういった状況を打開するために色々行動を起こすのだろう。襲い来るゾンビにうまく対応しながら、仲間と状況を打開していくのだろう。
――しかし、俺は主人公ではなかった。
そういった難局に立ち向かう仲間もいなければ、襲い来るゾンビもいなかった。
こんな片田舎には映画でみるような街中を埋め尽くすゾンビなどはいないのだ。
時々徘徊するようなものは見かけるときはあるが、それは近づかなければ特に害はなく、野良犬と同じようなものだった。
あるのは、感染を恐れてシェルターに入っていった人たちが残していった残存物のみだった。
(「まぁあるのは最大限使わせてもらうけどね」)
※※※
「兄さん、聞いてる?」
「――あぁ……あぁ聞いてるよ」
「どうしたの急にボーとして」
「ちょっと考え事」
「……ふーん」
「……」
「……」
「……またいやらしいこと?」
「違うわ!それにまたってなんだ!」
「よかった、いつもの兄さんだ」
雪が少しほっとした様子を見せる。
「あーあれだ。このバトル漫画の主人公が次どんな変身するか考えてたんだ。どんなのになるかワクワクするな」
「思ったよりもずっとくだらなかった」
俺はそんな今の引きこもり生活を楽しみつつも、週刊連載の続きが再開される日が戻ってくることも望んでいた。
ようするに欲張りさんなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます